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岡﨑乾二郎 TOPICA PICTUS

第8回 馬を操り、海に溺れる/繁みに逃げ込む/老子、天井を払う〈岡﨑乾二郎 TOPICA PICTUS〉

19  Neptune’s Horses/馬を操り、海に溺れる

ウォルター・クレイン《ネプチューンの馬 Neptune's Horses》
1910年,装飾芸術図書館,パリ

 日本語では、海(UMI)と馬(UMA)の違いは、わずか、IとAの一つ母音の違いだけである。けれど、その二つの語が同じものを指していると考えられることはない。
 ギリシャ神話ではポセイドン、それを受けたローマ神話ではネプチューン、は知られているように海の神であり、同時に馬の神であるともみなされている。陸上の動物である馬がなぜ海と結びつくのか。おそらく起源が異なる神話がどこかで同じ名前のもとに重なったのだろう。けれどネプチューンを主題として描かなければならなかった画家たちはこの無関係にも感じられる二つを結びつけようと苦労し、その繋がりをなんとか発見しようと考察もした。ポセイドンの神がもっていた力の根源が地鳴り、海鳴りによって示されていたことはヒントになる。要するに、ポセイドン/ネプチューンとは波動でのみ自らの力を示す神であって、固定した姿を持つものではない。波とは無数の事物を連ね、動かす力である。 
 ところで太陽系の一番外側を回る惑星もネプチューン(海王星)と名付けられている。この惑星が発見された19世紀当時、この惑星を望遠鏡によって観測することは困難であった。この惑星の存在は計算によって理論的に予測されたのである。詳しく述べれば、すでに発見されていた天王星の軌道に起こる不規則なブレ、変化から、まだ発見されぬ惑星Xの重力による影響が理論的に予測され、集中的にそのXがあると思われるエリアを観測した結果、実際にネプチューンの姿がとらえられたのだった。
 そののちネプチューンにも軌道の不規則なズレが見出される。そのズレを起こす原因として、さらなる惑星Xが予測され、準惑星、冥王星が発見されることになり、さらに、そののち加わった太陽系内のさまざまな観測データを整合的に説明する存在として、現在では、さらにさらなる惑星Xの存在が仮説され、その発見を目指した観測が行われているともいう。

© Kenjiro Okazaki
Neptune’s Horses/馬を操り、海に溺れる
2020,アクリル,カンヴァス,18.4×25.3×3 cm

※ ウォルター・クレイン(1845-1915) イギリスの画家、装飾芸術家。ラファエル前派やジョン・ラスキン、ウィリアム・モリスの影響を受け、アーツ・アンド・クラフツ運動に深く関わった。

※ 波動として考えれば津波は殺到する騎馬隊にも感じられもしよう。ウォルター・クレインは、武田信玄の騎馬隊のように、次々と崩れ落ちる波頭を描いている。「風林火山」──疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山。

 

20  Ornans: valley of the Loue/繁みに逃げ込む(Maquis)/Peuples de La Mer

ギュスターヴ・クールベ《ブレーメンの小川 The Stream in Bremen》
1865年,ブザンソン美術考古博物館,フランス

 へたな医者をなぜ藪医者というのか不明だが、英語でも焦点があわない回りくどい話を〈beat around the bush〉というから、藪あるいは茂みが含意するものは世界的に似たものらしい。日本語には藪をつついて蛇がでる、という諺もあって、藪が、結果が予想できない、こんがらがった回路のかたまりのように見なされていると知れる。したがって藪医者の施術はなにが起こるかわからず危険である。下手に藪をつつくと毒蛇がでてきたりするからである、が何もしなければいいというわけではないだろう。藪から棒に思わぬものが飛び出してくることもある。
 ギュスターヴ・クールベは藪の絵を多く描いている。絵画の主題としては茂みというほうが馴染むだろうが、クールベが描いたのは断固として藪である。そして彼自身がその毛深く大きく太った体躯と何をしでかすかわからないその人格によって煩わしい藪のように扱われてもいた。
 茂みや藪があるのは大自然ではない、生活の近隣どちらといえば都市近郊である。クールベがとくに四十歳を過ぎて描いた風景がなにか異様な雰囲気を感じさせるのは、その身近な風景に誰も人がいないと意識させるからである。実際、その風景はおおよそ陽光に晒されて明るいけれど、無人であるばかりか動物すら描かれていないこともある。なにか事件が起こった後か、あるいは、これから事件が起こるのか。そこにいた人は立ち去ったのかもう消されてしまったのか、あるいはそこにいると消されてしまうかもしれない。
 もちろんクールベの風景につねに人や動物が描かれていないわけではなかった。クールベは狩りを好み、狩られて傷ついた鹿や、罠にかかった狐を多く描いた。ときには狩った獲物である鼠を食べる狐も描かれる。こうした光景はおおよそ森あるいは茂みの中の半ば暗がりの中での出来事として描かれる。たとえば茂みの中の樹木に釣ったばかりの鱒が吊るされている。闘争というよりは力を持ったものによる一方的な殺戮であり処刑の場面である。陰惨である。この文脈からして同じく藪のなかで裸婦が描かれるとき、どこか猟奇的な気配を漂わせることになるのも当然である。こうした光景がおおよそ藪の中の暗がりでの出来事として描かれる。それに対して、藪の外の明るい光に晒されている風景はすでに述べたように、ほぼ無人の風景としてクールベは描いているのだ。
 クールベの仕事は確かに、世界の暗がりを目の前に露わにすることをひとつの特徴ともしていた。がその結果、露わになるのは世界の暗がりではなく、むしろそれを描こうとする、そして現に描いている画家自身の行為であったという逆説があった。狩りをしているのはクールベ自身であろうが、同時にここでそれを描くことでクールベは自分自身の行為を露わにし、すなわち自らを処刑し、それを公開しているとさえいえようか。絵を描くことはその意味で力(暴力、権力)そのものだった。
 事実、クールベはいつか自らが処刑される可能性すら予期せざるをえない活動をしていた。パリコミューンの時には、倒壊されたヴァンドーム広場の記念円柱の破壊を立案し、その中心人物としてクールベは逮捕され投獄される。クールベはそののちスイスに亡命するけれど数年後には世を去る。
 その、おおよそ60年後、ドイツ占領下のフランスでマキ(maquis)と呼ばれるレジスタンス運動が起こる。マキ(maquis)とは藪を意味し、この運動に参加することは「マキをする」(prendre le maquis)と言われていた。すなわち闘争は、藪を掴み、藪に紛れ、藪のなかで起こる。

© Kenjiro Okazaki
Ornans: valley of the Loue/繁みに逃げ込む(Maquis)
2020,アクリル,カンヴァス,20.6×16.5×3 cm

※ Ornans(オルナン)はフランス中東部の町、クールベの生地。

※ ギュスターヴ・クールベ(1819-1877) フランスの画家、レアリスムの巨匠。《オルナンの埋葬》《画家のアトリエ》などがよく知られる。

 

21  Virtue overthrowing Perfidy/老子、天井を払う

ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《美徳が不実を打ち払う The Nobilty and Virtue overthrowing Perfidy》
1744-1745年、カ・レッツォーニコ、ヴェネツィア

 天井があるのに、それがないかのように青空を描くのは虚偽であり不実である。このような徹底して不実な絵画がおおく制作されるようになったのは17世紀から18世紀である。その不実な絵画をトロンプ・ルイユと呼ぶ。どんなに誠実にまざまざとリアルにそれが描かれていても、それが虚偽である以上、不実といってもよかろう。そして絵画技術がこうして本質において不実につながることを容認し、その不実の必要性が公式に受け入れられるようになった時代がバロックと呼ばれている。嘘も方便というわけだ。方便であることが、嘘を正当化する弁解として成立するのは、その方便が正しい目的を達成するために不可避であると認められているときである。それは真実に〈あえて〉不誠実に対している。その〈あえて〉の目的が広く認められているから、その方便は正当と見做される。ところで真実か嘘かという判断よりも上位で、何が正当かの判断を行うのは一般には権威とされるものであり、その代表は神である。がその権威が権威であるのは何によって示されるのか、という問題がすぐに続く(権威が自ら、権威であることを立証しなければならない)ことになったのがバロックの時代の前提だった。神であるというだけでは権威として利用できなくなった(権威として利用したいという必要があった)。そこでまず、その証として示されるのが徳であり、それが徳であることは、美さらには崇高性をそれが持つからだとみなされるようになった。美や崇高はそれ自体が感性に訴えかける方便であり修辞だから、結局、方便の正当性は方便の美学で判断されることになる。トートロジーのように聞こえるけれど、そうではなかった。この論理展開は方便に階層=ヒエラルヒーを作り出し、維持することを可能にする。ロジックが安定しないようにこの階層も終わりがない。方便が方便を互いに巻き込みエンドレスに上昇していく。こうして世界に階層がもたらされ維持されるという次第である。
 世界には上があり、上には上がある、天に向かって上昇する終わりなき闘争。やがてそれを終わらせるには天井が必要だという、もうひとつの方便が導入される。天井の下で全ての人は平等だけど、一方でその平等を包容する天が示される必要がある。こうして青空を描いた天井という方便が栄える。

 寺田寅彦が次のような奇妙な逸話を紹介している(「変った話」)。高山があり、誰でもそれに登れるとしよう。地を這うしかない動物は山を登ることで天に近づけるが登れるのは山の頂上までである。けれど鳥であればもっと空高く上昇していくことができる。そこに平等はない。だから高山の頂上と同じ高さに見えない天井を架ける。たとえ鶴がすいすい空高く昇っていっても、やがて天井にぶつかってそれ以上は上にいけなくなる。あとからゆっくり山を登ってきた亀が結局は追いつく。この天井を架けたというのが孔子だという。どういう意味か不明だが道徳的な目標は誰にでも同じ可能性として開かれていなければならない、という喩えだろう。その上で優劣も測れる。亀はどんなにがんばっても行けないところに、鶴が飛んで昇って行っても鶴がえらいとはいえないだろう。だから天井がそこに作られた。一方で空がないとだれも登ろうとは思わないだろう。だからその天井は(ガラスのように透明で)見えなく作られる必要があった。
 誰でも登れると思わせておいてガラスの天井を架けておく。これはバロック芸術のような仕掛けである。その方便が正当なのは平等という善を見かけとして維持するためだが、その平等は階層の上へと登りたいという不平等の欲望に(その欲望を平等に持たせることに)基づいているのであれば、どうも捻じ曲がっている。そこで寺田寅彦が書いている話にはつづきがあって、この見えない天井を老子がぶっこわしたというのである。すると鶴は飛び去ってしまい、亀はあほらしくて山を登るのをやめて、飲めや歌えの楽しい生活をはじめる、という。
 《美徳が不実を打ち払う》というタイトルを持つジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロの美事な天井画を見て、思い出すのはこの話である。

© Kenjiro Okazaki
Virtue overthrowing Perfidy/老子、天井を払う
2020,アクリル,カンヴァス,20.5×16.3×3cm

※ ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(1696-1770) 18世紀イタリアを代表する画家、ヴェネツィア派最後の巨匠。連作《クレオパトラ物語》《世界の四大陸》など、数々の壁画・天井画を残す。


*本連載には、現在開催中の展覧会「TOPICA PICTUS」会場にて配布されているリーフレットに掲載された内容と重なるものがあります。

*とくに示したものをのぞき、著者自作以外の作品画像はパブリック・ドメインのデータを使用しています。

*「TOPICA PICTUS」の画集は、ナナロク社より発売されています。

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著者略歴

  1. 岡﨑 乾二郎

    造形作家。武蔵野美術大学客員教授。
    1955年東京生まれ。1981年の初個展「たてもののきもち」、1982年パリ・ビエンナーレ招聘以来、多くの国際展を含む展覧会に出品。主な個展として「ART TODAY 2002」(セゾン現代美術館、2002)、「特集展示 岡﨑乾二郎」(東京都現代美術館、2009〜2010)、「《かたちの発語》展)」(BankART Studio NYK、2014)、「視覚のカイソウ」(豊田市美術館、2019〜2020)。
    総合地域再創生プロジェクト「灰塚アースワーク・プロジェクト」、「なかつくに公園」(広島県庄原市)、「《ミルチス・マヂョル/Mirsys Majol/Planetary Commune》」(ガラス、セラミックタイルによる連続壁面、ハレザ池袋、豊島区)、「ヴェネツィア・ビエンナーレ第8回建築展」(日本館ディレクター、2002)、現代舞踊家トリシャ・ブラウンとのコラボレーションなど。
    展覧会企画として「ET IN ARCADIA EGO ――墓は語るか」(武蔵野美術大学美術館・図書館、2013)、「抽象の力――現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」展(豊田市美術館、2017)、「坂田一男 捲土重来」展(東京ステーションギャラリー、岡山県立美術館、2019~2020)など。
    灰塚アート・ステュディウム(ディレクター、1996〜2000 )、四谷アート・ステュディウム(ディレクター、2002〜2014)。主著に『抽象の力 近代芸術の解析』(亜紀書房、2018)、『ルネサンス 経験の条件』(文春学藝ライブラリー、文藝春秋、2014)、『芸術の設計――見る/作ることのアプリケーション』(フィルムアート社、2007)。『ぽぱーぺ ぽぴぱっぷ』(絵本、谷川俊太郎との共著、クレヨンハウス、2004)。

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