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3.11を心に刻んで

谷 賢 一〈3.11を心に刻んで〉

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食(かたゐ)となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
(「小景異情 その二」、室生犀星自選『室生犀星詩集』岩波文庫より)
*  *
僕の故郷は無くなってしまった。僕が育った福島県石川町にあった家は。と言っても震災で倒壊したとか津波で流されたとか悲劇のエピソードがあるわけじゃなく、住む人がいなくなり人に売られてしまったというだけの話である。しかし、二度と入れないというのは悲しい。じいちゃんの肩を叩いたのもばあちゃんの料理を食べたのも、母さんと遊んだのも従兄弟(いとこ)の兄ちゃんと悪戯をしたのもあそこだった。
引用した室生犀星の詩は一般に郷愁や望郷の詩と思われているが、実際には詩人が実家に金の工面を断られて怒りに任せて詠んだ恨み節の句であり、とことん砕いて現代語訳するとこんな意味になる。「故郷は、遠くにあるからこそいいもんだ。悲しげに歌に詠んだりするのにもいいもんだ。ただし、絶対に帰っちゃいかん。金がなくても我慢しろ。都会で悲しく思い出すからこそ、故郷は美しい」
確かに恨み節と読める。しかしそれでもこの詩には、記憶の中にあるからこそ輝く故郷の不思議な美しさが綴られている。僕の帰れないあの故郷の家もありきたりな木造二階建てに過ぎないのだが、記憶の中では悲しく不思議な美しさを湛えている。
故郷・福島を題材にして「福島三部作」という演劇作品を製作し、今夏上演した。評判は良く客席は連日満員、ありがたい限りだったが、取材で訪れた福島県双葉町のことを思い出す。双葉町は福島第一原発が立地していた当の自治体であり、今も全町が帰還困難区域、立ち入りができない。僕は双葉町役場の職員さんに取材と称して入れてもらった。
そこにはひどく不思議な風景がある。線量が高いため建物の修理はおろか瓦礫の撤去や整理さえ行われておらず、3.11直後の様子が町ごとそのまま保存されているのだ。2020年には駅周辺の一部地域で避難指示解除が行われる予定だが、町の大半ではこの先もずっと3.11の風景が残されていくのだろう。
失われてしまって、遠くから思うことしかできない故郷。双葉町の住民にとって、今あの故郷はどんな存在になっているのだろう?
 
(たに けんいち・作家、演出家、翻訳家)

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