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3.11を心に刻んで

安川誠二〈3.11を心に刻んで〉

日本人の皆さんは「木は大地に立っている」と表現いたしますが、アイヌはシㇼコㇿカムイ(大地を持つ、または支える神)と表現します。
(アト゚イ著『アト゚イ――俺は魂をデザインする』北海道新聞社)

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 北海道の釧路地方にある屈斜路湖畔で暮らすアイヌ民族・アト゚イさんによると、昔からアイヌは数百年に一度起きる大地震の際、「地面の下では木の根と根が互いにからみあってクッションの役割を果たし、大地震から人間の命を守るという役割もある」と考えていた。阪神・淡路大震災の時、テレビから流れる光景を見たアイヌのフチ(おばあさん)が「太い大きな木がたくさんあったら」と涙したという。
 木々は森を作り、豊かな森は私たちに必要な酸素を生み出す。また森は水を蓄え、森の木々は燃料にも暖房にも、家具にもなる。その木々たちが支える大地を、アイヌは「カムイから借りて生活する」場所だと考えていた。「生きとし生ける命あるものが互いに育て合い、大切に使わなければいけない」とアト゚イさんは続ける。
 翻って私たちは、生きとし生けるものたちの命にどれだけ思いを寄せてきただろうか。少子化が進み人口減少が続く日本で、かつての高度成長時代の再来を夢見るような市場経済中心のアベノミクス政策に、アイヌのような命を大切にする価値観は存在するだろうか。格差と貧困、過労死が社会問題化して命が危機にさらされて長い年月がたつのに、命を脅かすような働き方改革関連法やカジノ法を優先させる政治が歴然として存在するのはなぜか。私たち有権者がそれを容認しているからなのか。
 この本は私が北海道新聞社に在籍していた2002年に編集担当として関わった。当時、アト゚イさんから頂いた原稿を読み終えて、私は本のタイトルを「人間がいなくても地球は困らない」にしようと考えていた。これはアト゚イさんの口癖でもあり、この本の根底に流れる大きな主張の1つでもある。この大地が人間の所有物でなく「借り物」だとの発想から出発しないと、生きとし生けるものたちとともに暮らす地球にとって、私たち人間は邪魔者でしかなくなってしまうし、同じ仲間の命にいつまでも無関心、無頓着のままでいるのだろう。
 東日本大震災のような大地震や西日本を襲った豪雨を顧みるまでもなく、日本は自然災害大国だ。天災を人災にしないためにも、大地は「借り物」というアイヌの思想を、私たちは学ばなければと思う。
 文字を持たなかったアイヌは地名に、そこの地形の特徴を表す言葉を当てはめ、危険な場所を子孫に代々口承で伝えていった。北海道沖で巨大地震が予測される中、そうした知識も身につけ、いかしていけたらとも思う。

(やすかわ せいじ・新聞記者、編集者)

  *「アト゚イ」はアトゥイと発音し、アイヌ語で「海」を意味します。

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