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3.11を心に刻んで

中澤正夫〈3.11を心に刻んで〉

2011年5月4日、福島県相馬市のある家に、全国から精神科医療保健福祉関係者が集まりました。このとき無意識に撮った写真はいまでは私の宝であり、(略)多くの方との出会いや別れがありましたが、すべてがわたしを支えてくれたキセキだと思います。
(米倉一磨「精神科看護」2017年7月号、精神看護出版)

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  福島県の浜通り北部に位置する相双地区に、入院ベッド900床、2診療所あった精神科治療機関は、原発苛烈事故によって施設ごと避難したため、あとに巨大な精神医療空白地帯ができてしまった。避難する必要のなかった北半分の地域(新地町・相馬市・南相馬市)には、外来治療中の多数の患者が残され、薬も切れていった。福島医大精神科から発せられた ‘檄’ に応じて、全国から精神科医療関係者が救援にはせ参じた。私もその一人であった。
 当然、この空白地帯にどんな精神医療を展開していったらいいのか、否、展開できるのかと、誰もが考えた。大震災前からこの地区には「地域生活支援研究会」という小さなグループがあった。病院や小規模作業所などに勤める看護師や心理士、ケースワーカーなどが会員で、みな踏みとどまって、全国からの支援者や福島医大心のケアチームと協働し、討論を重ねていった。
 その中から生れたのがNPO法人「相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会」(通称、なごみ)である。とりあえずの資金は、県からの「心のケア事業」委託金である。また、仮診療所で診ていた外来患者さんを支えるための精神科診療所を相馬市に開設した。そのよちよち歩き、ハプニングつづきの様子は、現所長の米倉一磨氏の「精神科看護」誌連載「喪失と再生に関する私的ノート」に詳しい。
 いまの「なごみ」は病気を治そうとはしていない。病気を抱えながらもこの地で生きていけるよう「生活支援」に徹している。その動きは、今のこの地の復興への動きに同調している。一番の「ライフラインは人」であることの徹底である。病人であるか否かは問わず、役に立つ人たちと、役に立つことならば、すぐに結びつけ紡ぎ合わせてしまう、おせっかいと親切を巧みに使い分ける、素晴らしいソフトを共有する多職種チームに成長している。まだまだ小さな動きであるがこれからの展開に期待している


(なかざわ まさお・精神科医)

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