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3.11を心に刻んで

三浦しをん〈3.11を心に刻んで〉

「隣人とは(中略)私とは別の者、等しくない者、根源的に対立をはらんだ者であり、であるが故に、この世界を豊かで光輝ある世界に変えうる存在なのです」
(奥泉光『グランド・ミステリー』角川書店

*  *


 「多様性を尊重する」と言うのはたやすいが、実現がむずかしいことはニュースを見聞きするだけでも実感される。私たちはどうしても、自分と異なる考えや立場のひとを否定し、テリトリーから排除しようとしてしまいがちだ。
 けれど、もし人類全員が同じ考えを持ち、一個の生命体のように統率の取れた動きをするとしたら、と想像してみると、「気持ち悪いな」と思う。それはもはや、言葉や感情を有する「人間」とはべつの生き物だろう。やっとのことでほのかな共感が生まれるときの喜びも知らず、大きな危機に臨機応変に対処することもできない、なにか哀れな生き物だろう。
 悲しく理不尽な出来事に直面して、それでもなお、互いを思いやり、助けようとし、なんとか状況を改善しようと奮闘するひとの気持ちや行いに接したとき、あるいは、そういう人々の姿を目にしたとき、私はいつも、ここに挙げた小説の言葉を思い出す。
 私たちは考えも立場も異なる、まったく別個の存在だ。けれどそこにこそ、希望がある。ばらばらだからこそ、私たちは言葉を持った。互いに理解しあい、ばらばらであることを認めあい、他者に対して想像力を発揮できるように。そしてばらばらだからこそ、それぞれの得意なことを活かして、自分以外のだれかを支えることができる。
 なによりも、ばらばらだからこそ、だれかの目に世界がどんなふうに映っているかを感受したとき、いつでも、何度でも、新鮮な驚きと喜びを味わえる。
 もし人間が画一的な存在だったら、諍いや苦しみはないかもしれないが、楽しさや喜びや進歩も生じず、灰色の世界をただ死ぬまで呼吸するだけに終わってしまうだろう。
 時間がかかっても、私たちは最良の選択を少しずつしていけるはずだ。言葉と知恵と想像力を使って。希望の根源がどこにあるか、これ以上なく言い表した言葉だと思う。

(みうら しをん・小説家)

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