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岡﨑乾二郎 TOPICA PICTUS

第6回 黄質黒章、鋸牙鉤爪/水たまりに映る空/東の方〈岡﨑乾二郎 TOPICA PICTUS〉

13 The Lion Hunt/黄質黒章、鋸牙鉤爪

ピーテル・パウル・ルーベンス《ライオン狩り The Lion Hunt》
1620年頃,アルテ・ピナコテーク,ミュンヘン
ピーテル・パウル・ルーベンス《パエトンの墜落 The Fall of Phaeton》
1604-1605年頃,ナショナル・ギャラリー,ワシントン

 《アンギアーリの戦い Battaglia di Anghiari》は、レオナルド・ダ・ヴィンチ最大の作品でかつ例のない傑作だったはずだけれど、完成途上で画面が溶解しはじめ放棄され、もはや実物を見る機会はない。
 しかし、その絵画がどのようなものであったかはルーベンスの描いた有名な模写によって美術史に刻印されている。とはいえルーベンスはダ・ヴィンチの絵から直に模写したわけではない。ダ・ヴィンチの原画を模写したロレンツォ・ツァッキアのあまり出来のよくない版画を元に描いたのだ。ルーベンスもダ・ヴィンチの絵を見ることはできなかった。にもかかわらず、この絵が傑作だったと言えるのは、まずダ・ヴィンチとしては稀な主題である戦闘場面を描いた絵画であること。そして、この絵自体がまさに合戦として制作されたという背景にもよる。ヴェッキオ宮殿「五百人の間」の向いあう壁にダ・ヴィンチのこの絵と、若きライバル、ミケランジェロの《カスチーナの戦い》が一時まさに競争的に対峙し制作されていた期間があったのだ。とはいえこれだけでは傑作の条件には満たない。問題はここに起こった作者と主題の捻れにある。
 戦闘場面とは、複数の運動する個体(人物、馬などの動物)が絡みあい、もつれあう状況である。その複雑な運動を描くことは極めて難度が高い。無数の力が格闘する空間は容易には統一されない。一つの運動ではなく複数の運動が葛藤し衝突するからには、そこには必ず破綻が起こる。すなわち、あらかじめ統一された空間には決して収まることなく、その統一が破裂して画面の外部にまで溢れでる、その破壊的力動が戦闘場面の本質である。そして知られるように、こうした破壊的力動を捉えることを生涯の課題にしていたのがミケランジェロだった。ミケランジェロはそもそも統一された空間などという概念など持たなかったかのようである、だから遠近法というものに興味をもった形跡もない。さまざまな身体さらに、その身体の個々の部位、筋肉が勝手ばらばらに躍動し、渦巻く様こそ、ミケランジェロが好んで表現しようとしたものだった。
 しかしながら「五百人の間」のダ・ヴィンチの《アンギアーリの戦い》の対抗する壁に、ミケランジェロが制作を手掛けた(同じく未完に終わった)《カスチーナの戦い》の模写で見る限り、ミケランジェロの構想していた画面はダヴィンチの《アンギアーリの戦い》のダイナミックさ、複雑さにはるかに劣っていたように見える(たしかに多数の人間が絡み合う様は複雑だが、それらの諸力はかならずしも衝突しておらず、諸力が合成され作り出す強烈な渦巻きも爆発もそこにはない。川岸の岩盤上のちょっとした騒動が描かれていたにすぎないように思える)。
 要するにダ・ヴィンチの《アンギアーリの戦い》は、若きミケランジェロこそが主題としていた課題を引き受けた年長の画家が、彼に代わって手本として解いて描いて見せたようにも思えるのである。が、その画面を覆っていた油絵具は溶け落ちてしまった(この絵はまだ同じ場所に残っていて、その上に丁寧に被せて別の壁で覆い、そこにヴァザーリが現在見られる《マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い》の大作を仕上げたという説もある)。
 それにしてもルーベンスの役割は素晴らしい。ルーベンスがこの模写を仕上げるのに、単にツァッキアの版画だけを元にしたわけではない、残されていた関連するダ・ヴィンチの無数のデッサンをつぶさに調べあげ、参照して総合したことが知れる。ルーベンスは当然この絵の主題を継ぐ絵をいくつか描いているが、ダ・ヴィンチの絵が傑作だったことがわかるのは、ルーベンスがこの自身の手による模写を凌ぐ作品を描くことができなかったことによく示されている。《ライオン狩り》はあきらかに《アンギアーリの戦い》を受け継いでいるが、ここで戦闘しているのは、人間と人間ではなく、人間と獅子、ライオンである。ライオンとの戦いによって、ライオンと人間そして馬の三者の格闘は分裂する。画面は画面を交差する二つの対角線状に運動が集中し(右上から左下)、かつ引き裂かれ、拡散していく(画面右下と左下)。ルーベンスの工夫は右上から左下にかけてである。ライオンが噛み付いているのは人間なのか、馬なのか? 白いトーブ(アラブの衣服)の生地は白い馬の皮と融合し、ライオンが噛みつくことによって、むしろこの融合は決定的になっている。攻撃するライオンの口は、男を地面に叩き落としつつ、同時に男がすべり落ちるのを留めている。白いトーブがはだけて覗く、男の手足の肌の色はもはやライオンの体躯と一体化してさえ見える。対角線の交点に位置する、ライオンの顎は、こうして絵のすべての運動を起こす中心であり、また絵の運動すべてを固定する楔(くさび)のように働いている。こうした独創があるにせよ、彼自身が描いた《アンギアーリの戦い》の模写と比較すれば、これはルーベンス特有の、溶けたような肉そして肉が躍動する様にすぎないようにも思える。
 
 「五百人の間」の競作では、ダ・ヴィンチの前に見劣りもしたミケランジェロは、《アンギアーリの戦い》を凌ぐ大胆、奇抜な騎馬の戦闘場面を構想する。《パエトンの墜落》である。落下しながら、悶え、絡みあう、騎馬たちの運動、もはや、あてにできる大地も空間の方位もない、葛藤も格闘も落下しつつある、つまり無重力状態の中で起こっている。したがってそれを見る視点も確定できない。しかしこの構想のデッサンを残しつつも、ミケランジェロは完成作には到達できなかった。残されたデッサンは構想の斬新さを伝えつつも、まだ構成上の弛緩、描写の甘さを残している。実はルーベンスはこのミケランジェロのデッサン《パエトンの墜落》も踏襲し、彼にしては稀にみる!小ささで傑作といえる絵画を仕上げている。この絵をダ・ヴィンチが見たら、あるいはミケランジェロが見たらなんというだろうか? ダ・ヴィンチは構想の斬新を褒め、ミケランジェロは構成と描写の卓越、成熟をきっと認めてくれるだろう。遅れて提出された、修了制作。

© Kenjiro Okazaki
The Lion Hunt/黄質黒章, 鋸牙鉤爪
2020, アクリル, カンヴァス, 18.1×25.2×3 cm

※ 「黄質黒章、鋸牙鉤爪」 南方熊楠の『十二支考 虎に関する史話と伝説民俗』のなかに、『本草綱目』所引の『格物論』より引用として、虎を「黄質黒章(きのしたじくろきすじ)、鋸牙鉤爪(のこぎりばかぎのつめ)」と形容する箇所がある。

※ ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640) フランドルに生まれた、17世紀ヨーロッパ・バロック美術を代表する画家。

※ 「パエトンの墜落」 ギリシャ神話に登場するエピソードの一つ。太陽神ヘリオス(アポロン)の子パエトンは、父から太陽の戦車を借り受けるが制御できず暴走し、地上があちこち火の海となった。そのためゼウスの雷によって墜落させられたという。

 

14  水たまりに映る空/Crimson cushioned swing

ジャン=オノレ・フラゴナール《ブランコ The Swing》
1767-1768年頃,ウォレス・コレクション,ロンドン

 森の空気は湿っている。たゆたう靄(もや)を引き裂いているのは午後遅く(おそらく3時すぎの)光であり、そしていうまでもなく婦人の乗るブランコの運動である。午後の光を浴びて輝くドレスの紅色は青緑の森の背景に浮かび上がって、そこだけ宙吊りになったかのような領域を生み出している(画面に描かれているのはブランコの運動が前方に振り切って、これから後方に引き戻る一瞬の静止した時間である)。ブランコの婦人は挑発しているのか。ブランコは池堀(水たまり?)を超え、婦人のサンダルの片方は、下方から女性を眺める男性の頭上の中空に飛んでいる。男性はなかば恍惚とこの光景を眺めつつ、左手に掴む帽子で、襲いかかるかのような婦人のスカートに応えている。
 確かに、ばかげた(“frivolous”)主題と呼ばれても仕方ない。視覚的には軽妙、軽薄に描かれた情景が、けれど、どこか感覚の裏を引っ掻くような刺激を与える。婦人が座るブランコの赤い毛氈(もうせん)でできた座。それに呼応するようにブランコの下方にわずかに覗く水たまりの反映。こうした細部の各々が触覚に訴えてくる。しかし触覚はこれに直接、応えることができない。その不足を補塡するように他の細部が応答する、こうして細部と細部が、つぎつぎと感応しあう様がこの絵に独特の官能性を与えているのである。
 浅く皮相的なだけに見える情景、軽薄であるがゆえに、それが与える空間の問題は深遠である。

© Kenjiro Okazaki
水たまりに映る空/Crimson cushioned swing
2020, アクリル, カンヴァス, 25.1×18×3 cm

※ ジャン=オノレ・フラゴナール(1732 -1806) 18世紀フランス、ロココの時代を代表する画家。

 

15  東の方/And thou shalt eat the herb of the field

ニコラ・プッサン《春 Spring》(連作《四季》より)
1660-1664年頃,ルーヴル美術館,パリ

 アーティチョークは花であるけれど、その花が咲く前に蕾を食べてしまう。食卓で出されたアーティチョークが咲くはずの花だったことは往々にして忘れられ、気にもされず食べられてしまう。けれど食べられず、花として咲いた姿は目を見張らせる絢爛さがある。異国風という形容でも充分ではない。これはこちらの世界に咲く花ではない、どこか来世を感じさせる。あたりの空気を一変する魅力がある。
 とはいえ、この花を、たとえ蕾の段階で摘み取らなかったとしても、咲くところまでたどり着くことはなかなか困難である。多年草で、咲くまでに2年以上はかかる。冬はある程度は耐えられる。しかし夏の高温、多湿に弱い。東京で育てようとすれば、ようやく蕾になり花が咲くまでの期間が難儀である。梅雨にぶつかり花が咲く前の蕾の段階でおおよそ腐ってしまう。とはいえ蕾まで到達しなくても葉は大胆に育つ。ジグザグの切り込みの鋸歯状の葉は大きな羽の如く繁茂する。アーティチョークはアザミに属す種であるが、野草であるアザミさえもはるかに凌ぐ力強い野生味がある。花が咲いたら、もはや別世界である。庭の蜥蜴(とかげ)はこの植物を好む。実際、爬虫類にこの植物はよく似合う。庭に育ったアーティチョークの葉陰にするすると蛇が隠れるのを見たこともある。
 アーティチョークだけではなく、アザミに属す草は概して食べることができる。薬効も強く、ハーブの一つとして数えられてもいる。それゆえか、食べられることを防ぐためのように、その葉には棘があり、うっかり触ると痛い目にあう。裸足で踏んだりすれば大変である。

土があなたのために生えさせるのはいばらとあざみである。あなたはその野の草を食べる。(創世記、第3章18節)

 創世記には、禁じられた木の実を食べたアダムとイブが楽園を追放されるときに、神にこう言われたと記されている。花として咲こうとする前に人がその蕾を摘んでしまったアーティチョークを食べるたびにこの一節を思い出す。エデンの楽園から人が追放されたのはこのアーティチョークの蕾を食べたからではないのか、とすら思う。
 中世ではアーティチョークの実は人の官能を惑わす、つまり媚薬としての力があるとさえみなされていた。荊棘に妨げられても、それをどうしても食べたいと思わせる妖しい花。花が咲く前にそれを摘み取って、なんとか自分のものにしたいという欲望に、人を掻き立て、ついには狂わせる力をアーティチョークは持っている、とも考えられていた。

© Kenjiro Okazaki
東の方/And thou shalt eat the herb of the field
2020, アクリル, カンヴァス, 20.5×16.6×3 cm

※ ニコラ・プッサン(1594-1665) 17世紀フランスを代表する古典主義の画家。主にローマで活動した。

※《春》 別名《地上の楽園》。本作も含まれる連作《四季》はどれも旧約聖書の場面を題材としており、本作は楽園につくられたアダムとイヴを描く。


*本連載には、現在開催中の展覧会「TOPICA PICTUS」会場にて配布されているリーフレットに掲載された内容と重なるものがあります。

*とくに示したものをのぞき、著者自作以外の作品画像はパブリック・ドメインのデータを使用しています。

*「TOPICA PICTUS」の画集は、ナナロク社より発売されています。

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著者略歴

  1. 岡﨑 乾二郎

    造形作家。武蔵野美術大学客員教授。
    1955年東京生まれ。1981年の初個展「たてもののきもち」、1982年パリ・ビエンナーレ招聘以来、多くの国際展を含む展覧会に出品。主な個展として「ART TODAY 2002」(セゾン現代美術館、2002)、「特集展示 岡﨑乾二郎」(東京都現代美術館、2009〜2010)、「《かたちの発語》展)」(BankART Studio NYK、2014)、「視覚のカイソウ」(豊田市美術館、2019〜2020)。
    総合地域再創生プロジェクト「灰塚アースワーク・プロジェクト」、「なかつくに公園」(広島県庄原市)、「《ミルチス・マヂョル/Mirsys Majol/Planetary Commune》」(ガラス、セラミックタイルによる連続壁面、ハレザ池袋、豊島区)、「ヴェネツィア・ビエンナーレ第8回建築展」(日本館ディレクター、2002)、現代舞踊家トリシャ・ブラウンとのコラボレーションなど。
    展覧会企画として「ET IN ARCADIA EGO ――墓は語るか」(武蔵野美術大学美術館・図書館、2013)、「抽象の力――現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」展(豊田市美術館、2017)、「坂田一男 捲土重来」展(東京ステーションギャラリー、岡山県立美術館、2019~2020)など。
    灰塚アート・ステュディウム(ディレクター、1996〜2000 )、四谷アート・ステュディウム(ディレクター、2002〜2014)。主著に『抽象の力 近代芸術の解析』(亜紀書房、2018)、『ルネサンス 経験の条件』(文春学藝ライブラリー、文藝春秋、2014)、『芸術の設計――見る/作ることのアプリケーション』(フィルムアート社、2007)。『ぽぱーぺ ぽぴぱっぷ』(絵本、谷川俊太郎との共著、クレヨンハウス、2004)。

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