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3.11を心に刻んで

中嶌哲演〈3.11を心に刻んで〉

地理的な受益圏と受苦圏の分離という観点からは、人口が少なく電力消費も少ない地域の人々に危険や汚染を負担させる一方で、結果として原子力発電からの電力に大きく依存してきた大都市圏の人々の無関心を引き起こす。
(2012年9月 日本学術会議「高レベル放射性廃棄物の処分について」より

*  *


 誰も否定することのできない単純明快な事実を先ず示したい。福島県浜通りに設置された10基の原発群は、50万ボルトの超高圧電線で関東首都圏に送電していたという事実。同じように、福井県若狭湾沿岸に集中立地された15基もの原発群は、関西大都市圏に送電してきたという事実。国内各ブロックの原発の立地状況も、以下同様である。
 本当に大量の電力消費のために「必要」であり、本当に「安全」な原発ならば、なぜ火力発電所のように大都市圏の海岸部に建設、稼働できなかったのか。「安全神話」をこれほど明白に反証している事実はないと思うのだが、このことに言及する人はきわめて少なかった。「フクシマ」の惨禍を経て、ようやく日本学術会議が公的に指摘したものの、事故後8年の風化にともない、再び「大都市圏の人々の無関心を引き起こ」していないだろうか。
 もちろん、科学技術立国・経済大国化を支えた「国策民営」の原発推進に、当事者のみならず、広範な国民も幻想を共有してきたのかもしれない。原発マネー・ファシズムによって、国内植民地と化した原発現地・周辺地域も、その例外ではない。その若狭で唯一、小浜原発等を拒否し続けてきた小浜市民。その市民とかれこれ半世紀にわたって行動を共にしてきた山寺の住職として、以下のような悲願を抱かざるを得ない。
 先の幻想にまつわる価値観や幸福観を問い直し、弱小なものたち(もの言わぬ生きとし生けるものたちまで含めて)に差別や犠牲を強いることへの倫理的な問いかけも発していかなければ――と切に思う。

(なかじま てつえん・明通寺(福井県小浜市)住職)

 


※冒頭の引用文は、日本学術会議「高レベル放射性廃棄物の処分について」を、原子力市民委員会が要約して、「原発ゼロ社会への道──市民がつくる脱原子力政策大綱」(2014年4月)に掲載した文章の一部です。

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