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岡﨑乾二郎 TOPICA PICTUS

第3回 マリア・オランス/風景のなかの聖母子〈岡﨑乾二郎 TOPICA PICTUS〉

5 40 days after the resurrection/マリア・オランス

作者不詳《ブラケルニティッサ聖母のイコン Icon with the Virgin Blachernitissa》
13世紀,聖カタリナ修道院,シナイ山
By permission of Saint Catherine’s Monastery, Sinai, Egypt. Photograph courtesy of Michigan-Princeton-Alexandria Expeditions to Mount Sinai.

 両手の掌をこちらに向け、すっと開くという仕草は、手を大きく開いて何かを受け入れ、迎え入れる仕草とはニュアンスがちがう。〈オランス〉は手を開いて祈る仕草をいうが、聖母マリアによるオランスは、その開いた手と手の間に、なにものかが、すっと現れ、やがて、その手と手の間の空間があたかも揮発して、昇華するかのような効果を見る人に与えることが多い。昇華といったけれども、それがだれかの存在だったとすれば、昇天ということになろう。実際にその手の間に、昇天するイエス(子供のように描かれる)がメダイオンのかたちで描かれることも多いのである(この描写方法はブラケルニティッサ聖母と呼ばれる)。
 すなわち手と手の間に開かれるのは天上界である。マリアが両手を移動して間の空間を開くと、手品のように世界が変わる。天上界がそこに生まれ、人がそこに昇天する。 いや反対に、人が手と手の間に生まれ、天上界がそこで昇華する。反対ではない。生と死 がマリアの手と手の間でつながっているのである。この世界からの出口、そして入口がそこにある。
 両掌を前に向けてすっとスライドさせて、開く。手品のようだが、そこには別の世界がすでに開かれている。

© Kenjiro Okazaki
40 days after the resurrection/マリア・オランス
2020,アクリル,カンヴァス,25.2×17.1×3 cm

※ 「オランス」 ラテン語Oransは「祈る人」の意。とくに初期キリスト教美術では聖母マリアがこの姿で描かれることが多い。

※ 聖カタリナ修道院 モーセが十戒を授かった地と言われる、エジプト・シナイ山麓にある正教会の修道院。6世紀、ビザンティン皇帝により建設された。

 

6 Pittura Sanza Disegno/風景のなかの聖母子/Altarpiece

ジョルジョーネ《カステルフランコ祭壇画 Pala di Castelfranco》
1503-04年頃,カステルフランコ・ヴェネト大聖堂

 絵画は二つの領域に画面の上下で区切られている。一つは室内の空間、もう一つは、はるか遠方にひろがる外部の風景である。構図としてみれば画面は水平の帯状に三つに分割されている。つまり画面の下方の室内は画面中央を水平に横切る臙脂(えんじ)色の壁と、その下の遠近法で描かれた格子柄の床の、方向が異なる二つの面に分割されているからである。この三つの領域を跨ぎ、繋げるように、中央にピラミッド状に玉座が高く築かれ、その上段に聖母子が座っている。結果的に画面は9面(あるいは7面)の異なる方形の画面が寄木(市松)状に配置されているかのような構図を作る。
 聖母子は、玉座が設置された室内にいるといえるのだろうか、それとも聖母子の両側を囲む風景の中にいるといえるのだろうか(台座の上面は壁を越えて、風景の中へ入り込んでいる)。にもかかわらず、どちらの世界からも離れ浮かびあがってくるようにも見える。
 異なる性質、次元の空間を画面上で寄木のように織り合わせるのはジョルジョーネを含むヴェネチア派の特徴だった。本来、織物=textileとは次元の異なる空間軸をもつ複数の糸、面を織り合わしているがゆえに織物なのだ。絵画も同じはずだが、織物が積極的に人を包み込む働きをもつように、いや絵画はそれを超え、このジョルジョーネの絵画のように見る人を包み込み、抱擁するかのような眼差しを持つ。それに気づいたとき、遠く風景の中にわたしたちもいる。

© Kenjiro Okazaki
Pittura Sanza Disegno/風景のなかの聖母子/Altarpiece
2020,アクリル,カンヴァス,25.2×18.4×3 cm

※ ジョルジョーネ(1477/1478頃-1510) イタリア・ヴェネチア派の画家。カステルフランコ・ヴェネトはジョルジョーネの生誕の地と言われる。

※ 「ヴェネチア派」 フィレンツェ派と並び、イタリア・ルネサンス期、また18世紀にも隆盛を迎えた美術や建築の流派。ジョルジョーネはその代表的画家。他にベリーニ父子、ティツィアーノ、ティントレット、カルパッチョ、18世紀にはティエポロ、カナレットらがいる。


*本連載には、現在開催中の展覧会「TOPICA PICTUS」会場にて配布されているリーフレットに掲載された内容と重なるものがあります。

*とくに示したものをのぞき、著者自作以外の作品画像はパブリック・ドメインのデータを使用しています。

*「TOPICA PICTUS」の画集は、ナナロク社より発売されています。

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著者略歴

  1. 岡﨑 乾二郎

    造形作家。武蔵野美術大学客員教授。
    1955年東京生まれ。1981年の初個展「たてもののきもち」、1982年パリ・ビエンナーレ招聘以来、多くの国際展を含む展覧会に出品。主な個展として「ART TODAY 2002」(セゾン現代美術館、2002)、「特集展示 岡﨑乾二郎」(東京都現代美術館、2009〜2010)、「《かたちの発語》展)」(BankART Studio NYK、2014)、「視覚のカイソウ」(豊田市美術館、2019〜2020)。
    総合地域再創生プロジェクト「灰塚アースワーク・プロジェクト」、「なかつくに公園」(広島県庄原市)、「《ミルチス・マヂョル/Mirsys Majol/Planetary Commune》」(ガラス、セラミックタイルによる連続壁面、ハレザ池袋、豊島区)、「ヴェネツィア・ビエンナーレ第8回建築展」(日本館ディレクター、2002)、現代舞踊家トリシャ・ブラウンとのコラボレーションなど。
    展覧会企画として「ET IN ARCADIA EGO ――墓は語るか」(武蔵野美術大学美術館・図書館、2013)、「抽象の力――現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」展(豊田市美術館、2017)、「坂田一男 捲土重来」展(東京ステーションギャラリー、岡山県立美術館、2019~2020)など。
    灰塚アート・ステュディウム(ディレクター、1996〜2000 )、四谷アート・ステュディウム(ディレクター、2002〜2014)。主著に『抽象の力 近代芸術の解析』(亜紀書房、2018)、『ルネサンス 経験の条件』(文春学藝ライブラリー、文藝春秋、2014)、『芸術の設計――見る/作ることのアプリケーション』(フィルムアート社、2007)。『ぽぱーぺ ぽぴぱっぷ』(絵本、谷川俊太郎との共著、クレヨンハウス、2004)。

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