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3.11を心に刻んで

山口幸夫〈3.11を心に刻んで〉

ふるさとを怒りとともに避難する何もわりごどしてもねえのに
郡山市 津田智
(谷川健一・玉田尊英編『東日本大震災詩歌集 悲しみの海』冨山房インターナショナル)
*  *
3・11当日、大きな揺れがきたその時刻、新潟市で県の「地震、地質・地盤に関する小委員会」が開かれ、柏崎刈羽原発に大津波が襲った場合の議論の最中だった。委員会は中断、新幹線は動かず、私は足止めを食った。仙台の大学で9年間の最後の3月を迎えていた末娘には連絡がつかない。眠れぬ一夜を過ごした。
 原発が爆発したらしい。どうなっているのか分からない。「何もわりごど、してもねえのに」急いで避難しろと言われる。情報が入り乱れるなか、放射能を怖れ、混乱を極めながら避難した人々の怒りはいかばかりだったか。
 それにしても、「わりごど」とは何だろうか。ふつうに暮らしていた市民たちは、とりたてて「わりごど」はしてないように思われよう。
 郡山市の安西宏之さんは、県職員として原発事故の対応に追われた。放射能汚染の真実を知ろうとするが、国、県、測定ポスト、どの値も信用できない。「事実は事実を知ろうとする者の努力によってしか明らかにされない」と、早期退職して自身で郡山市の汚染度を測定した。著書『毒砂』(2018年刊、私家本。アマゾンで入手できる)には市内の空間放射線量率が克明に明らかにされている。だが、失意のうちに、この世を去る。
 福島の高校生の絶望の声が聞こえる。「だってさあ、先生、福島市ってこんなに放射能が高いのに避難区域にならないっていうの、おかしいべした(でしょう)。これって、福島とか郡山を避難区域にしたら、新幹線を止めなくちゃなんねえ、高速を止めなくちゃなんねえって、要するに経済が回らなくなるから避難させねえってことだべ」(中村晋・大森直樹『福島から問う教育と命』岩波ブックレット)。
 福島から避難した高校生の鴨下全生(まつき)さんは、2019年11月、「大人たちは汚染も被ばくも、これから起きる可能性のある被害も、隠さずに伝える責任があると思います。嘘をついたまま、認めないまま先に死なないでほしいのです」と、ローマ教皇に訴えた
 原発を止めることが出来なかった私たちは「わりごど」に加担した。とりわけ、科学と技術の分野に関わった者たちの罪は深い。
 
(やまぐち ゆきお・原子力資料情報室共同代表)

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