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アカデミアを離れてみたら

ベンチャーキャピタリストという道〈アカデミアを離れてみたら〉

宇佐美篤 (東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC))

 私の今の所属先であるUTECは、国内外の大学や研究機関で開発された先端技術に基づくベンチャー企業への投資、起業や経営の支援を行うベンチャーキャピタルです。私は薬学系研究科で博士号を取得した後、民間のシンクタンク・コンサルティング企業である三菱総合研究所(以下、三菱総研)を経て転職し、現在の職場ではベンチャーキャピタリストとして働いています。

研究室の外の世界を見てみたら

 大学院では脳の研究をし、もともとは研究者を志していました。しかし、アカデミアに残らず、民間就職の道を選んだのには、(マウスで実験するうちに、マウスアレルギーになってしまったこともあるのですが)大学院博士課程のときに経験した2つのインターンが大きく影響しています。
 まず、東京大学大学院の医学系研究科で病院実習を経験しました。実習先の講座の笠井清登教授は、若いころ、脳の活動や脳波の状態を血圧のように数値化し、それをもとに、うつや統合失調症など判別が難しい病気を簡便な形で判別できるような機械の開発に着手されていました。私の研修のタイミングが、その機械がちょうど先進医療として東大病院の臨床で導入されたときだったのですが、機器開発に着手された当時は、学内にベンチャーを創業したり、育成したりする環境が十分にはなかったために、機器を世に出すときに非常に苦労されたというのです。また、研修中にはその他にも、たった1つの薬が病気の当事者の方々の症状を劇的に改善する様子などにも触れました。普段、脳の基礎研究をしている、そのすぐ近くで、臨床現場では技術、製品が多くの人々を救い、現場を大きく変えようとしている、ただ、その技術が社会実装される際には大きな課題がある。なんとかそういうところで自分が貢献できないか、と感じました。
 その後、現在の所属先であるUTECでもインターンを経験しました。博士課程で研究も大変だったはずなのですが、早朝から起業やビジネスに関わるレクチャーを受け、ある技術やサービスが、ベンチャーキャピタルを含むさまざまなプレイヤーを巻き込んで社会実装されていくという、ベンチャーのエコシステムの存在を学ぶことができました。さらに、東大を中心に、アカデミアで開発された過去10年の先端的な技術をざっと探索して、起業できそうなものはあるかを調べたりもしました。こうした経験を通して、研究者ではなくとも、研究の最前線で、社会実装に立ち会える仕事があるのだと気づきました。
 ただ、当時UTECでは新卒採用をしていなかったので、先端技術の実装に関わる政策提言や、技術に基づいた事業戦略立案の支援を行う三菱総研に就職することにしました。当時所属していた研究室の出身者には、いろいろな進路を選択した方がいて、シンクタンク(※1)コンサルティング(※2)業界もわりと身近にあったのです。

博士、ビジネスの最前線へ

 それまでの研究の世界はかなり細分化されていて、たとえば神経科学といっても、脳のどの部位でどういうメカニズムでどういう分子で……などという、かなり細かなところを、より深めていくような世界だったように思います。
 それが、いざシンクタンク・コンサルの世界に入ってみると、まず、時間が限られています。1ヶ月とか、3ヶ月とか、相当短い期間の中で、収集できる最大限の情報を取得して、経営や事業の意志決定をしなければならなかったりします。それほどの短期間で、その分野の最先端まで、大まかにでも一気にキャッチアップした上で、顧客に対して新たなバリューを提供しなければならない。そこに衝撃を受けました。
 さらに、当時、三菱総研の中で、ライフサイエンス分野で博士号をもっている若手は、周りを見回しても私しかいませんでした。専門性をもっていたためか、入社して早々に前線へと投入されました。新人研修が終わって、部署に配属された初日から「企画書かいて」と、いきなり前線に立たされるという……。「この技術が普及すれば、きっとこういうアプリケーションが今後求められるから、今からプロジェクトを提案しにいこう」と。ただし、「博士号を取得したからといって、これまでの知識や経験にしがみついて目の前の作業に埋没してはいけない。10年後にどうなっていたいかをよく考え、行動するように」とも。当時のメンターの言葉には大変感謝しています。
 こうして始まった三菱総研の仕事ですが、主に2つの業務がありました。官公庁への政策提言の支援、すなわちシンクタンク業務が1つ。もう1つが、クライアントの各企業への事業戦略立案や経営判断の支援、つまりコンサルティング業務です。
 1つめの方は、細胞治療や再生医療の開発が進む、まさにそのタイミングでしたので、国内外の100人以上のアカデミアや産業界のキーパーソンから意見を集約して、政策提言としてまとめる、というようなことをしました。
 一方、企業に対して、私が主に手掛けていたのは、技術動向の調査や社内技術の分析を行って新規事業を立案し、事業化の際に伴走していく、というものでした。もともとのバックグラウンドが薬学でしたので、製薬メーカーや、これから医療の分野に進みたい機器メーカーなど、ライフサイエンス周りでさまざまな分野の企業に対して提案をしていました。今、その業界や周辺でどういう技術的なトレンドがあり、それと社内の技術リソースとをつき合わせたときに、どういう事業が新しくできそうか。いったん、そうした技術レベルでの精査を終えた後に、事業レベルで財務計画にまで落としていくような仕事をしていました。

 

ベンチャーキャピタルへ

 その後、現在の所属先であるUTECに転職することになります。
 ベンチャーキャピタルというのは、投資家の方々からお金をお預かりし、ファンドを組成したうえで、ベンチャー企業に投資をしていきます。投資によって株式を取得し、投資先企業の企業価値を向上させるべく努めます。その投資先企業の株式上場やM&Aに際して、株式を売却することでリターンを得て、その実績を投資家に示すことで、さらに次のファンドを立ち上げていくという形です。
 ちょうどUTECが3つめのファンドを立ち上げようとしていた7年前に、過去にインターンをしていたご縁で参画しませんかと声をかけていただきました。当時、私は三菱総研で、特に技術まわりの事業化、産業化の仕事に関わっていましたが、より最先端の技術の事業化、社会実装に携わってみたいという思いが強くなってきていましたので、ぜひ、ということで転職しました。
 とはいえ、前職での仕事と現在の仕事は、いずれも技術に基づいて新事業を作っていくというもので、けっこう近い面もありました。前職でも実際に新会社設立案件があり、クライアントに代わって私の方で事業計画書を作り、提携候補先の事業会社を回って、資金を募り、新会社を作る……ということもやっていました。
 ただ、技術の情報の鮮度が違います。UTECは東大のキャンパスの中にありますが、たとえば東大では、研究者による発明レポートが、年間数百件提出されます。その中で、起業や事業化に関心のある研究者とディスカッションさせていただく機会が多々あります。さらに東大に限らず、国内外の大学の研究者からも、特許庁に特許出願をしていく前段階から、その後の事業化の可能性についてご相談を受けることがあります。一緒になって知財化に努め、事業計画を立ててチームビルディングし、起業していきます。世界最先端のホットな技術情報に、より身近な形で日々触れることができるというのが、前職との大きな違いです。

息長く、ともに歩む

 UTECはベンチャーキャピタルの中でも特殊な方で、お金だけ投資して終わりというわけではありません。創業や投資の前から、研究者や起業家候補の方々と日々コミュニケーションし、事業計画、そして会社を一緒になって作って、投資をさせていただきます。会社の設立後も一緒に営業して、さらに5年、10年ともに歩むというような、とても息が長い仕事をしています。何年もかけて、その事業を一緒になって成長させていくところに関われるため、やりがいも大きいです。また、先端技術に基づいて世界的な人類レベルの課題を解決し、社会を変革していくという気概をもった国内外の起業家、研究者らとともに仕事ができる環境も、とても刺激的です。
 大学の研究者の方より、発明や事業のアイデアが浮かぶ前段階から相談を受ける、もしくは私の方からコンタクトを行うケースも多いため、相手方は、初めは研究者ひとり、ないしは数名しかいないこともあります。ではどうやって会社を作っていくかというと、研究者と投資担当者とともに、UTECに在籍するベンチャーパートナーという弁理士や会計士、弁護士、医師など専門家人材とでチームを作って、たとえば週1回以上の頻度で事業化に向けた打ち合わせを行って、日々コミュニケーションをとりながら、事業計画のたたき台を作ります。さらに、「もし会社を作ったら、参画に興味はありませんか」と声掛けする形で、研究者と一緒になって、経営者候補の方々も探していきます。
 最初の相談から起業までに、わずか半年というケースもあれば、5~6年というケースもあります。ただし、それがまだスタートラインなのです! 技術だけよくても事業は成功しませんし、短期的な売り上げだけ立てばいいというわけではありません。事業開発、研究開発、法務、知財、管理、製造、品質管理など、さまざまな点にきめ細かく対応しながら、事業を継続的に成長させていきます。
 結果として、いまでは10社の社外取締役を務めています。この2年間で2社、共同創業もしました。イノベーションのために、共同創業、共同事業化をしていくというのが、私たちのスタイルです。

兆しをとらえる

 初めて起業に取り組む場合、事業化の進め方や行く末がよく見えていない中で開発を進めているケースもありますし、事業を進める中で、頭では理解していても、実際に当事者になると状況判断がうまくできずに失敗してしまうケースもあります。
 たとえば、研究成果をもとにある機器を作って販売しようとしていて、製品開発は非常に順調に進んでいたとしましょう。では、開発終了後、それを実際に売るとなったときの、売り方、販売網の構築、輸送や保管はどうするのか。さらに、実際に社会で使用される段になると、画一化された環境ではない中でそれらのばらつきの条件をどうコントロールするかなど、課題や問題が次々と出てきます。製品開発がうまく進んできたといっても、製品の市場投入時に、小さなバグを洗い出さず、製品開発の勢いで一気に事業展開を広げてしまうと、順調だった開発から状況は一転してしまいます。
 これまで、UTECとしても個人としても、さまざまな事業や分野で経験を重ねる中で、成功とともに、数多くの失敗も体験してきました。「こういう状況になったら失敗する」ということは、分野を問わず、失敗するかなり前の段階から気づくことも多いのです。
 そこで私たちは、とれるリスクはきちんととりながらも、とらなくていい失敗のリスクは未然に排除するという姿勢で取り組んでいます。事業の失敗の兆しが出た直後、もしくは出る前段階から、それを防いでいくのです。兆しが出るよりかなり前の段階から動くことも多いため、起業家や研究者の方々から理解されないケースも出てきますが、そこはきちんとご説明をして、よりよい方向へとチームで歩めるよう、議論を戦わせたりすることもあります。

つながりのその先に

 研究者には、物事の現象やメカニズムを、世界で初めて知ることができる喜びがあります。それがビジネスの世界になると、それを初めて社会で実装させるプレイヤーになるかどうか、という面があります。キャピタリストや起業家は、最先端の技術の事業化に関わることができる。それはかなりエキサイティングです。
 さらに、ベンチャーキャピタリストは起業家と違い、ある1つの技術やサービスの提供にとどまらず、複数の異なる技術やサービスに関わることで、それらの強みを組み合わせた場合に、産業レベルでの変革を起こすきっかけ作りに関わることもできます。投資テーマをもって活動していくと、そこに関わる複数の技術や会社で、初めて一気通貫な枠組みができることにも立ち会うケースがあります。それぞれの強みを活かせれば、世界で初めての取り組み、チャレンジを行うことができる場合もあります。
 現在の活動としては、東大に軸足は置きつつも、同時に国内外で、インドやアメリカなど海外の大学・研究機関発の技術の事業化にも関わっており、海外と日本とをつなげる活動もしています。研究者の場合の、国際学会で発表して、交流が生まれ、新たな共同研究が生まれ……というのと同じような展開が、ビジネスの世界でもできる、そしてキャピタリストとしてそうした出会いの場を作れるというのは非常に楽しいです。

インドのインキュベーション施設で起業家を前に講演。インドの起業家の熱量に圧倒されました。
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アメリカのバイオクラスターBIOCOMのイベントに参加。BIOCOM CEOの計らいで、フランスのベンチャー支援者との交流機会を設けていただきました。
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 ベンチャーキャピタルというと、金融の分野の仕事であり、一見、理系の博士号とは関係なさそうですが、先端技術の事業化に取り組むベンチャーに投資を行う海外のベンチャーキャピタルでは博士号を取得しているメンバーが比較的多く、UTECでも、投資担当者のうち半分は博士号をもっています。博士号とMBAの双方をもっていたり、働きながら社会人博士を取得したりしたメンバーもいます。
 自分自身、博士号をもっていてよかったかといえば、確実にそう思います。まず、アカデミアで培った専門知識を活かすことができます。しかも、博士号をもったベンチャーキャピタリストは日本では少なく、バックグラウンドがライフサイエンスの人となると、私が7年前にこの業界に入ったときには、上の世代も含め、全国で数えるほどしかいないという状況でした。もしこの分野にチャレンジされる方がいらっしゃれば、今後も活躍の場は数多くあるように思います。アカデミアでの専門知識をもとに、一企業の成長だけではなく、技術の市場化、産業化にまで関わりたい──そのような志をもつ方がいれば、ぜひこの分野に飛び込んできていただけることを期待していますし、将来一緒にお仕事ができることを楽しみにしています。

(2020年3月4日談)

※1 調査研究や分析に基づき、主に政策提言をする機関。

※2 一般企業の経営課題に対する解決策を示すなどして、その経営を支援すること。


【うさみ・あつし】

1983年生まれ。東京大学大学院薬学系研究科生命薬学専攻にて、博士号取得、薬剤師。三菱総合研究所を経て、2013年よりUTECに参画、現在取締役・パートナー。Repertoire Genesis、五稜化薬、エディットフォース、ミルテル、bitBiome、OriCiro Genomicsなど投資先10社の社外取締役を兼任。JST START事業プロモーターや、(一社)ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)のサポーターなどを務める。

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