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アカデミアを離れてみたら

「アカデミアを離れてみたら」特別編(最終回) 丸山宏さん(Preferred Networksフェロー)に聞く〈アカデミアを離れてみたら〉

 特別編の第2回は、株式会社Preferred Networks(以下「PFN」)フェローの丸山宏さん。日本アイ・ビー・エム株式会社(以下「IBM」)→キヤノン株式会社→統計数理研究所→PFNと、企業とアカデミアを行き来されたご経験の持ち主です。企業とアカデミアの違いや、多くの博士を擁して急成長を続けるPFNについて伺いました。

(聞き手=編集部)

長き道のり、そしてベンチャーへ

 東京工業大学(以下「東工大」)の修士課程を出てIBMに入って、そこの基礎研──IBM東京基礎研究所──に26年間いました。
 入社してしばらくはずっと自然言語処理を研究していました。10年と少したったころ、国際会議での発表をきいた京都大学の長尾真先生が「うちで学位取らない?」とおっしゃってくださり、それまでの研究をまとめる形で博士号を取りました。1995年のことです。
 その後、1997年から2000年にかけて、東工大の客員助教授を兼務しました。アカデミアの経験はそれが最初です。研究室を持って、数人の学生さんを指導しました。週3日IBMに行って、週3日は東工大に行く、みたいな生活をしていて、それなりにアカデミアを経験したと思います。そのころからXML(※1)技術やインターネットセキュリティなどの研究に軸足を移し、IBM社内のコンサルティング部門への出向などを経て、2006年からは東京基礎研究所の所長になりました。
 しかし、2008年にリーマンショックがあって、IBMのビジネスも急速に悪くなり、当然コストカットをしろと言われて、いわゆるリストラをしました。それが、けっこう辛かったわけです。僕も会社を辞めようと思った。
 もう営利企業はいいやと思って、かつてフェローをやっていたJSTのCRDS(研究開発戦略センター)(※2)の所長さんに相談に行ったんです。その方は、当時はキヤノンの副社長でした。「君そんなこと言うんだったらうち来い」とおっしゃるので、キヤノンに行きました。ただ、そこには11ヶ月近くしかいませんでした。
 キヤノンを辞めたとき、実はGoogleへ行く気満々だったんです。USのヴァイスプレジデントとのインタビューも終えて、これでいいかなと思って辞めたんですが、翌週に電話がかかってきて、やっぱりごめんなさいって言われて。半年ばかり無職でした。
 しかしあるとき、統計数理研究所(以下「統数研」)から「来ないか」と声がかかりまして、2011年から5年間、そこで教授として勤務しました。
 その間、2015年にPFNの岡野原(大輔氏、現代表取締役 最高執行責任者)から「うちに来ないか」と誘いを受けて、ただその時は統数研のほうでプロジェクトを持っていたので1年待ってもらって、2016年にPFNへ転職しました。まだ社員が30人程度のころです。

「来てね」と言われて

──アカデミアの教授ポストを捨てて、社員30人とかのベンチャーに行かれるという方はなかなかいらっしゃらないですよね。

 だって岡野原が「来てね」って言うから(笑)。
 以前、2012~13年ころに、「コンピュータアーキテクチャの未来がどうなるか」という議論をNEDO(※3)の委員会でしていたことがあって、そのときに、何かの拍子で岡野原に話をききに行ったんです。
 そうしたら岡野原が、「これからは、データセンターではなく、ネットワークの端っこのエッジの方にデータが集まる時代が来るんだ」って言うんです。僕は「そんなことあるのか」と、すごくびっくりした。でも、いろいろ議論をしていくうちに、確かにそうだよな、と思うようになって、彼と一緒に論文を書いたんです。たぶんそういうことを彼は覚えてくれていて、何か一緒にやりましょうと言ってくれたのだと思います。
 PFNに入社してからは、会社全体の戦略を考えたり、運営にかかわったりもしましたが、それに加えて、いくつかのプロジェクトに入って研究開発もしました。強化学習でドローンを飛ばすとか、航空会社と組んで、飛行機がどのくらい揺れるか予測するとか。それから、気象研究所と竜巻の予測をするとか、スポーツのデータを集めている会社と一緒に、サッカーの分析をするシステムを作るとか、いろいろやりました。若い人たちにはとてもかないませんが、アイディアを出すところぐらいはできるので。
 去年の11月からは、PFNから花王株式会社にエグゼクティブ・フェローとして出向して、多くの時間を花王に費やしています。外部の視点から何かアドバイスをするとかそういう仕事ではなくて、「全社を挙げて新しい事業領域を立ち上げる」という大きなプロジェクトに、ガッツリ入っています。
 僕はどちらかというと流され人生で。今回花王に行ったのも、花王の長谷部佳宏社長から「PFNから誰かDXやる人材出してください」という話があったので、「私行きましょうか」って手を挙げたという次第です。民間企業への出向は、PFNでもたぶん初めてだと思います。

アカデミアには悠久の時間があった

──企業とアカデミアの両方を経験されてきて、一番の違いはどこでしたか。

 やっぱり時間の流れ、意思決定の速さですよね。アカデミアでは、悠久の時間の流れを感じます。何しろ、人事に1年かけるんですから(笑)。
 企業でも、会社によりけりですが、一般的にアカデミアよりは速いでしょう。IBMはけっこう、意思決定が速い会社だったと思います。それがキヤノンに移って「こんなに遅いんだ」と思ったのですが、その後で統数研に行くと、もっと遅くて「ええーっ」と……。
 PFNはベンチャーとあって、意思決定は非常に速いです。みんなで「こうじゃない?」とか話しているところで、西川(徹氏、現代表取締役 最高経営責任者)が1回「それやろう」って言ったら、すぐに決まりですから。もうめちゃくちゃ速いですね。特に僕が入ったころは、まだ小さな会社でしたから、それは速かったです。
 それからアカデミアでは、なんかつまらないルールで縛られますよね。例えば購買のルールとか。たとえばIBMだと、ルールがきちんと決まっている一方で、例外承認というのがあるわけです。ルールに合わないような状況が生じたときは例外申請を出して、上長が「このくらいなら、リスクは低いからいいよね」などと判断して承認する、とか。アカデミアではそうした融通が利きにくい。とくに統数研は、もともと文部省の研究所だったという経緯もあってか、基本的には国家公務員扱いで、けっこう厳しかったです。出勤簿に毎日ハンコを押すとか、こんなの何の意味があるんだっていうルールもあったり……。
 でも、アカデミアはアカデミアで、すごくいいところもあります。
 たとえばアカデミアでは、自分の研究費の範囲内であれば、自由に学会に行けますよね。企業だと、学会に行くには承認を取らないといけません。今いるPFNもそうですし、IBMだって、コストにはめちゃくちゃ厳しかったですから。学会は、地方でやるものには行かないで、都内でやるやつに行くように、とか、海外の学会なら、聞くだけというのは絶対ダメで、自分で論文を出して発表するのだったら行ってもいい、とか、それもトップカンファレンスでないと行っちゃいけないとか……。企業にはそうした不自由さがあると思います。
 そして何よりアカデミアでは、何を研究するか、自分で決めていい。これはやっぱり、すごくありがたいことです。企業だと、会社が「これやれ」って言うプロジェクトをやらないといけません。もちろん、その与えられたプロジェクトの中で自分の力を発揮できるところはいくらでもあるわけですが、それにしても、全体像として何をやるかについては、自由にできるのとできないのとは大きな違いがあると思います。
 とはいえ、これらはどちらも「あり」かなと思います。自由にできるところで力を発揮できる人と、問題がはっきりしているところで力を発揮できる人と、人によって違うと思うのです。僕自身は、あまり自由じゃなくてもかまわない、というタイプだと思います。

「アカデミアはやっぱり、悠久の時間の流れって感じがしますよね」。2021年3月22日、オンラインでのインタビューにて。
「アカデミアはやっぱり、悠久の時間の流れって感じがしますよね」。2021年3月22日、オンラインでのインタビューにて。

博士の力、PFNの場合

──PFNでは、博士号をお持ちの社員の方も多いのですか。

 けっこういますよ。たとえば秋葉拓哉さん。執行役員ですが、もともと情報研(国立情報学研究所)で助教をしていた人です。現役バリバリの研究者で、当時「さきがけ」(※4)を担当していましたが、より自分の技術で勝負できるところに行きたいということでPFNに来ています。入社にあたっては、いろいろと苦労があったという……(笑)。
 僕より年上の平木敬先生(東京大学名誉教授)もアカデミアから来られています。研究開発が大好きな方で、シニアリサーチャーという肩書で、今もバリバリ技術的な仕事をされています。
 もちろん、もっと若い人もたくさんいます。

(PFN広報) いま社員が300人くらいいて、Ph.D.保有者は人事でも正確に把握できていませんが、少なくとも60人はいるそうです。感覚的には、仕事をしていると「お前も(博士)か」って感じがするくらいの割合で存在しています(笑)。

──基礎科学方面の博士号取得者の方もおられるのですか。

 います、います。物理出身の人が多いですが、化学やバイオの人もいます。
 特に物理をやってきた人は、数学ができますから有利です。今の深層学習って数学の塊なので、僕なんかよりはるかに理解がスムーズです。
 その他にも、機械工学出身の人、臨床医をしていた人もいます。今の時代、分野の境界もどんどんなくなってきていますし、複数の分野にまたがるスキルを持っていることはすごく大事ですよね。
 博士の学位を持っているということは、自分のイニシアティブで研究を進めていく力があるということなので、最初からリーダーシップをとって、若い研究者をぐいぐい引っ張っていくことができます。もう本当に即戦力です。
 論文を書く力もありますよね。論文を書くのには訓練が必要で、書いたことのない人にはなかなか書けないものです。

──PFNでは、論文を書くことが奨励されているのでしょうか。

 そうです。PFNのような企業は特に、タレントが命。優秀な人を惹きつけるためには、優秀な人がトップカンファレンスで発表していることが、やっぱりすごく大事です。

──専門性を持って入社しても、企業ですと時流に応じて研究部門がなくなってしまったり、部門を異動になったりすることもありますよね。

 PFNでも、研究領域はもうバンバン変わってますよ。どこのプロジェクトにお客様がついたから、そっちに人を動かさないといけない、というようなことは、会社ですから当然あります。
 でも、領域を変われば、そのときにものすごく急峻な学習カーブをたどって吸収するわけですよね。ある意味、学びのチャンスなわけです。だから、そこはあまりこだわらずに、どんどん新たな領域で知識を身につけていけばいいんじゃないか、と僕は思います。

社会人博士のすゝめ

 PFNでは、仕事をしながら博士課程に通って、博士号を取っている社員も何人もいます。
 つい先日、東京大学で博士号(情報理工学)を取った大野健太さんは、PFNのバイオチームで仕事をしながら研究を行い、NeurIPS2020(AIのトップカンファレンス)に主著論文が採択されるなど、顕著な業績が評価されて東京大学の研究科長賞も授与されました。
 IBMの基礎研時代にもそういう人は多くて、そもそも会社で、博士号の取得は相当奨励されていました。僕自身、論文博士という形ですが、社会人をやりながら博士号を取りました。研究所全体でみても博士号取得者は多いですし、そのかなりの割合が社会人博士だと思います。IBMでは、海外の研究者はみんなPh.D.を持っているのが当たり前です。東京基礎研究所でも、昔からの伝統で、「先輩方がみんなドクター取るから、自分も取らなきゃいけないかな」みたいな雰囲気はありました。逆にずっと取れないと、なんで取れないの?みたいな。
 修士課程からそのまま博士課程に進学するのに比べ、仕事で直面した問題をきっかけに社会人博士をめざすというのは、研究環境として非常にいいと思います。リアルな問題を解いていく過程で、いろいろと研究開発ができる。大学で、たとえば他の先生に「これはいい問題だから」と言って課題を与えられるのと、自分で考えて作るのとでは、だいぶ違う話です。「これは解かないといけない」というリアルな問題を対象にした研究開発の方が、迫力がある気がします。
 研究者としてのトレーニングのされかたについては、企業の研究職と大学院の博士課程との間で、あまり違いはないと思います。自分の場合はずいぶん試行錯誤しましたが、それはIBMに入った当時、まだ研究所ができて間もなかったからです。例えばいまPFNに入れば、周りに優秀な研究者が山のようにいますので、どんな論文を読めばいいか、どういうふうに書けばいいのか、何でも相談できます。ほったらかしにされる研究室よりは、ずっといいと思います。

「二項対立」を越えるには

 アカデミアと企業、それぞれに良し悪しあると思いますが、僕がいま一番問題だと思うのは、「アカデミア」と「それ以外」が二項対立になってしまっていて、両方の気持ちがわかる人があまりいないということです。
 言いたいことは2つあって、1つは、アカデミアと民間とか、あるいは社会の別のところとの間の、人の行き来がもっと自由にならないといけない、ということです。
 日本のアカデミアでは全体として、大学を辞めて企業に行った人は「都落ち」した人、みたいなイメージが、まだ残っている気がします。「たとえ特任(などの任期つき職)を渡り歩いても、民間には行きたくない」という人も、けっこういると思います。なぜなのか、僕にはよくわかりませんが、論文を定期的にたくさん出せるところから一度離れてしまうと、次にはアカデミアに戻れない、と思われているのかもしれません。でも、必ずしもそうではないんです。僕自身、行ったり来たりするパスをたどってきました。やろうと思えばできるんじゃないかって気がしますね。
 2つめとして、最近、アカデミアの人たちの中で「アクティビスト(活動家)」と言われる人が増えているように思います。もちろん学問もやるんだけども、研究をしながら同時に実社会の問題を解いていく。例えば福島の復興がどのように進んでいるかについて、自分で行って調査して、必要ならば自分も専門的な立場から復興に協力する、とか。そのように、学問と社会活動をハイブリッドに行う人がもっと増えていいと思います。

──ありがとうございました。

(2021年3月22日談)

※1 Extensible Markup Language(拡張可能なマークアップ言語)。現在も広く利用されているマークアップ言語のひとつ。

※2 Center for Research and Development Strategy. JST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)に設置された、国の研究開発について提言を行うシンクタンク。

※3 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(New Energy and Industrial Technology Development Organization)

※4 国の科学技術政策や社会的・経済的ニーズを踏まえ、国(文部科学省)が定めた戦略目標の達成に向けた研究を推進するプログラム。領域ごとに個人研究者が公募され、採択されれば3000万~4000万円の研究費が支給される。


【まるやま・ひろし】

1958年生まれ。1983年、東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年、日本アイ・ビー・エム株式会社入社。人工知能、自然言語処理、機械翻訳などの研究に従事。1995年京都大学より博士(工学)授与。日本アイ・ビー・エム株式会社東京基礎研究所所長、キヤノン株式会社、統計数理研究所教授をへて、2016年より株式会社Preferred Networks、2018年4月よりPFNフェロー。現在は花王株式会社のエグゼクティブ・フェローおよび東京大学特任教授も兼務。著書に『新 企業の研究者をめざす皆さんへ』(2019年、近代科学社)。

*連載は今回で終了いたします。新稿を追加して書籍化し、岩波書店より刊行の予定です。

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