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3.11を心に刻んで

大澤隆夫

私が書きたいのは、絶望をすり抜ける小道があるとしたら、それは暮らしの中にあるということ。
(柳美里「南相馬からみた震災」東北学院大学地域共生推進機構連続講座
 震災と文学
講義録、出版社 : 荒蝦夷)

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 私が代表を務める「音楽の力による復興センター・東北」は、東日本大震災2週間後の3月26日以降、国内外から寄せられた寄付を原資として、仙台フィルハーモニー管弦楽団はじめ地元の音楽家とともに、被災地・被災者の希望に応えて音楽を届けてきた。震災直後は避難所、やがて仮設住宅や復興公営住宅の集会所と、被災者の身近な場所に直接出向き、日々の暮らしのなかにそっと音楽を置いてきている。被災3県をカバーするこの小さなコンサートは、もうすぐ800回を迎える。
 作家の柳美里さんは、避難指示が解除された南相馬市に移り住み、2018年4月には小高区の自宅内に書店「フルハウス」をオープンさせた。原発事故前は1万3000人だった小高区の住民のうち帰還した方は3000人弱にとどまる。一生活者として書店を経営し、地域に密着した文化活動にも取り組んでおられる。
 被災3県の被災者は多くの喪失を経験し、住み慣れた土地から切り離され、新しい環境での生活を余儀なくされている。日々の暮らしや日常の作り直しには、新たな境遇の受け入れ、周囲の人々との交流など、毎日の営みのなかで成し遂げられる様々な「心の復興」が欠かせない。コンサートに出向くたび、私たちは被災者が音楽に共に耳を傾け、あるいは共に歌うなかで、新しい隣人との共感あふれる交流が生まれ、悲しみや孤独から立ち上がり、やがて前を向いた暮らしに繋がる事実を見てきた。
 「日々の暮らし」もまた、まちがいなく「復興の現場」と言える。柳さんは絶望や困難をすり抜ける「小道」もその「日々の暮らし」のなかにあると指摘している。そして私たちのセンターの7年を超えてのコンサートの積み重ねは、音楽が暮らしの立て直しや継続に確かな役割を果たしてきたことを教えてくれる。そして提供する音楽を一括りに決めつけず、「あるべきときに、あるべき場所に、あるべき音楽を」と柔軟に対応することも、これまでの経験から得た大切な心構えとなっている。

(おおさわ たかお・「音楽の力による復興センター・東北」代表理事)

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