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3.11を心に刻んで

杉 田  敦〈3.11を心に刻んで〉

多くのことを人間は学習することができます。しかし、学習したことを忘れること、その種の怪物を作りだせなくなることを、人間は学習したことがないのです。そういうことは人間には決して学習できないでしょう。
(ギュンター・アンダース著・青木隆嘉訳『核の脅威──原子力時代についての徹底的考察』法政大学出版局)
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国際的な反核運動を主導したこの哲学者の言葉は、さしあたり核兵器に向けられている。核兵器製造技術が一度確立した後、それを放棄することの困難を語っているのだ。「平和利用」という欺瞞的な表現によって核兵器との関連性を見えにくくされてきた、原子力発電という名の「怪物」についても、ほぼ同じことが言えるだろう。
 福島の原発事故によって、多数の住民が家を追われ、今なお帰還のめどが立たない人々もいる。いくつかの僥倖によって辛うじて免れたものの、事態は、列島の東半分を居住不能にするところまで進む危険性があった。自主避難者を含めて、避難を余儀なくされた人々は、一種の難民といえるし、国民の多くが難民として海外に逃れるようなこともありえた。しかも、恐ろしいことには、この「怪物」には話は通じない。人間が相手なら交渉もできようが、一旦荒れ狂い始めたら最後、「怪物」が従うのは物理法則だけなのである。
 たしかに、世界にはさまざまな重大リスクがある。地震、津波、火山噴火などの大規模自然災害に加えて、パンデミックなどの感染症もある。世界同時株安のような経済危機も、それが人々の生活にもたらすインパクトはきわめて大きい。しかし、最悪の展開となった場合の被害の広がりや、事態の収拾に要する、気の遠くなるほどの時間や労力といった点で、原子力発電のリスクは特徴的である。
 自然災害を止めることはできないが、原子力発電は止めることができる。人間が決意すれば、それをなくすことはできるはずなのである。にもかかわらず、その見通しがなかなか立たないのはなぜなのか。再生可能エネルギーのコストが低下し、純粋に経済的に見ても、原子力発電の優位性が失われているのに。既存の体制を維持しようとする政財官の「原子力ムラ」の抵抗、核兵器の潜在保有能力への思惑など、さまざまな動機が見え隠れする。「人間には決して学習できないでしょう」というアンダースの洞察を、私たちはどう受け止めればよいのだろうか。
 
(すぎた あつし・政治学者)

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