第2回 子供のジョヴァンニ・デ・メディチ/物質の隔たり、魂の繋がり〈岡﨑乾二郎 TOPICA PICTUS〉
3 子供のジョヴァンニ・デ・メディチ/Beautiful and plump like an angel from paradise

1545年,ウフィツィ美術館,フィレンツェ
まるまる太った男の子が、右手に抱える小鳥はゴールドフィンチ、日本では五色鶸(ゴシキヒワ)と呼ばれる珍しい鳥だけれど、ヨーロッパでは古くからペットとしてよく飼われた人気ある小鳥である。好まれたのは小さな体をおおう鮮やかな黄色やピンクの優雅な色彩、洗練された柄、その甘い鳴き声、手品もできるほどの知性。ゆえに明晰な精神と健康な身体のバランスを象徴し、イエスの受難、そして救済の象徴ともみなされてきた。そんな気高い小鳥を人差し指で持つ男の子は自慢げである。反対に、そんな鳥を所有しているんだ、と誇るのは欲ばり、そしてわがままな子に違いないと察知もさせる。
アーニョロ・ブロンズィーノはメディチ家のお抱え画家として肖像画を多くこなしたが、コジモ・メディチの御曹司ジョヴァンニを、こんなに豊満すぎるほどにふくよか、そして、なにも恐るるものはないといわんばかりの不敵な笑みいっぱいに描いた。そのみなぎる誇張にブロンズィーノ一流の、男の子の未来まで予測するような批評が含まれる。とても快活で元気な子に見えるけれど、その可愛さは不穏=いじわる(頭の毛のカールがいちばん可愛い)を含むゆえか。

子供のジョヴァンニ・デ・メディチ/Beautiful and plump like an angel from paradise
2020,アクリル,カンヴァス,20.7×16.6×3.0cm
※ アーニョロ・ブロンズィーノ(1503-1572) フィレンツェの画家。メディチ家・コジモ1世(1519-1574、初代トスカーナ大公)に仕えた。その師であったポントルモと並んでマニエリスムの作家として知られる。精緻な描法技術を駆使して現実そのものをイメージのみならず、その意味まで歪曲、混乱させるような絵画を制作した。代表作に「愛の勝利の寓意」がある。
4 物質の隔たり、魂の繋がり/Noli me tangere
磔刑の三日後に、マグダラのマリアがイエスの埋葬された横穴(墓)をおとずれたとき、その穴の中には何もなかった。入り口を塞いでいた岩が転がり白く光が射した。その光の中で声が聞こえ、イエスは蘇ったという。天使の声。しかしヨハネ福音書では声はイエス自身の声に受け継がれる。空っぽの墓から出て呆然と泣き尽くすマグダラのマリアに「女よ、なぜ泣いているのか」と背後から声が呼びかける。マリアは振りかえるが、それをイエスと認めることができない。すなわちイエスの姿は見えなかった。けれど、やがてそれがイエスだと気づいてマリアは彼に触れようとする。イエスは言う、「わたしに触ってはいけない」(ノリ・メ・タンゲレ[Noli me tangere])。
見えないがそれを知ることができる、というこのノリ・メ・タンゲレはつねに画家たちを触発する主題だった。認知のずれは視線のすれ違い、そして文字通りイエスの運動とマグダラのマリアの運動のすれ違いとして描かれ、方向の違う運動は画面の上下を引き裂き、渦巻くような空気の流れを作り出した。
近づくマリアから身体を逸らす(画面からも逃れようとする)イエス。すでに十字架はイエスがイエスであることを示す聖なる徴となっている。その徴が示された旗をイエスは抱え、旗は風にたなびく。マリアの頭の上をこの風が吹き抜ける。マリアはこの徴からもたらされる風、そして光をイエスとして感じたのかもしれない。

物質の隔たり、魂の繋がり/Noli me tangere
2020,アクリル、カンヴァス,17.2×25×3 cm
※ ジョット・ディ・ボンドーネ(1267頃-1337) 「ジョット」と呼ばれることも多い、中世イタリアの画家・建築家。
※ 「スクロヴェーニ礼拝堂」 アレーナ礼拝堂とも呼ばれ、37の場面から成るその装飾画は、ジョットの代表作とされる。
※ 「ノリ・メ・タンゲレ」 ヨハネによる福音書20章17節。イエスの言葉とされ、フラ・アンジェリコ、コレッジョ他、多くの画家が題材としている。
*本連載には、現在開催中の展覧会「TOPICA PICTUS」会場にて配布されているリーフレットに掲載された内容と重なるものがあります。
*とくに示したものをのぞき、著者自作以外の作品画像はパブリック・ドメインのデータを使用しています。
*「TOPICA PICTUS」の画集は、ナナロク社より発売されています。