web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

アカデミアを離れてみたら

まさかの報道記者になる〈アカデミアを離れてみたら〉

田辺幹夫(NHK)

 私はいま、NHKで報道記者の仕事をしています。ここでの記者の仕事は、世の中で起きるさまざまな出来事を対象に取材し、アナウンサーがテレビやラジオで読む元になるニュース原稿を書いたり、報道番組を作ったり、時には自分がテレビに出て、自分の言葉で取材した内容を伝えたり、というものです。カメラマンやディレクターなど、たくさんの人と協力し、放送ギリギリまで時間に追われながら取材をすることもあります。
 大学院で博士号をとった直後、ちょっと年齢の高い新卒として就職したときは、自分でも「理系の博士が、そんな仕事できるんかいな」とおそるおそるでしたが、いまのところ、何とか務まっています。大学に入ったころの、研究者になるのかな、とぼんやり思っていた自分が聞いても、信じてくれないかもしれませんが……。
 昨今、さまざまな理系博士が世の中で活躍されているのを見聞きしますが、こうした報道の分野で(なんとか)働いている人間もいると、知っていただければ幸いです。

野次馬的な学生時代

 もともと、理系少年でした。自分であれこれ考えて実験することや、「宇宙の仕組みってどうなっているんだろう」などと考えるのが好きで、理系の道を究めてみたいと思い、京都大学の理学部に入学しました。
 大学はとても自由な雰囲気で、何を勉強するのも自分の興味関心しだい、という感じだったと記憶しています。大学近くに家賃2万円弱の部屋を借りて、そこで友人たちと酒も飲まずに語り明かしたり、1週間くらいこもって本を読んだり、ふらっと自転車で琵琶湖一周に行ったり、南米に旅行に行ったり。世の中のいろいろなものが見てみたくて、もっぱら「野次馬的な人間」として過ごしました。
 大学院では、物理学を専門に選びました。運よく研究室に入ることができ、1周20mほどの実験装置「イオン蓄積リング」の建設と実験に携わることになりました。完成した装置の中にマグネシウムイオンを飛ばし、ぐるぐる回しながらレーザーを当てて冷却し、その様子を調べるというのが実験の最終目標です。実験本番への道のりは、泥臭い回り道の連続でした。装置のねじのサイズを決めたり、イオンを発生させる装置を固定する台を設計して発注したり、100分の何ミリの精度でできるか、みたいなことを工場の担当者と相談したり。教科書や論文には書いてないことを、先輩や先生方に教えてもらいながら進めていました。

世の中をもっと見てみたい

 研究室に配属された当初から、博士号をとるまでやってみたいという思いがあり、当然のように博士課程まで進みました。実際、回り道をするプロセスも含めて、研究はとても面白かったのです。ただ、果たして自分が研究の世界で一生やっていけるのか……というと、ずっと迷いがありました。
 そうこうしているうちに、あっという間に博士課程2年の冬になりました。研究者でいくか、そうでない道を選ぶのか。何日もうんうん悩んだ結果、「大学を出て就職しよう」という結論に至りました。元来、持ち合わせていた「野次馬的な性格」が抑えられなかったというのもあったと思います。世の中をもっと見てみたいという思いが、研究を続けたいという思いに勝りました。そして、またあれこれ考えた末に、自分の興味関心や問題意識を出発点にいろいろな現場に行けそうな、記者という仕事を目指すことにしました。
 就職活動では、学部生の若い人々に混じって各社の説明会をまわり、自分の年齢で応募できる記者職のある会社を探しました。最終的に受けたのは、新聞社を数社とNHKです。メディア各社の年齢条件は比較的緩やかで、「新卒なら年齢問わずOK」という会社もあり、学部の人たちと同じように、エントリーシートを書いて面接を受けました。「なぜ、博士まで進んで記者を?」と、どの段階でも聞かれましたが、「世の中で起きているいろいろなことを見てみたい。それをわかりやすく伝えたい。大学の専門性は役に立たないかもしれませんが、いろいろ試行錯誤した経験はたぶんどこかで役に立ちます」という宣伝方針で自分を売り込んだと記憶しています。
 実験の合間を縫って受けた試験は、2次面接あたりまでは進めたものの、どこも通りませんでした。ちょっと焦りましたが、記者という仕事をするのに何が自分の強みになるのかをもう一度考え直し、同じ年にあった2回目の入社試験にトライしました。最終的に、研究発表で訪れていた札幌の居酒屋で、NHKの最終面接通過の電話を受けました。ほっとしたのと同時に、研究とはまた違う道を進むことになったんだなぁと、ちょっとしんみりしたのも覚えています。その後、研究のほうでも実験がうまくいって、論文を書いて博士号を取得でき、社会人としての一歩を踏み出すことになりました。

28歳の新米記者

 28歳の新人がまず配属されたのは、福岡県の北九州市でした。まったく縁もゆかりもない土地です。新人記者の多くは事件・事故を担当しますが、私も例に漏れず事件担当になりました。
 殺人事件にコンビニ強盗、工場の爆発火災……。あれ、つい数か月前までは「イオン」とか「レーザー」に囲まれた世界にいなかったっけ……。まったく生まれ変わったような新しい環境に放り込まれて、最初は大いに戸惑いました。職場の先輩も(年齢は下でしたが)、ありがたいことに辛抱強く、仕事の仕方を教えてくれました。先輩の仕事ぶりをまねてみたり、法律や事件捜査の本を読みあさったり、ひたすらいろんな人と会ったり。正直、すぐに成果は出ませんでしたが、飽きずにあきらめずにできたのは、研究でもたくさんの回り道をしたのがよかったのかもしれません。なんとか仕事を覚えようと、もがく日々が続きました。

助けてと言えない

 2009年、記者2年目のとき、強く印象に残る出来事がありました。39歳の男性が自宅で餓死する、という出来事です。その男性の机の上には「助けて」と書かれた手紙が、切手が貼られたまま、投函されずに残されていたというのです。当時、北九州市では、リーマンショック後の不況から、路上生活をする若者の姿も見られました。若い世代が、餓死してしまうまで声を上げられなかったのはなぜか。その疑問を出発点に、取材チームが結成され、私もそこに加わりました。
 取材の中で、ある30代の男性に出会いました。炊き出しが行われていた公園にいたその男性は、見た目はどこにでもいる「普通の」青年なのですが、派遣切りにあい、公園で路上生活をしていました。男性とは何かの波長が合い、その公園に何度も通ってお互いの話をするうちに、男性がポツポツと、心情を話してくれました。見た目を「普通」に保とうと、公園のトイレでひげをそっていること。コインランドリーで洗濯もしていること。でもそこまで困っていても、親を頼ることはできないということ。自分が負けたことになるから、「助けてとは言えない」のだと。
 もしかすると、餓死した男性もまた、同じような心境で、助けてとは言えなかったのかもしれない。そう感じながら、一連の取材をまとめた番組を放送すると(※1)、番組を見た同じ30代の人たちによる「実は私も、助けてと言えないんです」という声が、ネットを中心に広がりました。取材チームで声を上げた人を訪ねて話を聞き、番組の続編も放送しました。
 「こうすれば解決できる」という答えをすぐに提示できるものでもなく、もどかしい思いも残りましたが、これらの番組を通じて、一定数の人々が抱えていた苦しい思いを伝えることができたかもしれません。取材する仕事の重みや意義を、強く実感する経験となりました。

現代の闇をのぞく

 この時の取材で調査報道(※2)の奥深さに気づき、その後もいくつかの調査報道に取り組んできましたが、その中でもとりわけ印象に残っているのが、ネット広告についての取材です。この取材をはじめたころ、私はすでに東京に異動し、科学全般やITについて取材を担当するようになっていました。
 取材のきっかけは、2018年当時、大きな問題になっていた漫画の海賊版サイト「漫画村」でした。これは、さまざまな出版社から刊行されている漫画など計5万点以上が、スマホで誰にでも無料で読めてしまうサイトです。このサイトの運営者はいったい何者なのか。私はそれを追う取材班に加わり、サイトに残された情報などを手がかりに、大本のデータが保存されているサーバーを追跡しました。最終的にウクライナのサーバー会社までたどり着いたのですが、運営者が何者なのかはわからず、そこで取材はいったん行き詰まりました。
 ならば、別のルートから探ろうということになり、海賊版サイトに表示されているネット広告に着目しました。広告主から支払われた広告費は、やがて掲載されているサイトの運営者側に流れていくはず。その流れを調べていくと、海賊版サイトの運営者に行き着くのではないか。本格的に調べてみようということになり、どんどん深い取材を進めることになりました。
 ネット広告の取材など、周りの誰もやったことがなかったので、どこにもノウハウはありません。いろいろな取材手法を試みました。うまく結果に結びつかないこともたくさんありました。取材の基本は人に会って話を聞くことですが、海賊版サイトに広告を出している企業(広告主)から、その広告の配信を依頼された広告代理店をなんとか聞き出せても、その代理店がさらに別の代理店に仕事を投げていたり、なんとか孫請けの代理店にたどり着いても、そこで行き詰まってしまったり……。「だめだったら、別の方法でやってみるか」とめげずに、ネット上の情報を解析してリアルの世界との接点を探し、人に会って話を聞いてはまたネットの情報を解析する、という行ったり来たりの取材を続けました。
 すると、海賊版サイトに仕掛けられていたカラクリが見つかりました。実は海賊版サイトには、そこに表示されている広告だけではなく、アクセスすると自動的に読み込まれるように設定された「隠しサイト」があり、大手企業の広告がそこに表示されるようになっていることがわかったのです。海賊版サイトには大量のアクセスがあります。アクセスされるたびに、この仕掛けで大手企業の広告も見えない場所に配信されるようになっており、これによって何者かが収入を得ようとしていたのです。大手企業側に取材して広告配信が止められると、最終的には海賊版サイト自体も突如、閉鎖状態になりました。ここまでの一連の取材を、番組にして放送しました(※3)
 この取材はさらに、海賊版サイト以外のネット広告の取材にも発展し、いろいろなことがわかりました。有名人が出演するテレビ番組の画像などを切り貼りして、あたかもその有名人がオススメしているかのようなウソの内容の広告が作られ、それがチェックをすり抜け、広告主も知らない形で配信されてしまっていたり、SNSを使ってさまざまな情報を発信する「インフルエンサー」の中には、フォロワーを金で購入して水増ししている人がいたり……。「こんなことまで!」と驚くことばかりでしたが、ウラ取り(事実確認)をきっちり行って、後続の番組で放送しました。放送したあと、業界を挙げた対策が進められたり、チェックを強化する動きができたりしました。取材はいまも続いており、「クローズアップ現代+」中のシリーズ「ネット広告の闇」として、引き続き放送されています。
 いずれの取材も、前例がないことについて、取材チームのアイデアとそれを「やってみよう」という精神でトライして、うまくいかなくてもまた別の道を探る、というプロセスの繰り返しです。実験にも似たところがあると思います。目の前の現象をよく見て、事実を確かめるには、誰から証言を取ればいいのか、どういうデータを集めればいいのか、そのためにはどういう道順でたどっていけばいいのかを考える。論理的に組み立てられることもあれば、相手が人だと読めない部分も多く、運に助けられることもあります。ゴールを見定め計画を立てて取材を進めても、なかなかたどり着けないときは苦しいのですが、そこを乗り越えて、これまで誰も知らなかったことを明らかにできて、そこから世の中が少しずつ変わっていくのを体験できるのは、この仕事の面白いところだと思います。

写真1
2014年の冬、ノーベル賞の取材で訪れたスウェーデン・ストックホルムにて。この年は青色LEDの発明で日本の研究者3人が受賞したためか、市内にはLEDで作られた大きなモニュメントが飾られていた。

右往左往しながらも

 一方、科学・ITを担当する中で、理系の知識や経験が直接、役に立ったかな……と思えたこともあります。例えば、「重力波の検出に初成功」というニュースでは、空間をこんにゃくに喩え、「ここに重い玉を落として、ボヨンボヨンと振動が伝わる感じです」と説明してみました(うまい喩えかどうかはわかりませんが)。自分なりに表現を工夫して、限られた放送時間で、少しでもわかりやすく、興味を持ってもらえるように伝えることを心がけています。
 その後、2019年夏からは大阪に異動し、科学や文化を中心にしつつも、幅広い分野の取材を担当する「遊軍」として取材を続けています。
 記者は、一見「文系的」ですが、理系でもいろいろな形で力を発揮できる仕事だと感じています。自分の場合、過去に研究していたまさにその分野を取材することは、これまでほぼありませんでした。とはいえ、人工知能など、理系のバックグラウンドが理解に役立つテーマもありますし、調査報道ではデータ分析の知識が役立つこともありました。周りを見渡しても理系の博士は圧倒的少数派ですが、それゆえに、人とは違う引き出しが生きる場面も多いものです。
 予想できない世の中の動きに日々右往左往し、振り回されることもありますが、自分の取材で未知の事実を掘り起こし、ニュースや番組を通じてそれを伝えるのは、いまは、なんとなく性に合っているように感じます。未知の世界に挑む基礎を教えてくれたアカデミアに感謝しつつ、これからも試行錯誤しながら、取材を続けていきたいと思います。

※1 クローズアップ現代「“助けて” と言えない~いま30代に何が~」2009年10月7日放送。

※2 企業や自治体・省庁など、当局の発表をベースにした報道ではなく、取材者の疑問や問題意識を出発点に、人から話を聞いたりデータを調べたりして、自分たちで事実を掘り起こして報道すること。

※3 クローズアップ現代+「追跡! 脅威の “海賊版” 漫画サイト」2018年4月18日放送。


【たなべ・みきお】

1980年生まれ。京都大学理学部卒業後、同大学院理学研究科で博士号取得。大学院での専門は加速器を使った物理実験。2008年、記者としてNHKに就職し、北九州放送局、科学文化部、ネットワーク報道部を経て現在、大阪拠点放送局。最先端の科学技術や、ネットをめぐる社会問題などを取材し、日々のニュースや番組に。これまでの担当に、「クローズアップ現代+」の「ネット広告の闇」シリーズ(2018年〜)や、NHKスペシャル「あなたの家電が狙われている~インターネットの新たな脅威~」(2017年)など。

タグ

バックナンバー

閉じる