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3.11を心に刻んで

纐纈あや〈3.11を心に刻んで〉

〈里〉の何が良いのかと聞かれても、知性で答えることはできない。無理に答えようとすれば、私は知性を使って偽造するしかないだろう。
 そこはただ魂が帰りたい場所なのである。
(内山節『里の在処』新潮社)
*  *
小学1年生の時に、友達のまあちゃんと近所の空き地にあった梅の木の下で、お庭づくりをして遊んでいた。土をいじりながらふと「東京は私が住むところではない」という言葉が浮かんだ。その時は理由がわかるようでわからなかったが、後になって思えば、住宅街の隙間で自然を求めている自分に、切なさのようなものを感じていたのだと思う。
 私は東京の小金井育ちで、サラリーマンの父と専業主婦の母、姉と兄がいる家族で育った。両親とも東京出身で、私には田舎と呼べる場所がなかった。学生の頃から、山に登ったり、カヌーで川をくだったり、地方を自転車で旅をしたり、何かと出会いたくて旅を続けた。
 二十代も終わりに差し掛かった頃、仕事で訪れた山口県の祝島で、上関原子力発電所建設に反対し続けている人たちと出会った。緊張しながら定期船を下りると「遠くからよう来たね。若いね~。身体太いね~。」と、おじいちゃん、おばあちゃんたちが出迎えてくれた。彼らのニコニコッとした笑顔を見た瞬間、言い知れぬ懐かしさが込み上げて、故郷に帰ってきたように思えた。初めて訪れた島、それも東京生まれの私が、どうしてそんな感覚になるのか。その時のことが忘れられず、再び島を訪れたのは5年後のことだった。自然の恵みなしでは自分たちは生きられない、と言い切る島の人たちのことをもっと知りたいと一念発起し、その暮らしぶりを一本の映画「ほうりしま」にまとめたのは、2010年のことだった。
 今、栃木県那珂川町の梅平という集落に通っている。山に囲まれ、起伏のある地形の中に、田畑が連なる美しい里山である。この里を愛おしみ、守り続けてきた人たちとご縁をいただいたのだ。
 3月下旬、女性たちのお念仏の様子を撮影させていただいた。年に2回、一家からひとりずつ女性たちが集まって、安産の仏様でもあるお地蔵様にお供えし、お念仏を唱える。以前は、小高い山の上にある高松地蔵堂で行なっていたが、高齢者が急峻な坂道を登らなくてもいいようにと、今は集落の中の作業所に場所を替えている。
 女性たちが車座になり、鐘で拍子をとりながら声を合わせ、音階をつけて「なむあみだ なむあみだぶつ」を繰り返す。皆、ささやくように唄うので撮影中はわからなかったが、後から聴き返していると、やわらかく深みのある声に合わせて、梅平の美しい光景が目の前にパーッと広がった。同じリズムで延々と続く “なむあみだぶつ” は、まるで日常が繰り返されるのと同じように地味で単調だが、そこにはすべてのものが含まれていて、私には幸せの響きに聴こえた。
 今、目の前にある幸せを、ひとつひとつ映像に刻む。それは同時に、これまで私たちが失い続けてきた生きとし生けるものの営みを思い返し、その痛みを刻み込むことでもある、と思っている。
 
(はなぶさ あや・映画監督)

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