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3.11を心に刻んで

小田切徳美〈3.11を心に刻んで〉

壊滅的な出来事が発生した直後、災害処理をまたとない市場チャンスと捉え、公共領域にいっせいに群がるこのような襲撃的行為を、私は「惨事便乗型資本主義(ディザスター・キャピタリズム)」と呼ぶことにした。
(ナオミ・クライン 『ショック・ドクトリン――惨事便乗型資本主義の正体を暴く』 上・下、幾島幸子・村上由見子訳、岩波書店

*  *


 震災直後の2011年4月、私は1年間の在外研究のために英国に向かった。数年前から決まっていたとはいえ、地域を研究する者として、それは「逃亡」以外のなにものでもなく、英国の小さな町に落ち着いてからも、なにをすべきか、なにかできないかと思い悩んでいた。
 その時に読み込んだのが、カナダ人ジャーナリスト、ナオミ・クラインによる『ショック・ドクトリン』(原著2007年出版)である。翻訳出版(2011年)前より、国内でも話題となっていたが、読み進めて驚いたのは、日本から聞こえてきた政府筋や評論家の勇ましい発言とナオミ・クラインが世界各国で取材した「惨事便乗型資本主義(災害資本主義)」の進め方が酷似していたことである。
 そのため、彼の地から、同書を紹介しながら、次のような短い発信をした。

「日本から聞こえてくる、『これを機会に広域特区や道州制を』『この状況からの再起の切り札としてTPPへの参加を』『日本再生のために大胆な消費税の増税を』という議論に接する時に、この本が災害後の日本の状況を参考にして書かれたのではないかという錯覚さえ感じてしまう。なぜならば、これらは規制緩和(特区)、関税撤廃(TPP)、企業減税(消費税増税との交換)の3点セットにより、グローバル企業にとって好都合な日本社会に変える議論として、平時であれば、いま以上に喧々諤々の議論となっているに違いないからである。
 こうした潮流に共通するのは、肝心の被災地・被災者の視点からの改革論が徹底的に欠落していることであり、時にはそれを糊塗(こと)するように、「創造的○○」「革新的○○」などという美辞麗句に飾られている場合も少なくない。/ 海外からの温かなまなざしとは別次元で進む日本での「災害資本主義」。これが、日本からしばらく離れているゆえの筆者の誤解であることを切に願っている」(拙稿「災害資本主義」『町村週報』コラム欄、2011年7月18日号、抜粋)

 この拙文をあえて引用したのは、その冒頭にある3つの声が、〈地方自治制度における広域行政〉、〈TPP11の発効〉、〈消費税増税〉として、最近、実現するか、あるいは検討がはじめられた事柄であることを確認したかったからである。
 震災のショック・ドクトリンは、数年を経て、確実に私たちの日常に入り込んでいる。息の長い戦略的な対応により、いつのまにか急進性を覆い隠している。震災の衝撃や悲しみ、怒りが徐々に薄れていく一方で、「改革」を実現しようとする力は着実に地歩を固めつつある。
 しかし、ナオミ・クラインは「ショックを受けたとき、人間は必ずしも退行するとは限らない。ときには危機に直面することで成長することもある」と論じていることも忘れてはならない。それが、国内では、被災地で定着しつつある「復興地域づくり」として生まれている。そこでは、悲しみや怒りを諦めに転化することなく、地域の人々で可能性を共有しながら、着実に前進し、今に至っている。
 こうして、〈戦略的な急進改革〉、〈諦めない地域づくり〉、そして〈惨事の忘却〉という3つの流れが入り乱れながら日本列島を覆っている。被災後8年のこの時、自らがどの潮流とどのように関係しているのかを改めて考えたい。

(おだぎり とくみ・農村研究者)

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