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3.11を心に刻んで

藤田直哉〈3.11を心に刻んで〉

光の洪水の中で突如として、自由だ、自由だ。なんでも思い通りにやればいいんだ。内側から押されるような高揚した気分になった。状況が変わった訳でもねし、変わりようもねのに、あの真っ暗な絶望的な気持ちがぱっと明るく開けた。
(若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』河出書房新社)
*  *
絶望的な状況の中で、むしろ解放される人がいる。ただただ悲惨だと人々が想像する事態の中で、むしろ精神的な至福を得る人がいる。日常的な想像力からすると、逆説に思える。だがそれもまた人間の真実なのだ。
 芥川賞を受賞した若竹千佐子の『おらおらでひとりいぐも』は、岩手県遠野市生まれの作者が東北弁を駆使して書いた小説で、発行部数は50万部を超え、東北地方で非常に多く読まれた(売れた)ようである。
 夫を失い、家族を失い、外的な条件としては孤独になったと思われる老婆が、引用部分のように宗教的な実存に目覚め、自由の感覚を得る。老化や孤独など、ネガティヴな先入観を持って想像してしまいがちな事態が、そうではなく描かれている。
 これは自己啓発的に機能しているのだろうか? そういう側面も確かにあるだろうが、それだけではないだろうと思う。実際、ここに描かれていることに、リアルの手応えがあるからこそ、多くの支持を集めたのではないか。ぼく自身、思い当たることがあるのだ。
 以前、『ららほら』という震災文芸誌を創刊する際に、津波が襲った沿岸部に赴いた。津波で壊滅的な被害に遭った大船渡で、平山睦子さんという女性に出会い、話を伺って寄稿していただいた。
 彼女は、復興住宅のコミュニティをまとめたり、来訪者であるぼくに明るく接してくださった。フェイスブックを見ると、大船渡に限らず、様々な地域に出向いて活発かつ精力的な文化活動をしているようだった。
 しかし彼女は、震災以前は、家父長制的で抑圧的な家庭で過ごしていた。そのときには精神的にも閉塞的な圧迫感を感じていたようだ。批難を覚悟で敢えて言えば、震災が解放したのである。
 私たちは震災と聞くと、悲惨で陰惨なことを想像するか、復興がんばれ、のような短絡的な考えを持ってしまったり、被災者をイメージすると「かわいそう」の一色で塗りつぶしてしまったりする。ぼくもそうだった。だが、被災地の現実、そこに生きている人たちは、私たちの先入観や、図式を超えている。マイナスに思えたものがプラスであったり、プラスだと思っていたものがマイナスだったりする。
 自分自身の平時の延長で、事態を理解してはいけない。今の自分たちにとって「分かりやすい」感情や図式だけを再生産しても、震災の現実や、人間の真実に出逢い損ねることになるのかもしれない。文学作品や手記を読みながら、深く反省させられている。
 
(ふじた なおや・批評家)

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