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アカデミアを離れてみたら

脳科学者、AI起業家になる〈アカデミアを離れてみたら〉

金井良太(株式会社アラヤ)

脳で起業、AIへ

 2013年12月に起業しました。それまでは、英国サセックス大学の准教授として、認知神経科学からのアプローチによる意識の研究などをしていました。
 起業にはいろいろな理由がありましたが、1ついえるのは、サイエンスをやるうえでデータが必要だったということです。
 起業当時は、たとえば脳から人の能力を見抜くとか、そういうことをやりたいと思っていました。とはいえ、それにはデータが圧倒的に足りていないと実感していました。大学の研究室でデータを集めるといっても、数百人分がせいぜいです。本格的にやるのであれば、数万人分くらいは必要になるのですが、それだけのデータをアカデミアで集めるのは、普通のやりかたではまずできません。
 ならば、全然違うやりかたで、勝手にデータが集まる仕組みを作れないか ──こう考えたことが、起業の1つのきっかけです。
 とはいえ、実際には、その目論見はうまくいきませんでした。会社を作るというのは、想像以上に難しいことで、自分自身にも全然わかっていなかった。目論見を実現するための経験がなかったのです。
 それが、5年以上全力でやっていて、組織の規模の感覚と、自分自身の経験が身についてきて、やっと、やれるな、と思い直したようなところがあります。

*  *  *

 海外のアカデミアにいたのに日本で起業したのは、1つには、日本に住んでみたかったからです(大学を出てから日本に住んでいなかったので)。また、契約書を交わすのも、資金調達も、日本でやるほうがビジネス初心者には簡単そうだ、というのもありました。
 さらに、脳の画像データが大量にあるのは日本だけだった、というのも理由の1つです。脳ドック、つまり、健康な人が予防のためにMRI(核磁気共鳴画像法)検査をするというシステムがあるのは、基本的に日本だけだからです。
 脳画像から性格を判断するというのは、医療行為ではないので、やりやすいだろうと。そこを起点として病気を予測する技術を生み出していこうと思っていました。
 当初は、性格判断を脳ドックのオプションにしてもらおうと思っていました。脳ドックを受けて、プラスアルファで、性格判断の結果が占いのように出てくる。そうして集まったデータをゆくゆくは予防医療の目的で使わせてもらえないかと考えていて、一時、サービスの提供もしていました。
 とはいえ、脳のイメージングからはいったん手を引きました。脳をビジネスにするのは時間がかかると感じたのです。
 ベンチャーキャピタルに資金調達の相談にいくと、「もう少しこういうふうにしたらどう?」などという誘導が毎回のようにありました。たしかにそれは儲かるかもしれないけれど、でも別にやりたいことでもなかったり……。それでは、もともと目指していた、もう少し大きな目標に向かって全然進まないだろう、という葛藤がありました。
 もう1つ難しかったのは、ビジネスの出口が、予防医療のように医療寄りであったことです。難易度は高いので、基本的には多額の資金が必要で、長期的な展望のもとに取り組みたいのですが、実際には、短期的な利益ばかりが要求されるのです。何かがおかしいなと。そのころから、AIの仕事を手がけるようになりました。
 AI自体にも興味がありましたが、そもそも、脳の画像を分析して、性格判断をするまでの過程で、機械学習を使っていました。ディープラーニングなども、当時すでにかなり使われていて、自動車メーカーなどにそのことを話すと、興味をもってもらえました。それをきっかけに、少し幅広くディープラーニングなどをやるようになったのです。2016年のことでした。まだAIを標榜する競合他社が比較的少なかったころなので、タイミングはすごくよかったと思います。やる人がまだ少なく、仕事はたくさんありました。

苦しかった時期

 起業してしばらくは、すごく難しいところもありました。
 最初の1〜2年は面白いし、やる気もあるから、やっていけるのです。とはいえ、会社の社長は、辞表を出してやめたりできません。責任も重大です。ベンチャーキャピタルから投資を受けたら、最大限の力を発揮しなくてはいけません。
 自分自身の興味ある研究をするために起業したのに、一方では売上げを伸ばさないといけない。すごく苦しかった時期もありました。アカデミアから外に出るときに、こうした苦しみは必ずあるのではないでしょうか。
 また、経営の基盤を作るのも大変でした。たいていの研究者は、経費精算など、事務方とのインタラクションをあまり好まないのではないでしょうか。それが起業となると、むしろ自分で経費精算の仕組みを作らなければいけないなど、さらに大変になってきます。あまり好きではないことを、やらざるを得ない場面がたくさんあるのです。
 営業もあります。大学で研究していると、営業にいくことはなかなかないと思いますが……。営業先はたとえば、重機の会社や建設会社、ゲーム会社、自動車会社、スマホを作っている会社など、際限なくあります。
 いまは、研究も経営も、両方やりたいようにやれていて、自分がやりたいことをやるための場所を、やっと確立できたと思っています。営業も、実はそこで得られる知識もかなりあって、楽しんでやっています。
 社員は、基本的にはエンジニアが多いです。大手メーカーを経て、中途採用で来る人が多い。50人ぐらいいて、13人のPh.D.がいます。Ph.D.ホルダーの就職先がないということが話題になりますが、アラヤでは研究の経験や実績のある人を積極的に採用しています。素粒子物理出身の人などもいます。

面白ければやってしまおう

 いまは、会社としては、AIとか脳科学とかにこだわらず、将来の世界を作るための技術であればなんでもやろうという形でやっています。面白ければやってしまおう、という感じです。
 まずは、ちゃんと稼ぐため、ディープラーニングのソリューションを手掛けたり、あらゆるディープラーニングの計算を軽くして、チップにのせることができる「エッジAI」の技術を開発したりしています。
 一方で、挑戦的なこともしています。基礎研究もしているほか、基礎研究と応用研究をつなぐものとして、深層強化学習(※1)も手掛けています。深層強化学習はAIの研究で話題にはなるのですが、事業においては、まだまだ使われていません。それを有効に使っていこうと。
 たとえば、クレーン車を深層強化学習で制御するアプリケーションを作ったりしています。クレーン車の制御には職人技的なところがあって、持ち上げたものを横に移動させるとき、ちょっと上に引っ張ったりして、揺れすぎないよう工夫したりしています。そうしたことを、機械に学習させるのです。
 社内で基礎研究をしている人たちは、AIにも使える数学を作っているというイメージです。AIと環境とのインタラクションを情報理論的に記述したり、意識と知能の関係を研究したりしています。そして応用方面をやっている人たちが、ニューラルネットワークを実際に作っているのです。

研究とビジネスと

 結局のところ、研究であれビジネスであれ、仕事は共通していると思います。
 研究するのも、会社の中で物を作ったり、お客さんと接したりするのも、いずれも、まず目的があって、複雑な人間社会の中をかき分けて、そこにたどり着くゲームのようなものではないでしょうか。ただ、目的が面白いものだと思えていないとやっていけません。
 研究は面白いからずっとやっていたい、と思うタイプの方もいるでしょう。一方、ビジネスの場合、最後には結局「これはいくらの価値のあるプロジェクトだった」みたいな感じになり、それは、研究で得られる面白さとは別かもしれません。とはいえ、面白いと思えたらいいのです。ちゃんと利益になったりするほうが嬉しい、と思う人もいるでしょう。肝心なのは最終目標が面白いと思えるかどうかで、両者のプロセスは基本的には同じだと思います。

みんなやったらいいのに

 アカデミアから出ての起業は、もっとみんなやったらいいと思います。特に日本だと、アカデミアのお給料が低い。稼ぎを増やすのにもいいし、自由になるし、いいと思います。大変なので、迂闊に勧めてはいけないとは思いますが。
 起業したいと相談にくる人はけっこういて、やればいいのにと思うのですが、結局やらないようです。始め方がわからないのかもしれません。大学の研究室を維持しながら会社経営もやろうとする研究者の方は多いですが、本気度が感じられないというか、中途半端だなと。やるなら本気でやったほうがよいと思います。
 始めるには、とりあえず行動してみることでしょうか。
 綿密に計画を立てて、その通りにやっていこうと思っても、そこまで計算しきれるものではありません。できるだけ情報を仕入れて、準備しておくことは大事だとは思いますが、万全には絶対にならないのです。その状態で動き出せるかどうかというのは、すごく大事なことだと思います。
 自分の場合、まだアカデミアにいるころに、「なんとなく興味があるな」と感じたのが最初でした。ある程度話が進んできたら、会社がまだない状態で、資金調達について話をしたりしていて、早く会社を作らないと話が進まないような状況になっていました。
 個人的には、会社がなくなったらいつでも大学には戻れると思っていたので、踏ん切りをつけやすかったというのもあります。むしろこういう経験をしたほうが、またいろいろな選択肢ができてよいのかなと。実際、お誘いはたくさんあります。
 それに、前述のように、この会社自体がかなりアカデミックな場になっています。完全にアカデミックな研究も行われていますし、論文も出ています。
 たとえば、2019年3月まで在籍されていた大泉匡史さんは、もともと統合情報理論(※2)の研究をされていました。この会社ではマネージャ、つまり研究のマネジメントをする立場でしたが、そこで論文をどんどん出して、いまは東京大学の准教授として、アカデミアに戻っています。
 これが、我々が作りたかった例の1つです。会社の中で研究をして、論文を出して、またアカデミアに帰っていく人もどんどん出てきてほしい。そういう空間を作っていきたいと思います。

  (2020年1月15日談)

※1 深層ニューラルネットワークを適用した強化学習。

※2 意識の量と質を、ネットワークの中の情報と統合という観点から数学的に定量化しようとする試み。


【かない・りょうた】

1977年生まれ。京都大学生物物理学科を卒業後、オランダ・ユトレヒト大学で実験心理学Ph.D.取得。カリフォルニア工科大学にて、下條信輔教授のもとで視覚経験と時間感覚の研究に従事。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)リサーチアソシエイト、英国サセックス大学・サックラー意識研究センター准教授を経て、2013年12月に株式会社アラヤを起業。主な研究テーマは、認知神経科学からのアプローチによる意識研究と、脳科学の現実世界への応用技術の開発。著書に『脳に刻まれたモラルの起源』(岩波科学ライブラリー)など。

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