web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

MOMENT JOON 日本移民日記

第8回 シリアス金髪〈MOMENT JOON 日本移民日記〉

 今までの連載ではかなり「大きな」トピックについて話してきたと思います。「移民」とか、「日本語」とか、「家」とか、「ヒップホップ」とか「在日」とか。その時の自分の心の中で最も大きなものについて書いてきたら、自然とそういうトピックになってきたのですが……同じ書き方で最近の私の心と頭を握っているものについて書こうとすると、今回の話は正直ものすごくしょうもないものになるかもしれません。これまでと比べて今回のテーマは、本当に本当に小さすぎるので……どれほど小さいかと言うと、顕微鏡が必要かもしれないぐらいです。髪の毛一本の表面が見れるほどの距離からでないと、語れないというか……。

 いや、それではちょっと近すぎるので、対象から少しだけ引きましょう。鏡の前の自分を見る距離、から始めましょうか。目の前の鏡に映っているのは(当たり前ですが)私です。30年も見てきた、馴染みのある顔。しかしここ最近、鏡を見るたびにはっと驚いてしまうことが多いのです。実はこの前、生まれて初めて髪を染めました。いや、厳密には染めたのではなくて脱色です。鏡の中の、シルバーに近い金髪をしている私。今回の話は、私の髪の毛から始めたいと思います。

金髪になってみて

 思春期の時にも試さなかった金髪に30歳になってやっと挑戦したのには、実は特別な理由があります。この連載をお読みの方の中にはご存じでない方もいらっしゃるかもしれませんが、一応私の本業はラッパーで、私が出したアルバムで「Passport &Garcon DX」というものがあります。それのカバーアートが、白髪になっている自分の絵なんですが、今回の脱色は実はその白髪を目指して挑んだのです。ついこの前に、そのアルバムの発売を記念したワンマンライブを開いて、ファンの方々にアルバムの世界観をより深く伝えたくて、カバーアートの姿の自分になってみようとしたのですが……手伝ってくださったスタイリストによると、初めてのブリーチなのでやはり色が抜けにくく、どうしても「白」まで脱色するのは無理だそうで……そう、バリバリの金髪になっていますけど、もともとは白髪になりたかったのです。
   
 「モーメントと言えば黒いツーブロックの髪型に黒いメガネ」で私を知っている人々からすると「こいつ誰だ!」と思われそうな、それほどショッキングな変化でしょう。いや、他の人はともかく、私自身がこの金髪にどうしても慣れません。5時間ほどかけて4回もブリーチをした後、渋谷のホテルに帰って鏡を見たら「お前誰だ!」と自分で驚きましたもん。その次の朝起きて鏡を見た時も、ライブの後に写真や映像などを確認した時も、大阪に帰って家の鏡を見た時も、金髪になって3週間ほど経った今朝も鏡の前で「お前誰だ!」となっています。これが、これが自分なのか。未だに実感できていません。
 
 金髪になってから、周りから「どう? 気に入ってる?」という質問を100回ぐらいは受けていますが、正直どう答えればいいのか未だに分からないです。自分の意志で「染める」と決めたはずですが、そもそも「髪を染める」「白髪にする」というアイディアを出した時の自分が、この文章を書いている私とは違う人間であるような気がするのです。「カッコいいから」とか「やってみたい」「イメチェンしたい」とかではなく、「アルバムの世界観を観客やファンにもっと十全に伝える」ためにこのアイディアを出したその人は、私の体を何だと思っていたのでしょう。キャンバス? 広告用のビルボード?
 アルバムのカバーアートで自分の髪を白にしたのは、いわば『あしたのジョー』的な表現方法でした。世の中に疲れ、それによって変わってしまった自分というものをビジュアルで見せたかったのですが、それを「絵」ではなく「自分の体」で見せていると思うと、今までとは違う重圧感を感じます。まるで自分の体が、自分が作り出したアルバムや芸術に従属されているような、マネキンになったような感覚。おかしな話ですよね。私の人生の物語を音楽にしたのが始めだったのに、いつの間にか自分の体を含めた「私」が「その物語の世界観に沿わなきゃ」と、変わっているなんて。ただ物語として残したかったものを、あえて体の上に刻んでしまったような、そんな気持ちがどうしても消えないのです。

「二度と黒髪には戻るなよ」

 好きか嫌いか、はっきりとした答えが出せない私の金髪ですが、一応周りからは好評です。「似合う」といったマイルドな誉め言葉から、「もう二度と黒髪に戻るな」という強い反応までありました。その中で最も印象に残った評価が「シリアスさがなくなった」という言葉でした。あいたっ… 核心をつく言葉じゃないですか、これ。そう。ここ何年か、モーメント・ジューンが何かを作るたびに「シリアス」という言葉がついてまわります。何を歌詞にしても「コンシャスラッパー」と呼ばれたり、また「三代、読みましたよ」から会話を始めて私をまるで戦争被害者のように見なす人も少なくありません。
 「シリアス」というタグがつけられる私の創作。2021年のApple Vinegar Misic Awardという音楽賞にノミネートされた時、後で審査員たちの選評を読んでみたら私の音楽の内容について触れるよりもとりあえず私の「シリアスさ」自体にフォーカスが当てられることに溜息が出たことがあります。今までの日本移民日記を読んできたあなたの目にも、私は「何か分かんないけどシリアスなやつ」になっているかもしれません。もちろんでしょう。冒頭でも書きましたが、だって書いてきたトピックがトピックですから… そしてこんな「シリアスな私」が作るものを消費しているあなたにも「シリアス」というタグがつけられているかもしれませんよね。
 
 そしてこの「シリアス」は、「重い」にも簡単に変換されます。今の時代、ラッパーにとって「重い」とは死刑宣告みたいなものじゃないでしょうか。いっぱい作って、いっぱい回して数字を増やさなきゃいけないのに、「重すぎて」聞くだけでも時間と体力が必要で、それをプロモーションする側は普段とは違って何か追加の説明が必要となってくるし、作る本人も他のラッパーとは違って時間と労力が倍かかる。最悪なビジネスモデルなのです。
 それを理解しているのに、なぜか私が作っているものは未だに全部「シリアス」で「重い」ものばっかりですよね。単純に私の能力不足です。「シリアス」の反対語は「軽い」であって「浅い」ではないと私は思っています。同じく「シリアス」の同義語も「重い」であって「深い」ではないと思います。私の手から生まれたものが「シリアス」と呼ばれるのは、必ずしもそれが「深い」「意味深い」からではなくて、それを重く思わせずに簡単明瞭に伝える能力が私にないからだけなんでしょう。この日本移民日記だってそうです。最初に編集者の方からは「毎回四千字から六千字ほどのもの」を頼まれたのですが、吐き出すように言葉をばっと書いていくといつも長文になっていて、また「お、シリアスな話だよね」と思われるパターン……いや、文学は音楽とは違って、まだまだ「シリアス」の居場所は残っている方かもしれません。

リアルであるために混ぜる嘘

 「金髪の方が絶対に似合う」とは、ライブの映像を見てくださった私の社長の奥さんからいただいた言葉ですが、その続きがあります。「歌っている内容がシリアスだからこそ、見た目がシリアスじゃない方がもっと内容が聞こえてくる」。実は作品の内容をもっと濃く伝えたくて、いわば「もっとシリアスに」伝えたくて白髪にしたかったのに、それが失敗して金髪になったせいで「シリアスじゃなくなって」むしろそれが褒められる。笑うべきか、泣くべきか。
 鏡の中の金髪の私は「この機会にもっと軽くなってみろ」と私を惑わしますが、「そんなの無理だよ」と答えるしかないですね。「シリアスな」もので飯を食っているんじゃないの。軽くなったって、それが売れる保証もありませんし、むしろ今まで作ってきたものにとってマイナスになる危険性もあります。飯を食わなきゃ。いや、少なくてもシバさんに迷惑はかけないように働かなきゃ……。
 
 飯を食うために吐き出す相も変わらない「シリアスな」言葉と、それを中和して「消費しやすく」する私の金髪。今の格好を気に入ってくれる人々には「バランスが取れた」とも見えるでしょうが、私の目に今の自分は矛盾の塊そのものです。金髪の自分をどうしても「自分」とは見なせない私。「でもやっぱりこれからも金髪にすべきかもな。カメラの写りはこっちの方が良いから」と、社長の言葉をそのまま鏡の前で繰り返している私。そして「早く元に戻りたい。黒髪に戻れるまで後どれくらいだろう」と答える鏡の中の自分。街中の人々の目線を怖がる私と、それを楽しむ私。「あなたの目に私はこう見えてはいないでしょうか」「あなたに私はこう思われてはいないでしょうか」みたいな書き方を止められない私。周りの目線を気にせずに派手な格好、または奇異な格好を自由に着こなす人を嫉妬する私。同時に「そんな格好じゃあなたが言うこと誰も真剣に受け止めないでしょ」と軽蔑する私。自分の人生に基づいた作品を作ったくせに、いつの間にかその作品に自分の人生を合わせている私。誰よりもリアルだと胸を張って叫ぶ私。
 
 一回でも良いから、こんな自分から自由になりたいと思いました。「この複雑な姿の全てが私です」と言うのではなく、明快に「これが俺だ。どう? 買ってくれる?」と言ってみたい。黒髪に戻れて、今まで通りに「シリアス」なものを世の中に供給すれば。それとも髪に更に色を入れて、耐えられないぐらい軽くなれば… その二つの選択肢の間のどこかに挟まれた私は、未だに鏡の中の金髪に慣れません。リアルであるために混ぜなければならない嘘、ということでしょうか。いつもの通り重くてシリアスすぎて、すみません。いや、それとも今までと比べて十分に深くなくて、シリアスじゃなくて、すみません。

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. MOMENT JOON

    ラッパー。1991年生まれ。韓国出身。2010年に留学生として来日し、大阪を拠点に活動。「移民」である自身に焦点をあてた楽曲「井口堂」「ImmiGang」などを発表し、反響を呼ぶ。2019年には『文藝』(河出書房新社)に自身の徴兵体験をもとにした小説「三代 兵役、逃亡、夢」が掲載された。2020年3月にファーストアルバム『Passport & Garcon』を発表。最新曲は「DISTANCE(feat. Gotch)」。

閉じる