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MOMENT JOON 日本移民日記

第9回 バッド・エンドへようこそ〈MOMENT JOON 日本移民日記〉

 わざわざ書かなくてもいいことについて今回は書くつもりです。「書かなくてもいい」というのは、これは私の悲しみについて、しかもそもそも嘘かもしれないことを悲しんでる話だからです。それでも書くのは、「お前は間違っている」と、誰かから言われたいからです。誰か、私が間違っていると、それともこれは全部嘘だと、言ってくださいませんか。ialwayssad@gmail.com

地獄行きの満員電車、今がラッシュアワー

 「暑すぎて、暑すぎて、大阪にはもう住めないかも。北海道や東北に引っ越したらどうかな」

 毎年重みを増していくこの「暑すぎてどっか引っ越したいな」という言葉。今はまだ「できるといいな」ぐらいの感覚で彼女と話せるのですが、5年後も、10年後も、この軽さでこの言葉が言えるのでしょうか。前代未聞の暑さを記録したカナダでは、電線が溶けてしまって、市民の生活、いや、生存そのものを脅かすことが起こりました。エアコンがもはや生存の必須条件になっていく今の時代。
 「もう遅い」「もう手遅れ」「頑張ったって意味ない」……実際に口にすることは中々ありませんが、朝起きてから夜眠るまで、この言葉が頭から消えません。夏だから、でしょう。暑すぎて暑すぎて……この暑さが、いつかはコントロールできないレベルまで至ったら……終わりが近づいてきていると、思ってしまいます。いや、実はもう終わっている、と言った方がもっと正しいでしょうか。
 
  Billie Eilish - all the good girls go to hell

 All the good girls go to hell
 いい子たちはみんな地獄にいく

 'Cause even God herself has enemies
 だって神様にだって敵がいるから

 And once the water starts to rise
 海面が上がりはじめて

 And Heaven's out of sight
 天国が見えなくなったら

 She'll want the Devil on her team
 神様だって悪魔と手を組みたくなる

 そう、今回は気候変動についての話です。ただ「みんな行動しましょう」といった話がしたい訳ではありません。いえいえ、皆さんに伝えられる偉そうな「メッセージ」など、私にはありません。今までの書き方だと、私から情報や経験などを提示して、それをもとに私なりのストーリーを構築して皆さんに伝える、ということをしてきましたよね。しかし今回は、それができません。なぜなら、気候変動の話はもはや事実関係の確認を超えて、「現実」そのものを根本から揺るがす話題になっているからです。

 気候変動を否定している人々の言葉、ちゃんと聞いたことありますか?「常識的に考えてみて。人間がやったことでこんなデカい地球が暑くなるとか、正直ありえなくない?」と、知識ではなく自分の直感を判断の基準にして気候変動を否定する人がいれば、「でも今年はちょっとマシだったでしょ? 温暖化なんか嘘じゃん」と、大きな流れの一部だけを切り取ってそれを根拠にしている人もいます。このように、情報を持っていない場合、それとも情報の解釈が間違っている場合は、少なくとも事実関係をめぐった議論や話ができるでしょう。
 しかし「データの解釈が違う」「論理展開が間違っている」ではなく、「あなたと現実を共有していない」人とは、一体どう話せばよいでしょうか。「明らかに目の前で起こっていることが気候変動の証拠じゃないの」といくら言っても、「それって人間がやったことと関係ある?」と疑われるよりはマシです(関係あります)。しかし、それに反論するための情報を挙げたら「そもそも科学者とか政府が発表するデータって全て嘘に決まっている」と、情報源の信頼性自体を否定される時、私はどう答えればよいのでしょうか。「お前が実際実験して観察した? お前も結局誰かが言うことをそのまま信じているだけじゃないの?」と言われ、「そいつら全員が嘘ついているのよ」と言われたら……「世界の大半の科学者が嘘ついているとか、常識的にありえない」と答えても、スノーデンとか、MKウルトラとか、彼らの疑いを燃やし続ける燃料はいくらでもあります。
 「誰々が儲かる論」も、否定論を動かす大きなロジックです。「誰が儲かるのか考えてみろ。そいつらがこの嘘を作ったのに決まってるやん」と。政府や秘密結社などの政治権力がよくメインの悪役となるアメリカの否定論とも少し違って、日本の否定論ではよく企業・資本が黒幕になるのは興味深いです。「誰かの利権」とか、「儲かるやつが居るから成り立つ話」とか、「エコというブランドで商売をするため」とか、「どこの国の産業を大きくするための作戦」とか……

 「自分は歴史の正しい側に立っている」と思っている人からすると、否定論者は「おかしい人」とすぐ笑われるかもしれませんが、私は逆にそんな否定論者たちの目に、こんな私はどう映っているか、常に想像しています。現実には起きてもいない嘘に騙されて絶望していて、バカバカしく見えてはいないでしょうか。そんな彼らの目を通してバカな私とバカな世の中の騒ぎを眺めると、少し心が落ち着いてくるのです。そう、心配する理由なんてない。全てが大げさな嘘だ。大した問題じゃない。温暖化が本当なら何だよ。じゃ経済を止めろってこと? そんな訳ないやん。気温ってもともと上がったり下がったりするもんや。大丈夫。まだ大丈夫……

「地球のポリューションを止めれる、唯一のソリューション」

 気候変動について話してみましょうか? 「そうね、確かに毎年暑くなってるもんね。まぁ、大変だよね……」といった、その危険性は知りながらより深くまでは立ち入らないような反応を、個人的には最も多く見てきました。だって、正直それ以上話したくないんじゃないですか。「大変ですよね……」の先には、(気候変動自体を否定しないという前提で)実際に我々がやらなきゃいけないこと、我々に出来ること、そしてこの問題に関する責任がどれぐらい我々にあるかなど、本当に気まずい話が待っています。

 「結局節電して、リサイクルして、自動車の代わりに電車やバスを使って、そういう話じゃないの?」と言われるでしょうか。しかし、2017年のレポートによれば、全世界で排出された二酸化炭素の71%が、たった100社の企業によって排出されています。この莫大な規模の産業を前にして、我々個人に出来ることはなんでしょう。環境に優しい「エコ」な商品やサービスを使う? もう一歩踏み出して、「エコ」じゃないものの消費を止めて、企業側の変化を誘導する?
 減らせるものは減らす。そして商品を買うことで気候変動に優しい企業をサポートし、気候変動に悪い影響を与える商品は買わないことで意思表示をする。消費者が自分の購買力で社会的な声をあげる、いわゆる「財布で投票する(vote with your wallet)」考え方ですが、気候変動に関して、この方法がどこまで有効なのか、疑問に思うことがあります。もちろん、我々にできる全てのことをやるべきでしょう。しかし、上のリンクで紹介した世界の二酸化炭素排出の71%を占めている100社の面々を見てください。石炭、石油、天然ガスなど、燃料や原材料を生産する会社がほとんどです。何度も加工されて何回も違う製造業者を通ってやっと我々の手に入るこれらの商品を買う/買わないことを、企業側の変化を求めるレバレッジにすることは、なかなか難しいでしょう。実際自分の手で操作できるものならまだマシですが、目に見えない製造過程で使われている小さな部品までいくと、「購買力で声をあげる」ことは更に難しくなります。不可能ではないかも知れません。原産地・材料・製造者の情報を全て確認して、気候変動を加速させない材料・工法で作られた商品なのか、確認すること。それでも情報が足りない場合は検索して調べて、製造業者に直接情報公開を求めること。環境に優しい素材を使った商品、または電気自動車のように新エネルギーを使うこともお忘れなく。これらのことを調べて、考慮して、比べて考えられる時間と余裕があなたにあれば、という話ですが。
 そこで「購買力で声をあげる」ことの二つ目の難しさが現れます。現状、エコな消費を選ぶ、またはエコじゃない消費を避けることは、時間と余裕、そしてお金がないとなかなか難しいのが、本当に残念ながら事実ではないでしょうか。そのようなお金と時間を持たない人々に向かって、一方的に「あなたたちが地球を破壊していますよ」と言える権利が誰にあるのでしょう。ファストフード/ジャンクフードと呼ばれるものを作るために、どれほど森林が伐採され環境が壊されようが、それを買って食べないと一日の仕事ができない人に「良心的な消費をしなさい」と、簡単に言えるものでしょうか。

 そして「環境に優しくない」ものを消費せざるを得ない人々の多くは、また「環境に優しくない」産業で働いています。最大の利益を出すために水圧破砕法などで自然を搾取する企業は、そのためにまた人間の労働力をも搾取します。気候変動の否定論に「エコとか偉そうな話をするな」といったような、階級的な敵対心が混ざっているのは決して偶然ではありません。「エコフレンドリーじゃない企業は全部悪いって? じゃ俺らの仕事は? 働かずに死ねということ?」
 利益のために自然や人間を搾取して、安い賃金で搾取された人間がまた搾取の結果で生まれる安い品物やサービスに依存しなければならないこの悪循環を、本当に「一人ひとりが頑張って節約」とか「財布で投票」で止められると思いますか?「経済が回らなくてなっていいの?」が口癖である人々は、なぜ一度も「どうしてこの搾取のモデルじゃなきゃ経済が回らないの?」とは質問しないのですか?

 アニメーション「リック・アンド・モーティ」のワンシーン。超能力者の「プラネッティナ」は、キャプテン・プラネットのように地球の環境を守る使命を持つスーパーヒーローです。そんな彼女が、石油を採掘する労働者たちを止めて叫びます。「大地を破壊して、あなたの子供たちが吸う空気を汚して! 今自分たちが何をしているのか、本当にわかってないの?」労働者たちが言い返します。「お前は自分が望む通りに生きられる立場にいるから、そんなことが言えるだけだろう? 俺たちにはこの仕事が必要だ!」そして暴走してしまうプラネッティナ……

 スウェーデンの作家・生態学者であるアンドレアス・マルムは著書『パイプラインを爆発させる方法(How to Blow Up a Pipeline)』で、19世紀末から20世紀初頭にあったサフラジェットの運動家たちが、インフラや私有財産を破壊するなどの暴力的な行動で女性参政権を獲得したように、環境を破壊する企業の施設を破壊して、企業側の変化を強制すべきであると主張しています。「利益」というものでしか動かないのが企業ならば、集団的な行動で水圧破砕法など環境を壊すビジネスモデルをサボタージュし、その企業側のリスクやコストを上げてやる、という考え方です。
 「は? 本気で言ってるの?それテロじゃないの?」と言われるでしょう。まぁ、暴力を伴う「私有財産に対する攻撃」なので、テロリズムと呼ばれてもおかしくないでしょうね(ただし、マルムは暴力の対象を施設に限っていて人間に対する暴力は強く反対しています)。しかし、一度でいいから、その「テロリズム」という魔法の言葉を脇に置いて、考えてみてください。皆が生きられる「唯一の選択肢」であるこの惑星を壊してまで、私有財産と私有財産の概念は、守られなければならないものですか? 皆の公共財である地球の存亡よりも、ビジネス・産業の私有財産は「神聖なる」ものですか? ちょっと待って。そもそも最初に「この土地は私のものだ」と誰が宣言したのですか? その土地で起こっていることが、決してその土地だけではなく、全地球に影響を与えていても、我々は我慢すべきですか?

 …… はい。「暴力的」「共産主義者か」とか言われるでしょう。私も、このマルムの考え方には、やはり賛同できません。何故なら、二酸化炭素を排出する施設の破壊で真っ先に苦しむのは、企業家ではなくそこで働く労働者であるからです。結局「生きなきゃ」「経済を回さなきゃ」の勝ちなのです。ではこのタイミングで、事前に用意していておいた模範解答を。「環境を守るために個々人にできる全てのことをやりつつ、様々な方法で気候変動に関する社会的意識を向上させて、民主的な方法で選出された政府が企業の二酸化炭素排出を規制すべき」。この病気の本当の原因である「搾取のシステム」自体については触れずに、「民主主義」といった言葉を使って皆を気持ちよくさせればよいのでしょう。模範解答に拍手。ありがとうございます。

入ってきて、水の中も悪くないよ

 結局こんな話をしたところで、返ってくるのは「経済回さなきゃ論」とか「どの口が言う」などの皮肉です。「人間なら生まれてからずっとゴミを出しつづける。お前もその一人だから問題の一部じゃないか」「その考えだと最終的には人類そのものがいなくなればいいとか、自己否定になってしまうで」とか。運よく地球と他人の搾取に加担しない消費や選択ができる余裕があれば、「そんなのは持っているやつにしかできない趣味だろう」という嘲笑が。

 ……今すぐにでも泣き始めたいですが、あえて最後まで話してみましょう。じゃ、上にあげたようなラディカルすぎない模範解答で、十分なんでしょうか。二酸化炭素排出抑制を目指して様々な国々が参加したパリ協定。どれほどうまく行ってるか。今世界各国が行っている取り組みの倍以上頑張らなきゃ、合意した目標値は達成できないそうです。平和的な集会で「もっとやれ! もっと頑張れ! 環境を守れ!」と声をあげ続ければいいでしょうか。あ、そもそも気候変動を認めない市民たちの存在もお忘れなく。そんな否定論の人々の声が多ければ、パリ協定もクソも無視するのが民主主義の正しい有様なんですよね。一方で、市民たちが自らの声をあげにくい中国のような国は、今は二酸化炭素排出削減を誓っていますが、それをちゃんと遂行しているか、政府を監視できる力も、いざその方針を変えた時にそれを止められる力も、市民たちは持っていません。中国とアメリカなど二酸化炭素排出量の多くを占める国々の不十分な努力に対して、その国の市民でもない我々にできることが多いとは思えません。まぁ、自国の政治家に「もっと外交的圧力をかけろ」とか言えばいいですかね。しかし、内政干渉と言われないでしょうか。またそもそも発展途上国からすれば、排ガス規制など先進国の偽善、と言われないでしょうか。
 
 「5年後、10年後の大阪は暑すぎて住めないかも」と、未来のこととして気候変動が心配できる時点で、私は恵まれているでしょう。まだエアコンのある安全な部屋に住んでいて、仕事があって、いつスーパーに行っても食べ物が安く買えて。恵まれている我々に気候変動の悪夢は明日の悪夢ですが、恵まれていない誰かには、それは明日とかではなく今の悪夢です。気候変動がアフリカ諸国の貧困、農業と食料確保、居住の安全などに与える影響や、それによって加速化する政治的な不安定など……はい、もうあくびが出ますよね。そうです。いくら言ったって、意味ありません。今すぐ住める家がなくなって、食べ物が買えなくなって仕事がなくならない限り、どうでも良い話でしょう。頑張って他人の痛みに共感してこの問題について考えたくても、ある時点からは、私の心のスイッチはオフになります。もうこれ以上これについて考えるのは無理。これ以上共感して、怒って悲しんでなんて無理。もうこれ以上は……

 You say the ocean’s rising
 「海水面が上がっている」と君は言う

 Like I give a shit
 そんなことなんかクソも興味ないよ

 You say the whole world’s ending
 「世界がほろんでいる」と君は言う

 Honey, it already did
 ハニー、「ほろんでる」じゃなくてもう「ほろんだ」のよ

 You’re not gonna slow it
 君にそれを遅らせられる訳がない

 Heaven knows you tried
 頑張ったのはよく知っているよ

 Got it? Good. Now get inside
 分かった? よし。じゃ部屋の中に入れよ

 Bo Burnham - All Eyes On Me

バッド・エンドへようこそ

 「こんなの全部大げさだ」と言い続けるのが難しくなったら、「じゃもう終わりだから何もかも忘れて楽しもうぜ」ともなります。しかし、頭からつま先まで100%の臆病者である私は、全て忘れて楽しむことすら出来ません。とはいえ、自分の消費パターンやライフスタイルを徹底的に変えて、良心的に生きるために最善を尽くせるほどの度胸も誠実さも持っていません。何か「エコ運動」とかに人生をかけるとかが出来ないのは言うまでもなく。「それでも諦めちゃダメでしょ」とは言いながらも、結局は「みんなが俺みたいに知ってても行動しないだろうな」と思ったら、そもそもこんなことで悩む理由すら分からなくなってきます。
 世の中の終わり? いや、何とかなるでしょ。本当に状況が悪くなる前に政府や専門家が何かやるはずよ。何か「定期的に画期的な科学技術が生まれる」という説もあるんじゃない? 何か方法が見えてくるはずよ。イーロン・マスクとか、ジェフ・ベゾスとか、ビル・ゲイツが何かするでしょう。世界の救援すら私有化される世界。ディズニー・プラスを開いて、『アベンジャーズ』でアイアンマンがサノスと闘うシーンをもう一度観直します。このまま終わるはずがない。いや、そんな……
 
 「無知は『不動の状態』を表すのではない。無知とは能動的に達成するものである。そしてその無知を達成するためには『何を知らないべきか』を常に理解していなければならない」 
 “Ignorance is not a motionless state. It is an active accomplishment requiring ever-vigilant understanding of what not to know.”
 ──Matthias Gross & Linsey McGoey - Routledge International Handbook of Ignorance Studies
 
 この前東京に行った時、私のアルバムのプロデューサーの生まれたばっかりのあかちゃんを抱かせてもらったのですが、あの怖い顔をした私のプロデューサーのあかちゃんとは思えないほど、本当に本当に可愛くて可愛くて……自分の中の「子供が欲しいな」という考えが久々に戻ってきたのですが、帰りに渋谷のスクランブル交差点に立ち止まって信号を待っていると、やはり子供を持つことは、今の僕らにはできないと思いました。欲望を追っかけて、それとも生きるために鉄の都市を作って「経済を回していく」人間たち。そこに彼らと一緒に立って、未来を担保に今を生きている私。批判の声をあげると「どの口がいう」と叱られるこの世の中は、確かに誰かの搾取なしでは全く成り立たなくて、言い換えると、生きているだけで我々は非倫理的な活動に加担しているんじゃないかと思ってしまいます。こんな世の中に子供を連れてきて、その子もこの非倫理的なゲームのリングの上に立たせなければならないのでしょうか。いつの間にかリング自体が燃え始めて「何で地球を守らなかったの!」と責められたら、私はどう答えればよいでしょうか。「俺がこの火をつけたんじゃないよ! 俺が生まれた時にはもう既に燃えていたのよ!」と泣きながら抗弁すべきでしょうか。2050年になると、気候変動による難民が12億人発生するという記事もありましたよね。いやいや、そんなの、実際に起こる訳がない。12億人? 実際起こったとしても、そんなの後進国の話じゃない? 日本は安全だろう? スクランブルの信号が青に変わって動き出す人々。経済を回すために、私も歩き出します。やはり子供は産めません。反出生主義、と言われるものでしょうか。いくら欲しくて夢見ていても、私には出来ません。
 
Billy Joel - We Didn't Start the Fire (Official Video)

 壊れてしまった大地とそれによって壊れていく生活、そして未来に対する不安と絶望。これらのことを、最近は「気候悲嘆」と呼ぶらしいです。英語の「Climate grief」という言葉をそのまま日本語に訳したものですが、「気候悲嘆」よりも日本だと「エコ不安症」という言葉の方がより使われていますよね。「悲しむ・弔う(grieve)」という言葉より、「不安症」の言葉の方がより使われることが、ある意味すごく日本らしいとも思いました。気候変動についての私の話を聞いてくれた知り合いも、「モーメント、そんなことで病んでるとは知らなかった」と言ってくれたものです。愛しているものを亡くして「悲しむ」という人間の普遍的な感情・反応を、「病んでる」ことに置き換え、問題を個人の領域に孤立させて「異常状態」と見なす感覚。
 そこで私は「病んでるのではなく悲しんでる」と言いたいのですが、どうでもいいでしょう。正義感に酔った自己満足だと言われたって、まぁどうでもいいでしょう。時間がないのに、皆で動かなきゃいけないのに、我々を待っているのはシニカルな声です。「ビリー・アイリッシュが温暖化だ何だ言うのも、全部ファッションじゃないの?」「カッコいいから鬱で商売しているんじゃない?」という人に、じゃ彼女のようにこんなトピックについて歌うアーティストが日本の大衆音楽に居ないのは、日本の音楽業界は超オーセンティックでリアルだからですよね、と皮肉が言いたくなります。まぁ、誰もやっていないなら、私がやればいいだけの話。未来について話をすると怖くて、無力すぎて、彼女と一緒に泣いてしまった私の悲嘆が本当だろうが嘘だろうが、気候変動が本当だろうが嘘だろうが、世界が臨界点に近づこうがどうだろうが、稼げば終わりです。超甘いメロディで、これは正直ヒット曲の匂いがします。次回作のタイトルです。「Welcome to Bad End」。
 
 強くなれなくて
 賢くなれなくて
 また向かうマンデー
 最悪なサンデー
 「それでも明日は明日の日が昇る」とか
 Shut the fuck up
 もう間に合わない
 Welcome to Bad End

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著者略歴

  1. MOMENT JOON

    ラッパー。1991年生まれ。韓国出身。2010年に留学生として来日し、大阪を拠点に活動。「移民」である自身に焦点をあてた楽曲「井口堂」「ImmiGang」などを発表し、反響を呼ぶ。2019年には『文藝』(河出書房新社)に自身の徴兵体験をもとにした小説「三代 兵役、逃亡、夢」が掲載された。2020年3月にファーストアルバム『Passport & Garcon』を発表。最新曲は「DISTANCE(feat. Gotch)」。

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