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岡﨑乾二郎 TOPICA PICTUS

第5回 指で観る、マリー・ド・ブルゴーニュ/壁観/揺れる眼差しはすでにヨコシマ〈岡﨑乾二郎 TOPICA PICTUS〉

10 指で観る、マリー・ド・ブルゴーニュ/Obsecro te Domina Sancta Maria

作者不詳 《教会の聖母と信仰するマリー・ド・ブルゴーニュ The Virgin in a church with Mary of Burgundy at her devotions》
《マリー・ド・ブルゴーニュの時禱書 Hours of Mary of Burgundy》より,Folio 14v
1477年頃,オーストリア国立図書館,ウィーン
コンラート・ヴィッツ《聖マドレーヌと聖カタリナ Saint Madeleine and Saint Catherine》
1440年頃,ルーブル・ノートルダム美術館,ストラスブール

 目で文字を追い読むとしても、読書は視覚的な経験とはいえないだろう。もちろん聴覚的な経験とも、触覚的な経験ともいえない。その全てでありうるけれど、そのどれでもない。だから視覚を通さなくとも聴覚を通さなくとも触覚を通さなくとも本を読むことはできるし、本を読むと視覚で見えなかったものが見え、聴覚で聞こえなかったことが聞こえ、触覚で触ることができなかったことが触れるようにもなる。
 絵画には本を読む人がよく描かれてきた。わたしたち絵を見る人は、本を読む人が入りこんでいる世界を知ることはできない。けれどわたしたちには見えないもの、聞こえないものを、本を読む人が感受していることはよくわかる。
 この世界がたとえ真っ暗闇であったとしても、本を読むことができれば、本を読む人の内側に光も音も匂いも満ちてくる。だから、本を読む人の内に発した光が世界を照らし出すこともあるだろう。
 中世の終わり頃から遠近法が絵画に併用されるようになるのは、おおよそそこに描かれている人(たとえば本を読む人)の内的な現象と対比されるためだったろう。わたしが見ている遠景を、読書に没頭する聖女は見ていない。
 遠近法で描かれた風景は、その遠景を見るわたしの内面をまず示し、が、その遠景が向かう無限遠点において、わたしの視線は消失し、手前で読書する人の内面と出会うのである。いわば消失点とは、わたしの内面が消失する点であり、ゆえに光が発出する点である。その一点で個人の内面は光と一体化もできるだろう。
 ゴシック教会は書物として作られていた。その構成はスコラ哲学をなぞっていたとも論じられる。が、ここでモデルとされた書物とはどのようなものか。200年近く、無数の職人たちの手によって作りつづけられた細部の集積としての建築物(職人の誰も、その全体の姿を明確に把握していなかったはずなのに)が完成したとき、教会は一つの全体となって一つの啓示を示す。教会の内部に足を運べば、自ずからそれは体験できる。だからステンドグラスの光に満ちた内部空間、十字に交差する空間は聖母の身体のようにも語られてきた。聖母がその身体の内部で経験したように、われわれは光に包まれた全体的な経験があると知る。
 時禱書写本の冒頭に描かれた《Hours of Mary of Burgundy Virgin and Child》は、書物の経験と教会の経験が通底していることを明瞭に示している(写本はイリュミネーション=装飾、照明と呼ばれ、テキストの周囲をおびただしい装飾が取り巻いているが、このテキストの周囲の触覚的な装飾の意味をも教えてくれる)。書物(聖書)を抱え、(指で触るように)読む修道女は、枠の中に見える明るいステンドグラスの光に満ちた教会の中にもいて、聖母が幼子を抱えている姿の横でそれを讃えている。絵を見ることで本を読むことが与える啓示を間近に知ることができる。

© Kenjiro Okazaki
指で観る、マリー・ド・ブルゴーニュ/Obsecro te Domina Ssancta Maria
2020,アクリル、カンヴァス,24.2×18.5×3 cm

※ マリー・ド・ブルゴーニュ(1457-1482) ブルゴーニュ公国最後の君主。シャルル突進公の娘にして、後の神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の妻。《マリー・ド・ブルゴーニュの時禱書》は父の死に際しマリーの依頼によって作られたとされ、絵画史のなかでも名高い。

※ 「Obsecro te Domina Sancta Maria」 時禱書の〈聖母マリアの祈禱〉において冒頭で用いられる句。「聖母マリアに切に願います」の意。

※ コンラート・ヴィッツ(1400頃-1445頃) 主にスイスで活動した画家。代表作は《奇跡の漁り》。

 

11  The Monkey Mind and The Idea Horse/壁観

雪舟《慧可断臂図(えかだんぴず)》
1496年頃,斎年寺,愛知県
カラヴァッジオ《聖ルチアの埋葬》
1608年,聖ルチア教会,シチリア島
エドガー・ドガ《髪を梳く Combing the Hair (La Coiffure)》
1896年頃,ナショナル・ギャラリー,ロンドン

 壁がこちらを観ている、と言えば、その壁に観られているのはまだ私だけれども、自分がその壁であるとするなら、その壁が観ている私はそこにはいない。あるのは壁だけである。その壁の上に羽虫が飛んできて止まったり、あるいはムカデが歩き回ったり、雨漏りの滴が落ちたりする。あるいは地震で壁が揺れることもあろう。あるいは誰かが耳を押しつけ壁の向こうの音にそばだてるなんてこともあるかもしれぬ。やがて、この壁を見つめる人も現れよう。
 静かで動かないような壁の身の上にも、こうした出来事が起こる。壁にとっての意識とは、この壁の上を歩き回る虫のようなものかもしれない。たとえば壁に向かって話しかけると壁は音をはね返す。あるいは夕方に射し込む西日とともに草木の影が壁面に投げかけられ揺らめくこともあろう。つまり、この世界にいる限り、壁といえども無ではいられない。無に近づけば、かえって壁はあらゆるものを受け入れることになり、壁は平らな壁のままではいられなくなる。瞑想することの逆説は、もし鏡のようになるまで瞑想すれば、その鏡は森羅万象のすべてを受け入れて、天地創造の大地のように騒めき、蠢(うごめ)きだすのを避けられなくなるということである。心猿意馬、悟空が飛び跳ね、赤兎馬(ウサギのようにすばしこい赤毛の馬)が走り回る。壁こそわれわれの心の基体(フロイトの用語でエス=Es)である。
 晩年のカラヴァッジオの絵画の半分以上は赤黒い壁である。壁の前でさまざまな惨劇が起ころうと、壁はその全てを目撃し、受け入れつつもそのままそこに残る。カラヴァッジオが描きたかったのはこの受動的でありつつも図々しい壁だったのかもしれない。ドガの描く美容師は、女性客の髪を梳いているのか、背景の橙色の壁をまさぐっているようにも見える。おそらく壁は穏やかではいられまい。

© Kenjiro Okazaki
The Monkey Mind and The Idea Horse/壁観
2020,アクリル,カンヴァス,25×18×3 cm

※ 雪舟(1420-1506?) 室町時代後期の禅僧、水墨画家。諱は等楊。日本における水墨画の大成者と言われる。

※ 慧可(えか、487-593) 中国、南北朝時代の禅僧。菩提達磨に続く、禅宗の二祖とされる。達磨に入門を請うて最初は許されず、片臂(かたひじ)を切って決意を示した故事を「慧可断臂(えかだんぴ)」といい、しばしば仏画の画題とされた。

※ カラヴァッジオ(1571-1610) ミケランジェロ・メリジ・ダ・カラヴァッジオ。イタリア、バロック期の画家。斬新な作風が当時の美術界に大きな衝撃を与え、カラヴァジェスキとも呼ばれる多くの追随者を生んだ。

※ 《聖ルチアの埋葬》 キリスト教徒であると告発された聖ルチアは、兵士たちに連行されようとしたが、ルチアは大地の上に直立したまま、数頭の牛で引かせても、山のように動かなかった。最後には剣で喉を突き刺され殺害された。カラヴァッジオがこの絵を描いた時代には、さらにルチアが拷問で両目を抉り出されたが、なお視覚を失うことがなかったという伝説が加えられている、不動の山と化し眼を失っても見ることができた聖ルチア。カラヴァッジオはルチアが不動の姿勢のまま、大地に埋葬される様子を描いている。

※ エドガー・ドガ(1834-1917) フランスの画家・彫刻家。ラモートを通じてアングルに学び、マネら印象派グループとも活動。踊り子を題材とした作品が著名。

※ 「心猿意馬」 元は仏教の言葉で、騒ぎ立てる猿や走り回る馬のように、情欲や煩悩のために心が落ち着かないたとえ。

 

12  Returning Chryseis/揺れる眼差しはすでにヨコシマ

クロード・ロラン《クリュセイスを父親のもとに送り返すオデュッセウス Ulysses Returning Chryseis to Her Father》
1644年頃,ルーヴル美術館,パリ

 もう日は落ちかかっている。日の入り頃に、港近くに船があれば、出て行く船ではなく、港に帰ってきた船だろう。その船に隠され、水平近くまで傾いた太陽そのものは見えない。
 代わりに、船から、黒く長い影が波止場にまで伸びている。船で戻ってきた人物が誰なのか、を知ることはできないが、この光景を眺めているだけでも、どんな物語がこの風景に含まれ、これから展開するのか、わかるような気がする。
 落日の頃、帰還してきた船から伸びる黒く長い影。言葉にすると不吉そのものだが、この絵画に描かれた日没前の港の一時はどこかロマンティックである。心の動揺を心のときめきと取り違えてしまうからか。波打つ水面に砕け、きらめく残照のまばゆさに視線が惑わされるからか。
 夕刻の港に沸き立つざわめき。空にたなびく色彩は日没前の一瞬にもっともめまぐるしく変化し、聞くことのできないはずの港の喧騒を、反響するように伝えている。穏やかならぬ気配は、こうして人を高揚させ、容易に期待に反転する。

© Kenjiro Okazaki
Returning Chryseis/揺れる眼差しはすでにヨコシマ
2020,アクリル、カンヴァス,24.5×17.4×3 cm

※ クロード・ロラン(1604/05-1682) プッサンと並ぶ、17世紀フランス古典主義の画家。主にローマで活動した。独自の風景画様式を確立したことで知られる。

※ 「クリュセイス」 ギリシア神話に登場する女性。アポロンの祭司の娘であったが、トロイア戦争において捕らわれ、アガメムノンの寵愛を受ける。アポロンの助力により父の元へ返還される際、オデュッセウスが送り届けた。


*本連載には、現在開催中の展覧会「TOPICA PICTUS」会場にて配布されているリーフレットに掲載された内容と重なるものがあります。

*とくに示したものをのぞき、著者自作以外の作品画像はパブリック・ドメインのデータを使用しています。

*「TOPICA PICTUS」の画集は、ナナロク社より発売されています。

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著者略歴

  1. 岡﨑 乾二郎

    造形作家。武蔵野美術大学客員教授。
    1955年東京生まれ。1981年の初個展「たてもののきもち」、1982年パリ・ビエンナーレ招聘以来、多くの国際展を含む展覧会に出品。主な個展として「ART TODAY 2002」(セゾン現代美術館、2002)、「特集展示 岡﨑乾二郎」(東京都現代美術館、2009〜2010)、「《かたちの発語》展)」(BankART Studio NYK、2014)、「視覚のカイソウ」(豊田市美術館、2019〜2020)。
    総合地域再創生プロジェクト「灰塚アースワーク・プロジェクト」、「なかつくに公園」(広島県庄原市)、「《ミルチス・マヂョル/Mirsys Majol/Planetary Commune》」(ガラス、セラミックタイルによる連続壁面、ハレザ池袋、豊島区)、「ヴェネツィア・ビエンナーレ第8回建築展」(日本館ディレクター、2002)、現代舞踊家トリシャ・ブラウンとのコラボレーションなど。
    展覧会企画として「ET IN ARCADIA EGO ――墓は語るか」(武蔵野美術大学美術館・図書館、2013)、「抽象の力――現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」展(豊田市美術館、2017)、「坂田一男 捲土重来」展(東京ステーションギャラリー、岡山県立美術館、2019~2020)など。
    灰塚アート・ステュディウム(ディレクター、1996〜2000 )、四谷アート・ステュディウム(ディレクター、2002〜2014)。主著に『抽象の力 近代芸術の解析』(亜紀書房、2018)、『ルネサンス 経験の条件』(文春学藝ライブラリー、文藝春秋、2014)、『芸術の設計――見る/作ることのアプリケーション』(フィルムアート社、2007)。『ぽぱーぺ ぽぴぱっぷ』(絵本、谷川俊太郎との共著、クレヨンハウス、2004)。

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