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3.11を心に刻んで

菅 野 純(菅野ぱんだ)〈3.11を心に刻んで〉

きのこ雲によって滅びることなく世界が存続すればするほど、人々の恐怖心は薄らいでいくように思える。第二次世界大戦は、日本で八月の朝に二回にわたって起こった出来事よりも、むしろユダヤ人の虐殺、さらにはドレスデン爆撃、レニングラード包囲戦として人々の記憶に残っている。気候変動の記事に一日で消費されるインク量のほうが、核兵器の保有数の記事に一年で消費されるインク量よりも多い。〔中略〕レイラは恐怖を感じ、怖がっているのが自分ただひとりのように感じた。

(ジョナサン・フランゼン『ピュリティ』岩瀬徳子訳、早川書房)

*  *

 引用はジャーナリストのレイラが核兵器製造の取材を進めるうちに宿泊先のホテルで突然、恐怖にかられるシーンである。
 2011年の震災以来、福島と東京を行き来しながら作品制作をつづけていたが、どこか現実感がなく、思い切って長年住んだ東京を離れ、実家のある福島に住居を移したのが2018年。それから早くも2年の歳月が過ぎた。もちろんその選択は自分の写真にとって良かったことだと思う。ただ良くないことはそのリアリティーが磨耗してくるということ。当初は自分の住む家からたった10分歩いただけで、汚染土壌の仮置き場があちこちにあることにドキドキしていたのが、今ではそれが当たり前の景色になっている。いうなればそれが現実である。

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放射能汚染ゴミの仮置き場(福島県相馬郡)2018年春,著者撮影.

 先日、高校の同級生(東京在住)と電話で話していたら、「きれいになってよかったね、福島」と喜んでいた。きれいとは当然放射能の事。それはある意味では正しい。でもそうでない事も確かである。つい1ヶ月ほど前だったか、浪江から福島市に通じる114号線を通った時のことである。自宅からも30分ほどで行けるその道は、帰還困難区域の中にありながら主要幹線道路であるため2017年から特別に通行が許可されるようになった。といっても自動二輪車、自転車、徒歩による通行はできない。車だけが通行可能だが、降車や長時間の停車は控えるようにと看板には書いてある。

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双葉郡浪江町から福島市に至る国道114号線,車中にて.前方のガードレール脇の看板にはこう書いてある,「帰還困難区域内につき長時間の停車はご遠慮ください」.

 窓の両側はこれまで何度となくテレビや新聞で見た馴染みの風景である。門の前のバリケード。大きな南京錠で施錠された扉。猪に荒らされた庭の鉢植え。その日は日曜の夕方で通行車は殆どなく、暮れゆく閑散とした無人の村に心細さを覚え、思わず「ウォーキング・デッドか?」と自分を鼓舞するためにつぶやいてみる。線量計の数値は大きな上昇と小さな下降を何度も繰り返し、ハンドルを持つ手が汗まみれになっていることに気がつく。
 少し行くと、道の片側を流れる川の対岸に建つ小さなビニールハウスが目にとまる。とりわけボロボロというのでもなく、ただ入口のビニールが破れ、半透明の帯のようになって風にたなびいている。ある程度の長さがあるからか、やけにゆっくりで、まるでスローモーションのようだ。10年という歳月におけるビニールの耐久性に感心しながら、やがて帰還困難区域の出口の小さな守衛ボックスが見えてくる。
 安堵のため息とともに、秋の夕日に色づく山々をしばし眺める。なぜか胸元のあたりが強く押し潰される気がした。懐かしい誰かをそのまま置き去りにしてきたようで……。


*菅野純(ぱんだ)作品展「Planet Fukushima 2021」をSonyイメージングギャラリー銀座にて、3月中旬開催予定(コロナ禍のため延期の可能性あり)。同時に出版予定の写真集は、震災から10年の歳月をかけたこれまでの集大成となる(本名菅野純で、赤々舎から刊行)。

 
(かんの じゅん・写真家)

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