web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

3.11を心に刻んで

永野のりこ〈3.11を心に刻んで〉

私は世界を滅亡させる強大なるカーラ(時間)である。
諸世界を回収する(帰滅させる)ために、ここに活動を開始した。
カーラは死、運命をも意味する。
(上村勝彦訳『バガヴァッド・ギーター』岩波文庫、第11章32
 
世界はもう、いままでどおりではないのです。
(原子爆弾実験「トリニティ」についてのロバート・オッペンハイマーの発言。テレビドキュメンタリー 『爆弾投下の決断』(1965年)より
 

*  *


 1970年、万国博覧会の頃、「科学の進歩で貧困も飢えも差別もなくなり、二度と戦争のない世界がやってきます、はいっ!」とばかりにピッカピカの未来を贈られた(気がしてた)「子供たち」のひとりであった私は、「世界はどんどん良い明るい方に向ってゆく」と、1ミクロンの疑いもなく信じていました。
 その翌年、71年の夏休み。父の郷里、双葉町への帰省の際、子供だった私は、近くの海沿いにある何か科学っぽい謎の巨大施設の見学に連れてゆかれました。そこが、それこそが、その年商業稼働を始めたばかりの、ピッカピカの福島第一原子力発電所でした。
 2011年、震災発生の直後、「そこ」で何かが起こっている。その報以来、その推移を、「どうか、どうか大変なことになりませんように」と祈りながら見つめ続けた果て、人類史にも特記されるような、最悪の出来事のひとつがそこで起こってしまっていた、ということを認識してゆく中、昔映像で観た、ロバート・オッペンハイマーが、原子力エネルギーを用いた兵器の人類初の実験成功について語った言葉を思い出しました。
 「私は世界を滅亡させる強大なるカーラである」――彼は、この世に産み出されたそれを目の前にし『バガヴァッド・ギーター』の、この一節を思い出した、と語っています。これから人類は「それ」の在る世界を生きてゆく。「世界はもう、いままでどおりではないのです」と、憔悴し、涙をぬぐいながら。
 東日本大震災とそれに伴う原子力発電所の事故のあと、私もカーラを見ました。実在しているのがはっきりわかりました。はい、カーラは本当にいるんです! もう、「世界はどんどん良く明るくなっていくんだもんね」どころじゃありません。それがわかったとたん、世界の見え方がまるで変ってしまいました。おお、カーラ、「世界はもう、いままでどおりじゃない」。ピッカピカの未来を突然取り上げられた子供のようでした。えらいもん見ちゃった、もうお終いだ。とてつもなく巨大で、とてつもない力をもったカーラに覆われて、薄暗く色を失って世界は闇に向っていってる。
 泣いて叫んでのたうちあがき、やがて佇み幾星霜。見ればそんな世界のそこここに、灯をともすように何かをしている人々が見えました。その灯りを頼りに、たすけを求め行き、人と会いしているうちに、思いました。
 「ああっ、みんな、カーラの力のゆく方向と、反対に世界を動かすことをしてる!?」。明るくし、生かし、援け、産み、作り、楽しくし、良くし、生き……。
 これか! カーラが見えたら、その向かってゆく方向の「反対」が見える。そっちに世界を向けて引っ張る、と思うことをする、それだ!
そんなわけで、今、ここ、です。

(ながの のりこ・漫画家)

タグ

バックナンバー

閉じる