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3.11を心に刻んで

今村久美〈3.11を心に刻んで〉

あなたが信じることが、この先の正解にきっとなるから、思いっきりやってみてください。
(遠藤定治さん(女川町の当時教育長)にいただいた言葉)
*  *
いつもと同じ一日と思っていたあの日。
ある日突然、家族を失った子どもたちは、今日もどうやって朝を迎え、どうやって眠るんだろう。起きてしまった現実を受け止めることなんてできるんだろうか。
 誰にも迎えに来てもらえないまま毎日をすごす小さな子どもたちの涙は、もう枯れてしまってはいないか。
「また会える」という当たり前を奪われた子どもたちがたくさんいる。
私は被災もしていないのに、自宅で毛布にくるまってテレビを観ながらふさぎ込むように過ごし、うなされるように目覚めて、面識もない子どもたちの夢を見る。
2011年3月、その会ったことのない誰かのことばかり考えてしまう日々を、私は東京で過ごしていた。これも、PTSDというやつの一種だったのかもしれない。
4月。いてもたってもいられなくて、なんの縁もない東北の地に向かっていた。
現地に着くと、元気に小学生の子どもたちと遊ぶ17歳の少女と出会った。
「今日も遺体安置所をまわってきた」
「両親は帰ってこないのだと思うようになった。これからのことはわからない」
「自分より辛い子どもたちと遊ぶことがいまできることなんだ」
終始、朗らかに笑顔で語る彼女と話しながら、正直に言うと、私は混乱していた。
それから数日、彼女の言葉が脳内をまわる。
そして、子どもたちのための居場所をつくることを決めた。
私は、この子たちが失った誰かを取り戻すことはできない。でも彼女たちが、笑いたければ笑い、いつか泣きたい時が来たら泣ける。頑張りたかったら応援してもくれるし、大切に思える新しい誰かと出会える。そんな家でも学校でもない第3の居場所があったら、悲しみを別の形で、置き換えることにつながるかもしれない。
大きなお世話なのかもしれない。
ヨソモノのエゴなのかもしれない。
でも中には、必要な人もいるはず。
7月、全壊したまち女川町で、この地に住む方々と一緒に、子どもたちの居場所をつくった。みんなでつくる場所だから、コラボ・スクールと名づけた。
オープンの日。本音では、たくさんの人を巻き込んでいて誰も来てくれなかったらどうしようとドキドキしていた。
ひらいてみたら、町の小中学生の8割が、利用する場所になった。
あれから8年。あの時の彼女は、お母さんになっていた。
そして今も、コラボ・スクールは子どもたちの姿であふれている。
 
(いまむら くみ・認定NPO法人カタリバ代表理事)

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