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3.11を心に刻んで

小田原琳

「民族の敵なる女たち」──かれらの罪は民族主義と戦争とを拒んだことにある。

(ドゥブラヴカ・ウグレシィチ『バルカン・ブルース』岩崎稔訳、未来社)

*  *

 作家は、ひとつの国家が苛烈な暴力をともなって崩壊し複数の民族国家へと再編されてゆく悲劇的な過程と、それを無慈悲に取り巻く世界を、亡命者として生きている。それゆえに彼女には「アイデンティティ」や「国民」への根源的な懐疑がある。この呪術的な観念が、集団のことばでくくれないものを「敵」として攻撃するからである。
 危機的状況において標的とされる女性。東日本大震災による原発事故ののちに動き出した女性たちを思う。原発再稼働に反対して立ち上がった女性たち。食品や環境の汚染について行政を追及した女性たち。子どもを連れて無我夢中で避難した女性たち。彼女たちを非科学的だ、感情的だと侮蔑する人々がいたのは、「絆」とことほがれた国民的結合の裏面であっただろうか。旧ユーゴで同胞によって標的とされた女性たちへの連帯を示した者はわずかであった、と作家は言う。
 私はそうではない、私は連帯した、と言いたいが、いまは確信がない。
 巨大な煙を吹き上げて爆発するプラントをテレビで繰り返し見ながら、私は当時妊娠中であった少し若い友人に電話をした。もしも不安なら、この東京を離れて、一時的にでも行く先を探す手伝いをする、と。結局そうはならなかったのだが、そのとき、私自身が避難することを微塵も思いつかなかったことに、あとで気がついた。
 なぜだろうとずっと考えていた。年齢だろうか。身体的条件だろうか。そうではない。あのとき、無意識のうちに彼女と私のあいだに分断線を引いていたのだ。配慮の名の下に、私は彼女を集団から切り離そうとした──私自身がその集合性に猛烈な違和感を抱いていたにもかかわらず。憎悪も軽蔑もなくても、私は他愛もなく人を異化することができたのだ。
 7年前、私は女性の一員として、行動する女性たちと共にあると思っていた。でも彼女たちの、集合的なものを拒む、亡命者の勇気を、私は真に理解していなかったのだと思う。そのことをいま、心から悔いている。

(おだわら りん・イタリア近現代史、ジェンダー・スタディーズ)

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