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3.11を心に刻んで

佐藤 慧

わたしたちは、知性でとらえられないものの方が、知性でとらえられるものよりもずっと実在的であることを、知性のおかげで知っている。
(シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』田辺保訳、ちくま学芸文庫)

*  *


 陸前高田市の市街地には、輪郭を失った日常の残骸がどこまでも続いていた。波の音と、瓦礫の上を駆け抜ける風、そしてウミネコの悲しそうな声だけが静かに響いていた。父は、市街地にあった病院に勤める医師だった。その最上階で患者たちの避難誘導をしているとき、津波に呑まれた。浮かび上がるベッドにしがみつきながら、必死に患者の心臓をポンプで動かし続けた。もうだめかと思った瞬間波が引き、屋上へと避難できた。凍えるような夜だったという。遠くを眺めると、隣接する街から上がった火が空を真っ赤に染めていた。父は病院の横にある官舎を見つめ、母は無事に避難できただろうかと案じていた。
 実家では父と母、そして2匹の犬が暮らしていた。何度も押し寄せる津波に街が沈むたびに、不安が募った。空を見上げると、灯りのない街の上に、美しい星空が広がっていた。すると大きな流れ星が、光の線を描き流れていった。直後に小さな流れ星がふたつ。母と、2匹の犬。別れを告げに来たんだなと、父は直観したという。
 翌日、救助された父は不眠不休の医療活動を続け、その数日後には精根尽き果て倒れてしまった。内陸の病院へ搬送されたところで、やっと僕は父のもとへと駆け付けることができた。母からはいまだに連絡がない。肩を落とす父と共に陸前高田市へと戻った。瓦礫の間から漂う腐臭は、人が朽ちていく臭いだった。母は1か月後、上流の川底から見つかった。その手には、愛犬を繋ぐ2本のリードが固く握られていた。
 最愛の人を亡くした父はみるみるうちに弱っていった。そのトラウマから陸前高田市に居続けることもできず、親族の住む県外へと居を移した。心が凍り付いたようだ、と父は言った。おいしいものを食べても、味がしない。映画を見ても、何も感じない。父にとって人生とは、すでに父ひとりのものではなく、母と共に在るものだったのだ。
 5年後、父は寝床から目覚めることなく静かに息をひきとった。安らかな顔だった。まるで母が、悲しむ父の手を優しく導いてくれたかのような、安心した表情で父は眠っていた。不思議と、悲しみではなく安堵が胸の内に拡がった。ああ、父は今、やっと母と再会したのだと、疑うことなく理解している自分がいた。
 死の先を、僕は知らない。けれど、死が全てを分かつわけではないと、父から教わったように思う。父が震災後に流した数えきれないほどの涙は、母に対する愛の結晶だったのだから。

(さとう けい・フォトジャーナリスト)

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