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3.11を心に刻んで

川野里子〈3.11を心に刻んで〉

ヌイよい。
春の土用参りぬれば、ジジババ等は我が家を一時出て行くなり。皆共々に連れ立ちて、少々の着替え、木椀、夜具など背負いて、三つの村を出奔せり。行く先は里より半里の、深代川(ジンダイガワ)の源流をたどるワラビ野の丘なるやち。
(村田喜代子『蕨野行』文春文庫)
*  *
村田喜代子の『蕨野行』は、姥捨てを主題として衝撃的な小説だった。それは個人の成就を目指す近代的人間把握とは全く別の世界を示して見せていた。姥捨ては遠い山奥なのではなく、「里より半里」をその場所とし、老人達は自らの意志で出て行く。そして体力尽きるまで無言で田畑の仕事を手伝う。語り手である「ババ」は、「ワラビ野」で死んだ後、嫁である「ヌイ」の胎に宿って帰ってくる。それは人の生というものが個人の命にとどまらず、大きな時間の流れの中にあることを示唆する人間論となっていた。
 私事で恐縮だが、私の連れ合いは福島の古い農家の長男である。家を守ること、そのために慎ましくあることを子供の頃から心身に刻み込んできた。家族が集まる席では、家長である舅を中心に座る席が決まり、盆正月や、神社や寺へのお参りなどの年中行事はどんな事情にも優先して行われた。生活は極めて質素で、「家」のために贅沢は慎まねばならないのだった。家族は無口で、時々「だない」(そうだね)と相槌が打たれるほかは静かな茶の間に私の居場所はないように感じた。その振る舞いは私にはよく分からない力に律されていて、時には歯がゆく鬱陶しくこりごりだと思った。
 今思えばあれが「子々孫々先祖代々」という時間を抱き込んだ人々の生活であったろうか。『蕨野行』が描く大きな時間のごく一部を私は垣間見ていたかもしれない。
 だが、原発事故以後、そうした時間の流れがふっつりと途切れた。夫の家から、そして周囲の家々から子供の姿がまばらになり、「子々孫々」へと続く時間が見えにくくなった。姑は私に年中行事のやり方を教えようとはしなくなった。時間は止まり、やり切れない何かが滞留し始めている。
 「ヌイよい。」と私に語りかけてくる声がもう聞こえない。
 
(かわの さとこ・歌人)

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