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3.11を心に刻んで

小田中直樹〈3.11を心に刻んで〉

ときは過ぎゆく、そう、ときは過ぎゆくといわれますが、違います。ときではなく、わたしたちです。わたしたちが過ぎゆくのです。
(ピエール・ド・ロンサール「マリーへのソネット」、1555年、小田中直樹訳)

*  *


 先日夕刻、梅雨時の小雨のなか、地元・仙台でタクシーに乗った。運転手は妙齢の……というよりも七十代とおぼしき女性で、不遜ながら「大丈夫だろうか」というかすかな不安と、「なぜ運転手をしているのか」という疑念を抱きながら、車内のひと時を過ごすことになった。
 乗車してしばらくたつと、いつものように、ぽつりぽつりと会話が始まる。タクシーに乗ると、どうにも気詰まりなので、なるべく運転手さんに話しかけるようにしているのだ。
 「運転手さんは何年ぐらいタクシーを運転なさっているんですか。」
 「手に職をつけようということで、若いころに第二種免許をとったの。そのあとは宝の持ち腐れ状態だったんだけど、数年前から家計の足しにするために運転しているのよ。じつは、震災の津波で家が流されちゃってね。」
 「そうですか……どちらですか。」
 「仙台市内。荒浜なの。」
 荒浜。
 太平洋に面しており、震災の津波で壊滅的な打撃を受けた集落である。津波の高さは10メートル以上に達したといわれ、家はすべてなぎ倒され、死者は173人を数えた。
 「震災のあと、利府街道のさらに山側(仙台市の内陸部)に家を建てて引っ越してね。やっぱり、もう、津波は怖いから。」
 「そうでしたか。」
 「でも、わたしたちはまだマシ。家族はだれも亡くならなかったから。荒浜でも、家族が亡くなった人は、ねえ。」
 「そうですよね。」
 同じ仙台で震災を経験していても、内陸部に住んでいたため被害ゼロだったぼくは、耳を傾けるしかない。
 「時間が止まっているんだよね、そういう人たちは。」
 「そうですよね。」
 時計が2011年3月11日14時46分で止まっている人びとがいる。彼(女)たちにとって、過ぎゆくのは時間ではなく、周囲で生きるわたしたちなのだ。
 「はい、着きましたよ。」
 代金を払ってタクシーを降りると、まだ小雨が降りつづいていた。おそらく明日まで雨なのだろう

(おだなか なおき・社会経済史学者)

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