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3.11を心に刻んで

倉石一郎〈3.11を心に刻んで〉

原子力時代の末期症状による大事故の危険と結局は放射性廃棄物がたれ流しになっていくのではないかということに対する危惧の念は、今、先に逝ってしまう人間の心を最も悩ますものです。
(高木仁三郎『原発事故はなぜくりかえすのか』岩波新書)

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 2016年7月29日、関西から引率してきた学生とともにJR福島駅に降り立った。あの地震から5年と幾月かが過ぎた頃にはじめて、《被災地》の土を踏んだのである。2泊3日のゼミ合宿の記録は、のちに参加者みなでささやかな冊子を編んで残した。あの光景を学生たちはこんな視点で見ていたのかと、読んで興味が尽きなかった。もう卒業してしまった者も多いが、福島での3日間はきっと深い印象をかれらに刻んだことだろう。
 だがわたしの中で福島の記憶は、死や死者の記憶と分かちがたく結びついている。出発の前日、7月28日が義父の葬儀だった。肉親の死にいまだ呆然状態の妻を置いて、家を出てきたのである。いよいよ余命幾ばくもなくなった1週間ほど前から、葬儀とかち合いそうなので合宿を中止するべきか、それとも現地のコーディネータの方に委ねて学生だけでも行かせるべきか、心は千々に乱れた。結局、葬儀を済ませて予定通り福島に行くことができたが、わたしにはこれが、義父が与えてくれたプレゼントのように思えた。
 義父はガス会社に勤め、エネルギー供給を終生の仕事とした。電力会社は商売敵にあたるのであまり好感はもっていなかったようだが、原子力発電の是非など突っ込んだ話は生前したことがなかった。いまは教育社会学という訳のわからぬ世界にいる義理の息子が、むかし反公害の学生サークルに属し意気がっていた(高木仁三郎こそわが最高最強のスターだった!)のを伝え聞いて、その種の話題は避けたのかもしれない。エネルギー確保という大義名分の優先がまねいた取り返しのつかぬ汚染について、義父もまた「先に逝ってしまう人間」として、何かを思っていたに違いない。腹を割って話しておきたかった。
 だれも逃れられない死は、生の倫理性の源泉でもある。自分の生きた世界は残り、あとに続く幼い者たちにそれが託される。ただ生きているだけで責任が生じ、倫理が問われる。しかしそのことはふだん、死の忌まわしさとともに遠ざけられている。3・11と原発事故はその忘却を、完全かつ不可逆に断ち切るものであった。

(くらいし いちろう・教育社会学者)

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