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アカデミアを離れてみたら

政策で科学を加速し、科学で政策を加速する〈アカデミアを離れてみたら〉

高山正行(文部科学省)

 霞が関の各省庁で働く職員のバックグラウンドは、実はかなり多様性に富んでいて、大学院の博士課程を経験している人も一定数います。かくいう私も博士課程でどっぷりと研究の世界に浸かり、博士号を取得した直後に文部科学省に入りました。いまは行政官として働くかたわら、省直轄の研究所で政策研究を行っています。入省からもうすぐ2年が経過する程度の若輩者が語るのはおこがましいかもしれませんが、ここに至った経緯や、いま感じていることをお伝えします。

ただ理数系が好きだった

 少なくとも大学院の修士課程に進むころまでは、行政官という進路を考えたことは一度たりともありませんでした。
 数学・物理・化学の勉強が好きで東京大学理科Ⅰ類に進学し、理学部物理学科に進みました。学部4年時の研究室配属にあたり、非常に興味深い研究成果を紹介されていた先生と出会い、無事その研究室の配属を掴みとり、大学院入試も無事通過して、修士課程からもその研究室で研究することとなりました。レーザーを用いて、低温物性の研究を行う研究室でした。
 私に与えられた研究テーマは、半導体物質を光で励起することで形成された電子・正孔の水素原子様のペアである励起子が、−270℃程度の環境で大量に生成されたときの振舞いを、近赤外光や遠赤外光(特にテラヘルツ帯)で詳しく調べていく、というものでした。いわば「基礎中の基礎」のような研究です。このテーマは理論と実験の両面で歴史が長く、蓄積された知見も多い分、一定以上の成果を上げるには、修士課程の2年間では足りそうもありません。修士課程に入った段階で、博士課程への進学も心に決めていました。幸い、「フォトンサイエンス・リーディング大学院(ALPS)」(※1)のコース生として採用され、博士課程3年までの経済的支援をいただけることになったため、博士課程への進学は決定的となりました。

博士1年冬、大きな壁

 修士課程時代は、アルバイトで予備校講師をしたり、教員免許を取得したりと、研究以外のことにも時間を割きながらの生活でしたが、博士課程に入ると、研究に専念する時間は自然と長くなります。研究を進めるにつれて、実験も複雑になっていきました。
 大きな壁に直面したのは、博士課程1年の冬に入るころです。機材トラブルに見舞われて、思うように実験を進められないことが増えていきました。どうにか得られた結果も、膨大な先行研究と改めて比べてみると、本当に新たな価値があるのか、わからなくなってしまいました。
 この壁にぶち当たったことで、「自分は研究には向いていないのだろう」と認識し、中退も視野に入れながら、アカデミア以外の進路を真剣に考えるようになりました。

そうだ、文科省に行こう

 いろいろと進路を考え直す中で、最終的に残ったのは、「自分が研究してきた基礎科学を、それまでとは異なる形で長期的に支えていきたい」という思いでした。
 基礎科学はスモールステップの積み重ねであり、その発展にはどうしても基盤的・長期的な投資が必要になる──ということは、大学院で研究する中で感じていました。しかしその一方、基礎研究の重要性や成果の意義は、アカデミアの外にはなかなか理解されません。基礎研究はこのままで大丈夫なのか。残すにはどうしたらいいのか。自分なりに考え、基礎研究を支える最後の砦である文科省で、これまで以上に、それらが長く盤石に支えられるようにしていきたいと思ったのです。
 そこでまずは、国家公務員総合職試験(※2)を、博士課程2年時に受験することにしました。受験資格にある年齢制限をクリアしていることを確認し、さっそく準備に取りかかりました。
 国家公務員総合職試験には「大卒程度」と「院卒者」の2種類のオプションがあり、それぞれの中で、自分の専門に合わせて受験が可能です。私は院卒者向けの数理科学・物理・地球科学区分で受験しました。試験は、1次試験と2次試験から成ります。1次試験は、基礎能力試験(SPIをさらにきつくしたような問題+高校卒業程度の各科目の知識を問うような問題)と専門試験が多肢選択式で行われ、この合格者のみが2次試験に進めます。2次試験は、専門試験(記述式)、人物試験(民間企業の採用面接みたいなもの)、政策課題討議試験(グループディスカッションみたいなもの)で構成されており、1次試験と2次試験の総合的な結果でもって、最終的な合否が決まります。
 試験を受けると決めたはいいものの、それまでやってきた研究をやめたいとも思わなかったため、試験の勉強に充てる時間は原則、1日1時間半までに制限して取り組んでいました。こうして1日の時間の使い方をしっかり決めたことで、「限られた時間でもっと効率的に取り組む」という意識が芽生え、研究にもいい影響があった気がします。
 基礎能力試験については、市販の参考書が非常に充実していましたので、自分が苦手な分野の参考書だけを買って、毎日少しずつこなすようにしていました。 専門試験については、サンプル問題や過去問(※3)を見ていると、大学院入試と非常によく似ていたため、大学院入試対策をもう一度さらっとやるイメージで勉強していました。人物試験や政策課題討議試験については、最近はインターネット上に合格者の体験談が出ているため、そこでイメージトレーニングして臨みました。
 そしてこうした対策の結果、無事に最終合格をいただくことができました。博士課程2年の夏のことです。
 一方で、この試験を受けながら続けていた研究の方でも状況が好転し、博士号取得もなんとかなるのでは、という見通しが立ってきました。そこで私は、改めて博士号取得を志して、各省庁への「官庁訪問」(※4)は博士課程3年時に行うこととし、復活してきた研究へのモチベーションで巻き返しを図っていきました。
 結果、どうにかこの目論見通り、博士課程3年時に文科省に内々定をいただき、また博士論文も納得のいく形で仕上げることができて、無事に審査会を通過し、博士号も取得することができました。

行政官として働く

 文科省には、2019年4月に入省しました。
 現在は、主に情報科学系の研究開発を推進する部署におり、特にAI研究開発に関する事業運営や、統計学のエキスパート人材育成に関する新規事業の立ち上げなどを担当しています。まだ2年目ではあるものの、この部署は入省してから既に2部署目で、1部署目とは異なる領域で仕事をしています。実は行政官は、典型的にはこうして1~2年程度で部署を異動します。多くの部署を経験する中で非常に幅広い知見が身につく、というところが、行政官という仕事の魅力だと私は思っています。
 行政官の業務は、非常に多岐にわたります。法令改正、新規事業の立案、予算要求、国会や各種問い合わせの対応など、行う業務は、部署やその時のトレンド、ニーズに応じても変わってきます。
 私の現在の業務は研究開発事業がメインですので、予算要求に関する仕事の比重が大きくなっています。次年度の予算で具体的にどんなことに取り組むか、関係者にヒアリングを行いつつ、事業として必要な金額を見積もり(いわゆる「概算要求」)、説明資料を作って財務省にその重要性や必要性を説明し、希望する予算をいただけるよう、(時に侃々諤々になりながらも)長期にわたって交渉します。最終的に受けた査定はその後、政府予算案として国会にかけられます。時にその事業の方向性について、国会の外で議員からの求めに応じて説明を行ったり(議員の方々も、地元の方々のご要望に応えるべく、いろいろな施策にアンテナを張っています)、あるいは大臣や副大臣、政務官、省幹部が国会で問われたときに備えて答弁書を作成したりもします。
 こうした仕事にあたっては、さまざまな文書や資料の作成が必要になります。特に行政の視点での説明にあたっては、さまざまな人にとって必要性や重要性がわかりやすいものにしなければなりません。専門的なことであっても、インプットした後、うまくかみ砕いてアウトプットする、というスキルが重要だと日々感じているところです。

写真1
省内での打ち合わせの様子(左が著者)。役所といえば紙のイメージですが、 最近ではこのように、ペーパーレスでの打ち合わせも多くなっています。後ろのポスターは、2019年まで使用されたスーパーコンピュータ「京」と、2021年3月より共用を開始した「富岳」。この部署が抱える新旧ビッグプロジェクトです。

博士の経験をどう活かしていくか

 冒頭で述べたように、省庁には博士課程の出身者も一定数いますが、少なくとも現状において、行政官としての業務に博士課程での経験を活かせるかどうかは、所属する部署や、その部署での業務の状況による部分もあります。
 現在私が所属している部署においては、「担当する事業の今後の見通しや課題を抽出すべく、AIの研究をしている先生方に研究状況をヒアリングする」という業務が非常に重要なウェイトを占めていますが、そのコミュニケーションにおいては、博士課程までの研究で養った感覚が活かされているように感じています。研究プロセスにおける技術的な課題や実現可能性を、ある程度想像した上で質問したりできるためです。AIに関する特別な知識はなかったため、少しずつ自分で勉強しながら(時に資格試験などにもチャレンジしつつ)、事業内での検討に活かすというサイクルになっています。
 大学院までで経験した研究においては、一定レベルでのロジックに基づいた「仮説→検証→考察→発見→……」によって新たな真理を追い求めることに最も重きが置かれていたのに対し、行政官という立場になってみると「マルチレンマ」の連続で、決して容易には価値を比較することのできない、そして必ずしもロジカルなものに限らないさまざまな要請を俯瞰的に捉え、バランスをとりながら国としての最適解を模索していかなければならない、という特有の難しさがあるように感じています。近年はその中で、客観的に見て最適であり、より多くの人に納得してもらえるような政策立案を実現するために、Evidence-Based Policy Making(EBPM)が重要である、とさまざまな政策領域で主張されていますが、行政官がEBPMを実践するにあたっての確固たる根拠を得るには、まだまだ高いハードルがある、というのが現状だと思います。

新たな視点から政策を研究する

 そんな問題意識もあって、2020年9月からは、行政官としての業務に加え、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の研究官も併任し、そこで政策研究も始めました。現在行っているのは、アカデミアを中心とする博士人材の流動性やキャリアパスの定量的な研究(※5)ですが、ゆくゆくは、政策科学領域の基礎や業界標準を堅牢なものにするために、一石を投じていきたいと考えています。
 政策研究においては、博士課程で使ってきた数理手法を試行的に取り入れるなど、私の手で新たな価値を与えられないだろうかと模索しています。さらに、最近ではこの政策研究にAI技術を導入することも検討しており、行政官としての業務にもつながることがとても面白く、充実した日々を送っています。
 博士課程を修了するときは、アカデミアや研究職というキャリアはもうないだろうな、と思っていたのですが、気づけばこの政策研究で学会発表をしたりもしています。ジャンルは大きく変わりつつも、結局2年足らずで、アカデミアに体半分程度戻ってきたようです(笑)。

ガツガツした若手として

 博士課程を終えて入省した自分の経歴と切っても切り離せないのが、文科省内の「ガツガツ若手ワーキンググループ “AirBridge”」での活動です。このグループは2020年10月、私を含む省内の若手有志で立ち上げたものです。博士課程や若手研究者に関するさまざまな問題の改善をめざし、大学院生を含む幅広い現場の関係者との議論や対話を行っている(※6)ところです。
 この問題における中心的課題はもちろん「金・職」(研究費や給与、ポストの問題)であり、政府における若手研究者支援に関する施策の議論もここに集中していますが、その一方で、研究指導や環境に関することもまた重要です。
 私が博士課程まで所属していた研究室においては、自身の研究で上手くいかなかった時期もありましたが、受けてきた指導も周囲の環境も申し分なく、不満はありません。しかし国全体を見渡すと、指導内容や人的環境などにおいてさまざまな研究室が存在するのも事実であり、どういった進路を歩むにせよ、あらゆる大学院生が納得できる形で研究に力を入れ、次の進路につなげられるように努めていくことは、日本全体の科学技術の発展のためにも非常に重要だと思います。
 博士課程修了者に、アカデミア外での活躍の場がまだまだ少ないことも問題です。
 よく言われる博士課程修了者の強みとしては、専門性のほか、論理的思考力や問題解決能力、あるいはPDCAを1人で回せることなどが挙げられますが、特に就職活動でよく使われるこのような評価軸に落とし込んだ議論は、ややミスリーディングな部分があると私は思っています。確かに、博士課程ではこうした力がかなり鍛え上げられたという実感や、周囲の博士課程修了者にはきちんとこれらが身についている人ばかりだという感覚が私にもある一方で、これらが博士課程でないと大きく育たないものかというと、必ずしもそうではありません。博士課程を経験していない人でも、OJTなどを通じてこういったスキルを高いレベルまで磨き上げている人々が世に多くいる中、博士課程修了者の価値は、本当はこのような個別の評価軸で評価するべきではないと思います。
 では、どのように評価して、アカデミア外での活躍の場の拡大につなげていくのか。現時点で私は、「トラブルがあった際にも素早く分析して対応・修正する能力」「一定以上のクオリティで文書や資料を作成し、それを発信する能力」「持っている知識にとらわれることなく広く情報収集し、素早く吸収して有機的に知識をつなげていく能力」などを合わせて、総合力で評価していくことが重要だと考えています。これは非常に難しい問題であり、どれだけこの考えが的を射ているのかもわかりませんが、まずは今後、さまざまなバックグラウンドや職種の方々の生の声をもとに、しっかりと検討していこうと思います。

おわりに

 大学院で研究をしていたころには、「文科省が科学技術政策に関してもっとこうしてくれればいいのに」などと漠然と思っていたこともありました。今ではその時の経験ももとに国の科学技術行政に携わっており、さらに、一度は離れたかに思われた研究を、全く異なる領域においてとはいえ、結局、再開しています。まだ入省して2年目足らずですが、振り返れば過去と今が自然に、かつ不思議な形でつながっていました。今後どのように道が開けていくのか、まだまだ想像がつきませんが、これからも来た道を大切にしながら、進んでゆきたいと思います。
 さて、最後にお知らせです。最近は文科省でも、さまざまな課題解決のために、博士人材の活用を促進しています。博士課程を経験され、教育や科学技術の行政にご関心をお持ちの方には、ぜひ、文科省の門を叩いていただければと思います!

※1 2011年度よりスタートした文部科学省「博士課程教育リーディングプログラム」事業による、フォトンサイエンスに特化した東京大学内のプログラム(https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/current/ALPS/)。 修士1年時後半より博士後期課程3年まで、月額20万円の奨励金が支給されていました。なお、2017年度をもって本プログラムの募集は終了しています。

※2 詳細は人事院のホームページ参照。試験問題例や試験ごとの配点、過去の合格点・平均点なども公開されています。

※3 過去問は人事院に情報開示請求することで入手可能です(ノウハウはインターネット上でまとめている人が複数いますので、そちらをご参照ください)。ただし、情報開示請求の手続きには1ヶ月半~2ヶ月程度要することに注意が必要です。また、大学の就職支援センターなどで閲覧させてもらえる場合もあります。

※4 実は省庁への総合職採用においては、試験に最終合格すれば必ず採用されるというわけではなく、試験合格後に各省庁にアプライし、各省庁で面接などの採用プロセス(これがいわゆる「官庁訪問」)を乗り越えなければならないのですが、このプロセスは試験合格直後でなくてもよく、その2年後まで有効となっています。

※5 最近、以下の論考をNISTEPから公開しました。http://doi.org/10.15108/dp193

※6 オンラインプラットフォーム「AirBridge」では、メーリングリストやFacebookグループにて、情報発信・収集やイベントのご案内などを行っています。ご興味をお持ちの方は、ぜひ以下のリンクからご登録ください!

メーリングリスト: https://pf.mext.go.jp/admission/13173-2-2.html

Facebookグループ: https://www.facebook.com/groups/airbridge/?ref=share


【たかやま・まさゆき】

東京生まれ。東京大学理学部物理学科卒業、同大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。博士(理学)。2019年4月、文部科学省入省。2020年9月からは科学技術・学術政策研究所の研究官を併任し、博士人材の流動性に関する定量的研究に着手。文科省内の「ガツガツ若手ワーキンググループ “AirBridge”」でも活動。趣味はバイオリン、オーケストラ活動。好きな焼肉の部位はミスジ。

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