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アカデミアを離れてみたら

数学からデータ分析、純粋数学、そしてまたデータ分析へ〈アカデミアを離れてみたら〉

原田 慧 (株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA))

 私は名古屋大学大学院で数理学の博士号を取得したのち、データ分析専門のコンサルティング会社である株式会社金融エンジニアリング・グループ(FEG)に就職し、その後いまの所属先に転職しました。最初の就職からは、一貫してデータ分析の仕事をしています。

回り道を重ねて

 京都大学の理学部に入った時点で、「数学ができる〇〇屋さん」になりたい、と思っていました。高校生のころから数学には自信がありましたが、自分よりできる人、それもかなりできる人がいるということもわかっていたので、そのまま数学一本でいってもかなわないなと感じていました。
 そこで、数学のできる何屋さんになろうかと、生物学や物理学、地球物理学など、いろいろとぶらぶらしていましたが、実験が面倒で物理を諦めたり、アミノ酸が覚えられなくて分子生物を諦めたり……。最終的に地球物理学に落ち着きそうになったのが、大学4年くらいの頃です。そこで私が勉強していたのが、「データ同化」という分野でした。今でこそけっこう有名な分野ですが、当時はもっとマイナーだったのではないかと思います。統計とプログラミングと数学とが生きる分野で、「これなら僕、勝てるんじゃないか」と思いました。大学院も、その地球物理の研究室に行くつもりでした。
 ただ、在籍していたのは数学科でした。学部の3年生に上がる時に「系登録」(各専攻への振り分け)というものがあって、地球物理に落ちたので、席の空いていた数学科にしぶしぶ所属して、地球物理の研究室にはお願いして潜り込んでいたのです。
 数学科にいたので数学の卒業研究のようなものをしなければならないのですが、そこで数学の指導教員の先生に「ニューラルネットをやらないか」と誘われました。今でこそディープラーニングが旬ですが、当時はまだ2005年ころで、ニューラルネットは冬の時代でした。とはいえ、自分でちょっとプログラムを書いて動かしてみたらものすごく面白くて、おおこれもいいな、と。そこで真剣に悩んだ結果、大学院はその先生がいる情報学研究科に進むことにしました。
 とはいえ、大学院でニューラルネットをやったかというとそうでもなく、いろいろあって、結局、純粋数学の研究をしていました。するとそのうち、無限次元解析という分野に興味を持つようになり、修士論文はそのテーマで書きました。研究室のメインのテーマとはだいぶ異なる分野になってしまい、さらにいろいろな縁もあって、博士課程は専門が非常に近い先生がいる名古屋大学に移ることにしました。

転機になった学振

 博士課程の2年くらいまでは、就職する気はありませんでした。ここまで数学をやってきたからには、数学の専門家、研究者になろうと思っていたのです。
 就職を考えたきっかけとしては、学振(※1)に落ちたのが大きいと思います。博士2年の時に挑戦した学振(DC2の2回目)に落ちて、「ちょっと厳しいな」と思い始めました。ちょうど何かの折に、大学の先生が、意欲的な学部生向けに話をする中で、「みんな学振目指して頑張ろうね」、そして続けて「学振通らないと研究者になれないからね」みたいなことをおっしゃったのです。横にその学生たちを指導しているTA(ティーチングアシスタント)の私がいるのに、何の悪気もなく。それに傷ついて……(笑)。まあ、たしかにそうだなと。そこで、しょうがなく、就職活動を始めました。2009年の冬のころです。

「博士に進んだのになんで就職するの?」

 当初は、就職活動といっても何もわかりません。修士課程の時に就職活動をしたことがある友人らに聞きながらやりましたが、それがすでに間違った判断でした。普通にエントリーシートを書いたり、「リクナビ」や「マイナビ」に登録して、企業説明会に行ったりしていました。
 結果として、就職活動には相当苦労しました。リーマンショックから、まだ回復していない時期です。当初志望していたアクチュアリーの採用は裏ではもう終わっていたり、そもそも博士を採用してない企業に応募したり。名古屋と東京の間を新幹線で何往復もして、そのうちお金の都合で新幹線にも乗っていられなくなり、夜行バスを使うようになりました。
 書類選考はそれなりに通るし、その後の面接でも、応対してくれる現場の方が私と同年代くらいで、話すと面白がってくれたりして、けっこう通るのです。しかしその後、終盤の面接で、人事部長みたいな人が出てきたところで落とされる、ということが続いて、だいぶ落ち込みました。
 「なぜ博士に進んだのですか?」ときかれるので、「修士まで研究して一定の手応えがあって、ここまで来たのだから、ちゃんと結果が残るところまでやろうと思いました」というふうに答えるのですが、すると「なぜ就職するのですか?」とくるわけです。なぜ研究者を続けないのかと。どこに行ってもそれを言われます。「食い扶持が欲しい」と言う本音をオブラートに包んで「学んだことを生かして世の中の役に立ちたい」とかそれっぽいことを言うのですが、するともう一回、じゃあ「なぜ博士に進んだのですか?」と。ごもっともと言えば、ごもっとも。これに対して、筋が通るような返答をするのはなかなか難しいものです。
 結果として、最初に就職したFEGと、国家公務員試験以外は全部落ちました。
 FEGにエントリーしたきっかけは、大学の掲示板に貼ってあった求人票です。そこに、初任給が書いてありました。たいていの会社は、学部卒いくら、修士・博士卒いくらと書いてあるのですが、そこでは、修士と博士を分けていたのです。それを見て、「ああこの会社は博士卒を採用する気があるんだな」と思い、調べてみると、データ分析関連の会社だとわかりました。データ分析なら、地球物理を勉強していたころにちょっとやっていたなと。そして実際に面接に行ってみたら、自分に合いそうな雰囲気でした。
 ちなみに、そこでも例の「博士に進んだのになんで就職するの?」のループが来たのですが、本当に入社したいと思っていたので、よくは覚えていませんが「いやもう人生やってみなきゃわかんないんだし、いろいろ思い通りにならないこともあるからしょうがないでしょう」みたいな感じで開き直ったような気がします。そうしたら情熱が通じたのか、選考を通過しました。

入社、Kaggle、そして転職

 FEGに就職した後は、比較的すんなり馴染むことができたように思います。データ分析専門のコンサル会社で、コンサルタントでもあるものの、仕事の大半はデータ分析なので、けっこう専門性が活きたのです。当初は、人との会話すらおぼつかない自分にコンサルタントなんてやれるのかと思ったのですが、意外にも、専門家として接している分には、どうにかなるものだとわかりました。お客様はそもそも興味があるから依頼しているわけですし、プロジェクトが成功して欲しいと本気で思っています。もっと言えば、お客様とのやりとりなんて、怖い教授とのやりとりに比べればヘッチャラなのです。
 博士卒の社員の方も何名かいらっしゃる会社で、創業者の方も社会人博士をとられたような方でしたので、博士というものにすごく理解があり、専門性に対して、相応に敬意をもって接してくれる会社でした。先輩たちもよく面倒を見てくれました。大学の掲示板という偶然の出会いでしたが、最初の会社がここでとてもよかったと思います。
 そして入社早々に、KDD Cupに参加し、それがきっかけでKaggle(カグル)に参加しはじめました。KDD Cupとは、KDDカンファレンスのイベントで、企業や研究者がデータ分析の課題を提示し、チームや個人の参加者が分析の精度を競うというデータ分析のコンペです。FEGでは毎年、新人研修の一環でKDD Cupをやらせていたのです。私が入社する数年前には、FEGのチームで世界2位になったこともありました。Kaggleはそういうコンペが日常的に行われている国際的なプラットフォームです。
 2015年のKDD Cupでは、今度は私が中心になったチームで、世界2位になりました。それまでは世界トップで活躍するKaggler(Kaggleのプレーヤー)を憧れの眼差しで見ていたのですが、そういう憧れの人たちと最終日までデッドヒートができたことで、「自分も技術者として、プレーヤーとしてやっていけるのではないか」と思うようになりました。
 これと前後して、2013〜14年ころからでしょうか、だんだん、「データサイエンティスト」が注目されるようになってきました。これには本当にびっくりしました。それまでは、「この仕事は地味だけどいい仕事だな」と思っていたのです。私みたいな人間がデータをネチネチ分析することが世の中の役に立つというのは、けっこう誇らしくもありました。それが、「21世紀でもっともセクシーな職業」みたいな言われ方をするようになってしまった。そんな中でのコンペでの活躍もあって、自分自身、インタビューなども受けるようになったのです。
 転職したのも、コンペがきっかけでした。「DeNAがデータ分析コンペの強い人を集めている」と聞いて、ホンマかいなと思って冗談半分で面談に行ったら、今の上司である部長が出てきて、本気で集めようとしていることが伝わってきて、それは面白そうなチャレンジだなと思ったのです。自分のキャリアとしても、そろそろマネージャーという段階だったので、どうせなら変わり者チームのマネージャーがいいという思いもあり、転職することにしました。
 DeNAでは、立場はマネージャーですが、やはりデータ分析の仕事をしています。いろいろな事業を展開しているので社内に面白い仕事があることに加えて、業務として一定の工数を割いてコンペへの参加を許可、推奨するという変わった仕組みがあります。コンペで磨かれたスキルが仕事の役にも立つし、コンペで勝って目立つと会社の評判がよくなったり、会社にいい人が入社してくれたり、といったメリットがあるのです。喩えるなら、プロ野球選手とまでは言えませんが、社会人野球の選手みたいな感じでしょうか。

別に何も終わらなかった

 アカデミアを出たことで、就職に対する考え方は変わりました。アカデミアにいたころは、「就職は負けたやつがすることだ」という価値観に毒されていて、就職したら何かが終わると思っていたのです。でも、実際に就職してみたら、別に何も終わらなかった。もちろんアカデミア生活は終わるのですが、日々やることはあまり変わっていません。紙とペンで数式を書く代わりにコンピュータで計算をし、論文を書く代わりに報告書を書き、研究室でディスカッションする代わりに周りの社員と相談をし、学会に行く代わりにお客様に報告に行く。これらの違いよりもむしろ、お給料がもらえるという喜びの方が大きなものでした。さらに、研究はやっても後退することが多くて辛い思いもしますし、誰も褒めてくれませんが、仕事はやればやるほど周りが喜んでくれます。
 振り返ってみると、これまで経験してきたどちらの職場も、自分のペースで働ける環境でした。スタイルは大学の研究室とあまり変わりません。特に前の職場は、大きいパーティションが机の上にあって、もう本当に大学院生室の感覚で仕事ができました。コンサル会社なので電話は鳴りますが、それぞれの仕事に集中できていました。

データ分析での学び、アカデミアでの学び

 データ分析で使うような数学と、専門でやっていた数学を比べると、前者のほうが簡単なところはもちろんたくさんあります。前者で必要になる数学や統計は、大学の2年生くらいまでのレベルですから。ただその一方で、難しいところも多いのです。
 数学の世界では、こう定義してこう定理を立ててこう証明して……と、全部筋が通っていて、理不尽なところは何一つないわけです。一方、世の中はそうではありません。データ分析で扱うようなデータは、主に人間の社会行動のデータです。そもそもランダムではないし、みんなそれぞれものを考えていて、いろんな事情があり、いろんなゆがみも入っているので、数学や統計の立場から見れば、データは汚いものです。動物の体のどこかの部位の長さならきれいな正規分布をするかもしれませんが、人間であれば、例えば年収であっても、汚い分布をするわけです。数学や統計のきれいな世界とは全然違う、実社会に触れているな、という実感があります。こうした人間くさいデータの面白さ、奥深さは、数学を勉強している中では学んでこなかったことです。
 一方、アカデミアで数学を本格的にやっていたことは、今の仕事には、直接的にはほとんど生きていません。生きるとすれば、「難しそうな単語が出てきてもビビらない」、「いい加減な数学っぽい説明に騙されない」、あとは、たまにある数理最適化の仕事に適応できる、という程度でしょうか。
 もっとも、間接的にはよく役に立っています。さすがに基礎的な力はついていますから、例えば専門外の分野の論文でも、読み方はなんとなく分かります。しかも論文が読めるだけではなく、周辺の論文も含めて深いレベルで読めたり、自分の仕事にどう活かすかも考えられたりするのは、博士ならではかもしれません。博士は「学ぶことを学んでいる」ので、異分野でも、意外とどうにかなるものだと思います。
 博士課程の話で言えばもう一つ、名古屋では名誉教授の故・飛田武幸先生にお世話になっていたのですが、先生の「流行は追うな、パイオニアをフォローせよ」という教えはいまも生きています。これは、そもそもは数学の文献を読むうえでの話で、研究の最先端の論文をあさって最先端に行こうとするのではなく、その分野を作った人の論文を深く読みなさい、本ならば翻訳や改訂を経ていない、著者の母国語のものを、初版で読みなさい、と。その分野を作った人の記述の中に、ちらっとにじみでてくる何か深いものがある、とおっしゃっていました。
 データ分析の世界でも、それはあてはまると思います。パイオニアの人が昔書いた本や論文を読むと、その人がいかに悩んで、その概念──たとえば「変数重要度」とか──を決めていったのかが分かってきます。今ある本を見ると、それが標準で当たり前のようになっていますが、やはり作った人の考えは深く、それを追いかけることが、物事を深く理解する上では重要なのだと。飛田先生がおっしゃっていたのは、そういうことだったのかなと思っています。

就職を考えている人へ

 これから私のように、数理系の博士課程を終えて新卒で就職しようかなという人には、まず、いろんな人に相談することをお勧めします。最近は特に、博士卒の人の就職のサポートも充実していますし、博士卒の人を本気で採用する気がある会社も、けっこうたくさんあります。ただ、そういう会社はたいてい、社員が100人に満たないような小さい会社で、学生さんの目につきにくいのです。名の知れた大手の会社にも研究職の枠はありますが、そういった大手だけではなく、スペシャリスト集団みたいな会社もたくさんあるので、そういう情報が得られるところに、まず行くのがいいと思います。大学からは見えにくい情報ですから、この点は恥ずかしがらずに周りの人を頼るべきです。いろいろ訪ねてみると、自分に合う企業に出会えると思います。
 なお、流行りに乗って、異分野からデータサイエンティストを目指すのは、4〜5年前まではお勧めできましたが、今は簡単ではないということを申し添えたいと思います。というのは、データサイエンティストのブームがきた2013年ごろに大学1年生だった人たちが、今ちょうど修士課程を終えて、大量に就職する頃なのです。今、新卒でデータサイエンティストとして就職しようとしたら、大学1年生の頃から「データサイエンティストとして活躍したい」と思って6年間を過ごしてきた人たちと同じ土俵で勝負しなければなりません。彼らはとても優秀です。トップの国際会議で発表しながら、何社ものインターンを渡り歩いて、就職する前から豊富な実務経験を積んでいるような人もいます。異分野から参入して彼らと同レベルになるのは簡単なことではありません。就職してから頑張ればどうにかなる部分ももちろんたくさんありますが、安易に流行を追うべきではなく、視野をうんと広く持って、ご自分が活躍できる場所を真剣に探して欲しいと思います。せっかく博士課程まで学んできたのですから、ご自分が学んできたことを、流行に流されて安易に捨てるようなことはしないで欲しいです。
 なんにせよ、新卒での就職はきっと大変ですし、博士がマイナスになることもあると思います。周りの人に適切に助けを求めて、広い視野を持って、なんとか頑張ってください。とはいえ、転職が当たり前の時代ですから、一回どこかに就職して、しばらくやってしまえば、そこから先はもう博士がマイナスになることはないので、ご自分の努力次第でいかようにも道は開けると思います。

これからのこと

 私自身は、たぶんこの先も、しばらくはデータ分析の仕事を続けるのだと思います。ただ、今は現場のマネージャーをやっていますが、より上の階層を目指すキャリアにはあまり興味がありません。今も心の中のどこかでは「大学」という場が好きで、ものを教えるのも好きです。データサイエンスを教える仕事を会社でしたり、たまに副業で、大学の非常勤講師として教えたりもしています。自分の中での定年をどこかに決めて、お金ではなく、やりがいを求めて大学の先生になるのもいいな……と思います。大学を離れて民間企業にいますが、広い意味ではアカデミアを離れていないのかもしれませんね。

(2020年3月16日談)

※1 日本学術振興会特別研究員のこと。採用されると、研究費および研究奨励金(給与)が支給される。DC1(採用年の4月1日現在、博士課程1年次相当)、DC2(採用年の4月1日現在、博士課程2年次以上の年次相当)といった区分がある。


【はらだ・けい】

1983年生まれ。京都大学理学部理学科を卒業後、同大学院情報学研究科修士課程を経て、名古屋大学大学院で数理学の博士号取得。学生時代の研究テーマは無限次元空間の解析。2011年4月から株式会社金融エンジニアリング・グループ(FEG)にて、データ分析とその活用のコンサルティングに従事。KDD Cup 2015で2位入賞、2017年にKaggle Masterとなる。2018年2月DeNA入社、現在はマネージャーとして多くのプロジェクトに関わりながら個性的なメンバーを率いる。趣味は競技プログラミング。

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