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3.11を心に刻んで

鷲谷いづみ〈3.11を心に刻んで〉

「津波の後さまざまな生息・生育地が現れたようで、自然にまかせれば、松林と草地と沼地をモザイクのように組み合わせた森になり、背後に水田、畑、水路、住宅とイグネなどのある理想的な再生になったのではないでしょうか」
(アラスカ大学名誉教授カレン・コリガン = テイラー(Karen Colligan -Taylor)さんからのメール私信より)

*  *


 面識のないカレンさんから最初のメールをいただいたのは、2017年5月のこと。幼少期を日本で過ごし、日本のかつての自然の素晴らしさを知る彼女は、アラスカで長年、日本学の教育・研究に携わった。津波後の自然の再生に特に深い関心を寄せ、さまざまな日本語資料に目を通し、また自ら現地を訪れて、「復興」の様子を見まもってきた。「復興・国土強靱化」政策などの形成にかかわる専門家会議の議事録も読みこなし、急速に進められた防潮堤建設と植林に疑問をもった。私が震災直後に書いた『震災後の自然とどうつきあうか』(岩波書店)などに目をとめ、メールをくださったことをきっかけに情報交換が始まった。
 カレンさんは「日本学」の広い視野で問題をとらえていらっしゃる。この夏、アメリカ生態学会でカレンさんが研究成果を発表する際には、共同研究者として名を連ねさせていただいた。巨大防潮堤の築造と、蘇り始めた自然を壊した盛り土の上への植林に、膨大な復興予算を投入した「土木国家日本」。欧米ではありえない、この特殊性は、自然を読み解くリテラシーを身につけた人材、とくにフィールド経験の豊富な生態学研究者が少なく、「自然へのまなざし」が政策形成にはほとんど寄与しないことが主要な原因といえそうだ。
 日本では、世界の先進国に先駆けて人口減少と高齢化が進み、土地の利用圧が低下している。海岸線沿いに「生態系を活かした防災のための土地」、すなわち自然の海岸線にふさわしい森林や湿地を、主に自然の力で再生させ、津波や高潮・洪水に見舞われても何ら人的経済的被害がなく、平常時は質の高い「自然を楽しむ空間」として利用できる土地とする選択肢があったはずだ。それは、コストが小さく将来世代にとって利益が大きい。
しかし、すでに数百キロに及ぶ防潮堤が完成した今、「持続可能性」という世界目標からはずれた「大いなる失敗」をカレンさんとともに嘆かざるをえない。


*いぐね(イグネ)=屋敷まわりの樹木。

(わしたに いづみ・生態学者)

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