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3.11を心に刻んで

矢 作 弘〈3.11を心に刻んで〉

ニューヨークは世界的な都市、近代的尺度で建てられた最初の都市だ。そしてアメリカ人は心のなかで誇りに思っている。

(ル・コルビュジエ『伽藍が白かったとき』生田勉・樋口清訳、岩波書店)

*  *

 コルビュジエは1935年、ニューヨークの近代美術館に招聘されてアメリカを初めて訪ねた折、下船後、記者団に囲まれ、「摩天楼は小さすぎる」と語り、「もっと大きく、もっと間をあけなければならない」と忠言していた。しかし、その後のニューヨークは、天空に向かってそびえ立つ超高層ビルが林立する大都会になり、昨今もマンハッタンの操車場跡(ハドソンヤード)では、幾棟も超高層ビルの建設が続いている。
 そのマンハッタンがコロナ禍で空っぽになった。在宅勤務が広がりビジネス街は人影がなく、富裕層が暮らす住区では、住民が郊外に「逃亡」した。タブロイド紙は「馴染みのカフェが閉店し、友達も何処かに行ってしまった」と嘆くニューヨークっ子の話を紹介し、「ニューヨークは終わった!」と書いていた。しかし、都市は甦る。パンデミックからも自然災害からも、甦る。そしてしばしば被災前よりも強固に復活する。都市史の名著『都市の文化』(L. マンフォード )は、都市にはそうした潜在能力があることを解き明かしている。
 都市の「かたち」を、可視的、建築的な意味、及び人々の働き方/暮らし方から考えている。甚大な被災を経験した都市は、新たな都市技術(土木、計画、建築、交通)を習得し、都市づくりに具現する。ニューヨークでは1835年冬の大火の後、石造りの高層ビルと幅広のアベニューが普及し、1888年の豪雪で交通が麻痺したのをきっかけに地下鉄建設が始まった。9.11(世界貿易センタービルの倒壊)では、瓦礫が撤去され、記念碑を抱え込むように超高層ビルが再建された。こうして被災の記憶は、建築的な都市の「かたち」に埋め込まれ、受け継がれて行く。
 ポストコロナでは、ニューヨークっ子は、きっと「誇りに思う」街に帰って来る。しかし、働き方/暮らし方が以前の「ノーマル」に戻ると、危機の記憶は薄れ、人々は「あの日」のことを忘却する癖がある。スペイン風邪は「忘れられた疫病」と呼ばれ、都市学者のR. フロリダは「E. ヘミングウェイ、W. フォークナー、F. S. フィッツジェラルドなど当時の人気作家は、スペイン風邪についてほとんど何も書き残していない」と指摘している。体験した危機を記憶し、語り継ぐことの難しさ──である。

 
(やはぎ ひろし・都市研究)

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