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MOMENT JOON 日本移民日記

第10回 私の愛の住所は〈MOMENT JOON日本移⺠日記〉

あっという間に

 「あっという間に」という表現を初めて学んだ時に感じた「あ、これだ」という感覚は、日本語を学び始めて15年が経った今でも忘れられません。気づかないうちに過ぎてしまう時間の流れを「あっ」という声が出てくる刹那で測るその言語感覚が、なぜか自分にとても合うと、15歳の私は思ったのです。日本語を学び始めてから15年。本当に「あっという間に」時間が経ちましたね。「あっという間に」としか言えないことは、他にもいっぱいあります。ラップを始めてから16年、日本に住み始めてから11年、アルバムを出してから2年、連載を始めてから10か月……今すぐでもその時の自分が見えてきそうなのに、いつの間にかそのスタートポイントからはすごく離れた今ここに、私は立っています。
 日本に来たばっかりの19歳・20歳の時は、自分が何をやっても、少し時間が経てばそれが「恥ずかしい記憶」になってしまうことに、モヤモヤしていました。初めて日本語だけで書いたラップを録音して、それを大学のサークルのYouTubeチャンネルにアップして、数か月経って聴いてみると「これは恥ずかしくて聴けません」と、先輩に動画を消してくださいと頼んだり……「なんでそんなことしちゃったんだろう」「なんでそれに気づかなかったんだろう」と、いくら頑張っても未熟なままだった自分にモヤモヤしていた日々。逆に言えば、自分の中の「良いもの」「カッコいいもの」の基準がいかにも速く成⻑しすぎて、自分の能力がそれに付いて行けなかった、ということかもしれません。
 近い未来に「ダサい過去」になってしまう自分の「今」。それがどうしても嫌いで、そもそも何かに挑むこと自体を止めていた時期もありました。幸いに10年前と比べれば最近は、その不可逆的な「恥ずかしさ」に、ある程度は耐性がついてきたと思います(いや、それともこの文章自体を未来の私はまた「恥ずかしい」と思うでしょうか)。まぁ、自分の中の「良いもの」「カッコいいもの」の基準が、若かった時と比べればもはやそこまで激しく変わらなくなったのもあるでしょうし、「こんな歳で何を今更……」と、不完全な自分をそのまま受け止めるのに慣れてきたのもあると思います。
 それとも、それとも……昔から夢見ていたものを、ある程度は手に入れたから「今の自分」をもっと肯定できるようになったのかもしれません。「時間が経って振り返ってみた時に、今の俺はどう映るんだろう」とか「人の目にこれはどう見えるんだろう」よりも、自分の中の夢にある程度は答えられた今の自分に「よく頑張った」と、やっと言えるようになったのかもしれません。確かに「あっという間に」時間が経って今のここにたどり着きましたけど、自分を肯定できるようになるまでの旅は、決して「あっという間に」起きたと感じられません。自分を「愛せる」ようになるまでの旅。

壊れた前⻭

 まずは見た目から変えなければなりませんでした。160センチメートルの身⻑で65キログラムの体重、ニキビだらけの顔とドデカい眼鏡。2010年の3月に関⻄空港に着いた19歳の私にもし会えるなら、言ってあげたいのです。「あなたが綺麗かどうか、美しいかどうかは、あなた自身が決めるのよ」と。しかし、小学校を卒業してから身⻑が伸びなかった私のことを心配しすぎて「背が伸びるものなら何でも」飲ませて・食べさせて・やらせた親を持つ私に、そんな優しい言葉を言ってくれる人は、残念ながら一人もいませんでした。
 日本に住み始めて3か月で15キロも痩せて、いきなり細い体を手に入れて、高校の時は想像も出来なかった格好に挑戦したりもしましたが、それでも自分の見た目に対する自己嫌悪は、なかなかなくなりませんでした。人から「カッコいい」と言われたり「可愛い」と言われたり……いわゆる「デブ」だった昔の自分には想像すらできなかった、きっと嬉しいはずのことなのに……筋トレをして筋肉をつけるべきなのか。眼鏡を外してコンタクトを使うべきなのか。もっとフェミニンなスタイルに挑戦してみようか?  それともやっぱもっとヒップホップ的なスタイルを勉強すべき?  ブランドが必要なの? 雑誌も、鏡も、他人の意見も、ブログやYouTubeも答えにならなかったその時の悩み。
 私を愛してくれる人に出会ってから、やっと気づいたのです。私に必要だったのは「カッコいいかどうか」を判断してもらえる「認定」ではなく、判断以前に、私自体を肯定してくれる「愛」であったことを。自分の親、または自分の親の美意識を形成した韓国社会からはもらえなかった「愛」を私に注いでくれたありがたい人々のおかげで、空っぽだった自分の中にも、少しずつ「愛」が満ちてきたのです。
 もちろん「見た目」に関する自分の悩みなどが全くなくなった訳ではありません。ついこの前の第8回で、自分の金髪についてあんなに⻑い文章も書きましたしね。それでも、その悩みを一瞬だけポケットの中に入れてもう一度鏡を眺めてみると、鏡に映るその人が、私はそこまで嫌いじゃありません。美人である母に似ている顔の骨格、仏様のような大きな耳たぶ、12歳で壊れてからずっと治していないままの前⻭、何年も私の目になってくれた古い眼鏡。弱くて、頑固で、たまにはのんきで隙間だらけの自分が見えてくるこの顔と体を、私は愛しています。

足かせを外して

 「見た目」に対する自己嫌悪よりも抜けにくかったのが、自分の日本語に対する嫌悪感でした。この連載の第2回の『日本語上手ですね』を読んだ方には分かると思いますが、非母語話者が使う日本語をめぐる日本社会の意識は、皆が思うよりも複雑でデリケートです。
 どうしてもネイティブでないことに気づかれて、周りから「異質なもの」と見られる原因を提供する自分の日本語について、私は「舌に足かせがついている」と書きました。自分の経験を描写するための的確な表現だとは思いますが、100%正しい表現とも思いません。
 私の平坦なイントネーション、たまに間違う漢字の読み方、異色な言葉のチョイスから「足かせ」の音を聞く人も、少なくないでしょう。しかし、ぶっちゃけいってそれは彼らの問題なのです。私からすれば、日本語が理由で自分が思って・感じて・考えたことが伝えられなかったことは、今まで特になかったですもの。むしろラップや文章など、日本語でしか出来ないことがいっぱいで、他の言葉では無理なことが多いぐらいです。反射的に出てくる私の「痛っ」「熱っ」「寒っ」を聞いて「イントネーションがおかしい」とか「発音がおかしい」とかいくら言われようが、私にとってはこれが私の「普通」なのです。
 他の人の「普通」に自分の「普通」を合わせようとして焦らない余裕。その余裕を手に入れるにも、本当に⻑い時間がかかりました。怖くて、緊張して、いつも「間違っているんじゃないか」と心配しながらも何とか勇気を出して世に出した私の歌詞と文章が、いつの間にか誰かに会話のきっかけを与えたり、誰かの感情を呼び起こして心を動かしたり、その結果ビジネスやお金が回ったり……不安を抱いて踏み出した一歩から⻑い時間が経った今、振り返ってみたら、第三言語の日本語を用いて私が成し遂げたことは、決して少なくありません。
 そして、私が成し遂げた全てのことの裏には、いつも「あなた」がいました。皆と違うからと言って私を変わったもの扱いせず、一人の人間として見てくれて、私の音楽と文章を媒介に私と会話をしてくれるあなた。そんなあなたがいたから、私は「ネイティブみたいな日本語」や「普通」という足かせから少しでも自由になれたのです。日本語の話だけではありません。私の絶望の話、ヒップホップとラップの話、井口堂の話、世の終わりの話、在日の話、移⺠の話。今まで10回にわたって書いてきた全ての話は、私の話であると同時に、あなたの話だったのです。

孤独の住所も、愛の住所も

 この「日本移⺠日記」の構想自体は、岩波書店の『図書』という月刊誌に私が書いた一つのエッセイから始まりました。「僕らの孤独の住所は日本」というタイトルで書いたその文章で、私は日本に住むことで出来た孤独を、日本に住む人々に分かってもらえないことの寂しさについて書きました。今もう一度読んでみると、確かに恥ずかしくはありませんが、一つ付け加えたいことが見えてきます。孤独の住所が日本、であるだけではなく、私の愛の住所も日本だと、書き加えたいのです。
 この連載で、私は何度も「あなた」について言及してきました。「あなた」はどんな人なんだろうか、常に想像しながら、声をかけて、質問をして、たまにはあなたから言われそうなことを先に予想して書いたりしました。私が日本で見てきた全ての人々の顔が、その「あなた」を作っています。優しい言葉をかけてくれた人、私を傷つけた人、一緒に苦しんで一緒に涙をこぼした人、激しくぶつかった人、愛している人、憎んでいる人……その全ての人々を「あなた」と称して、私は書いてきました。あなたがどんな人か、正しく把握することは私にはできません。上にも書きましたように、今まで私が会ってきた人々をベースに、何となく想像することしか。オンラインやオフラインで私に直接声をかけてくれたり、私が作ったものに反応している人でもなければ、あなたがどんな人なのか思い描くことは、更に難しくなります。
 それでも私は、あなたを愛しています。「愛? そもそも私のことを知らないのにどうやって愛せるの?」と思うでしょう。あなたがどんな人であれ、あなたに会った瞬間、あなたから私自身の姿が見えてくることを、私は知っています。隙間だらけで、怖がっていて、感情に溢れて、未熟で、美しくて、冷たくて、不完全な姿をあなたから見つける瞬間、私はあなたを憎めなくなります。あなたと私の間の共通点、その一つだけで、私はあなたを愛せるのです。理由は、それだけです。その愛が浅いか深いか、熱いか冷たいか、小さいか大きいかも、関係ありません。「国籍・見た目・性別とか関係なく皆同じ」といったロマンチックな話がしたい訳ではありません。私とあなたの考え方、話し方、政治的意見・性的指向・通帳の残高・音楽の好み……その全てにおける共通点と違いによって、あなたと私がどんな関係を作るのかは千差万別に変わるでしょう。
 それでも、それでも、私は、あなたを愛しています。私と一緒にこの地で生きているあなた。私の声を聞いてくれるあなた。そんなあなたに出会えたここ、そしてこれからも出会っていくここ日本は、だから私の愛の住所でもあるのです。須藤さん、シバさん、マリア、ラウフ、ヒョリさん、ノアさん、⻫田さん、斎藤君、ライさん、ゆうき、ナタシャ、白石さん、キングさん、上倉先生と輪島先生、Jinmen君とAce Cool君、チビちゃん、テジュン、加藤さん、名前を思い出せない数百人の人々と、これを読んでいるあなた。移⺠として、ラッパーとして、韓国人として、留学生として、そしてキム・ボムジュンとして会ってきたあなた。自分を愛せなくて、どこへ進めば良いか分からなくて、たまには邪悪で怖いほど冷たい私に、あたたかい何かを与えてくれたあなた。私にとっての日本は、日の丸でも政府でも、富士山でも天皇制でもなく、あなたです。そんなあなたとこれからも一緒に生きていくことを、心から望んでいます。くれぐれも、お元気で。ありがとうございます。そして、愛しています。

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著者略歴

  1. MOMENT JOON

    ラッパー。1991年生まれ。韓国出身。2010年に留学生として来日し、大阪を拠点に活動。「移民」である自身に焦点をあてた楽曲「井口堂」「ImmiGang」などを発表し、反響を呼ぶ。2019年には『文藝』(河出書房新社)に自身の徴兵体験をもとにした小説「三代 兵役、逃亡、夢」が掲載された。2020年3月にファーストアルバム『Passport & Garcon』を発表。最新曲は「DISTANCE(feat. Gotch)」。

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