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3.11を心に刻んで

上西充子〈3.11を心に刻んで〉

デモをすることによって社会を変えることは、確実にできる。なぜなら、デモをすることによって、日本の社会は、人がデモをする社会に変わるからです。
(柄谷行人、2011年9月11日「9・11原発やめろデモ」でのスピーチ原稿より http://associations.jp/archives/437

*  *


 福島第一原子力発電所で爆発が起きたあと、報道はとたんに重苦しくなった。東京にいた私は、原発はこのあとどうなるのか、このまま日常生活を送っていて大丈夫なのか、と情報を求めたが、語られるべきことが押し込められている、その抑圧の力を強く感じた。「風評被害」という言葉が、「語るべきでない」という圧力をさらに強めた。
 私がデモに足を最初に運んだのは2012年6月になってからだ。最初は大飯原発の再稼働反対デモだった。2018年の2月には働き方改革関連法案による裁量労働制の拡大に反対するサウンドデモで、横断幕を握って新宿の街を歩き、街宣車の上でスピーチをした。
 けれどもこの柄谷の言葉が腑に落ちるようになったのは、国会審議映像を解説つきで街頭上映する「国会パブリックビューイング」の活動を2018年6月にみずからはじめ、その実践を新橋のSL広場や新宿西口の地下広場などで繰り返したあとになってのことだ。
 従来の街宣活動とは様相を異にするその活動に興味を示した人から決まって寄せられる最初の質問は、「道路使用許可は取っているのか」というもの。私が最初に気にしたのもそこだった。
 道路使用許可を取らずに路上で自分たちがメディアとなり、伝えるべきと考えるものを伝える。その実践の積み重ねが、公共の空間における表現の自由を守る「不断の努力」となる。私たちはいつでも、誰に許可をもらわなくても、路上で表現活動を行うことができ、意見を言うことができ、政治を変える主体となりうる。私たちは政治に不満を持つだけでなく、メディアに不満を持つだけでなく、みずから事態を動かす主体となりうる。
 それは実践の積み重ねの中で体得された気づきだ。そのような主権者が生まれることによって、はじめて社会はしっかりとした土台を持ちながら変わっていく。まだ混沌とした状況にあった2011年に、柄谷はそれを見通していたのだと、振り返って思う。

(うえにし みつこ・労働研究者)

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