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3.11を心に刻んで

佐藤文隆〈3.11を心に刻んで〉

災害ユートピアという言葉もあるように、宿命を共有する感覚は人びとのつながりを一気に強化しますが、それはなかなか長続きしません。情熱的な感情に支えられたつながりは、しばしばその視野を狭めてしまう危うさを併せ持っているからです。
(土井隆義『「宿命」を生きる若者たち──格差と幸福をつなぐもの』岩波ブックレット)
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『災害ユートピア──なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』(亜紀書房)という本が、東日本大震災の前年に出版されている。 レベッカ・ソルニット著 “A Paradise Built in Hell: The Extraordinary Communities That Arise in Disaster(地獄に築かれた楽園──災害の後に立ち上がる特別な共同体)” の高月園子による翻訳である。極めてキャッチーな「災害ユートピア」という表題は、この翻訳本での登場であった。
原著はサンフランシスコ震災の際に被災した住民の間にできた楽園を描いたドキュメンタリーである。東日本大震災の後でも「絆」という言葉が全国的に大流行したが、これも一種の「災害ユートピア」という共感のユーフォリア(euphoria, 強烈な幸福感)状態に通じるものといえる。
上の土井氏の書籍は、日本の経済状況の変転で人生が翻弄され、すべてを宿命と受け止めて希望など描けずに生きる環境に囚われた、いわゆる「ロスジェネ」がテーマである。不条理な宿命を共有する感覚は、人びとをつなぐ点において、「災害ユートピア」という共感とクロスしており、そして引用の文章は、宿命を共有するだけを感情の柱にする連帯の、危うさと脆さを指摘しているのである。
東日本大震災がテーマのこのページで、「災害ユートピア」という言葉は字ヅラによって反発を生むかもしれない。「絆」はどこか前向きだが「災害ユートピア」は何か、外部から揶揄した言葉にもとられかねない。しかし何にせよ、不条理な被災が独特の共感を生み出すことは事実のようである。
ロスジェネの宿命と自然災害の被災とを比較すると、「宿命」と違い、自然災害は大勢としては、激症からは時間とともに回復するものである。むしろこの特殊な感情からの脱出の時期が、重要な課題になっているともいえる。不条理な自然災害や大事故が、最近のように多発すると、それが醸し出す特殊な感情の高まりに便乗して、停滞している政策や規制緩和を議論抜きで実行に移す「災害便乗」が横行する。健全な平時の感情を見失わないことも大事である。
 
(さとう ふみたか・宇宙物理学者)

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