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3.11を心に刻んで

永幡嘉之

自然選択とは、死ぬものは死んで、生き残るものだけが生き残る過程のことである。人間社会は、人為的な環境(放射能汚染環境)における「選択」に人類の未来をゆだねるわけにはいかない。それに抗する社会をつくっていくべきである。
(大瀧丈二「科学」2013年9月号、岩波書店)

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 福島第一原子力発電所で発生した事故の数カ月後から、少数の研究者が、現地に通って自然環境への影響を調べていた。放射線量が高くなっている地域では、ヤマトシジミというチョウの死亡率が高くなっていることや、異常個体が高率で現れることを早期から明らかにして、多数の実験による検証結果とともに論文を発信しつづけたのが、野原千代さんや大瀧丈二さんら、琉球大学の研究者だった。原発事故の翌年に最初の論文が出されたときには、自然科学の研究者を含め、社会から大きな反響があった。
 私もまた、放射線量の高い地域での動植物の調査を通して、里山が崩壊してゆく様子を記録しつづけていたことから、この論文についても、少なからぬ研究者と議論を交わした。批判のなかで目立ったのは、「因果関係の証明には時間がかかるはずで、拙速ではないか」との意見だった。研究者に慎重さが必要なことは十分に理解しているが、現地に通う者として、そして乳幼児を抱えていた者として、「拙速」との意見には抵抗を感じた。10年後に「人間にも危険性があった」という論文が出されたとして、果たして意味があるだろうか。放射性物質の人間への影響を回避するためには、研究結果を自然科学の視点ではなく、社会科学の軸で読み解かねばならない。そして社会科学の観点からは、公表を少しでも急ぐ必要があった。
 引用した文章には、社会科学にも通じた自然科学者としての、大瀧さんの冷静な視点が表れている。研究の中心におられた野原千代さんは途半ばで早世されたが、大瀧さんらの研究は今も続いている。私もまた、除染によって姿を変えゆく自然環境を記録しながら、現地に通っている。
 事故の風化は進む一方で、何が起こり、なぜ起こってしまったのかという検証は決して進んでいない。ただ、原発事故が「震災によって起こった」との表現を見受けるたびに、私は繰り返す。原発事故は人災であって、自然災害とは一線を画すべきだ、と。

(ながはた よしゆき・自然写真家)

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