web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

3.11を心に刻んで

生源寺眞一

冷静な頭脳とあたたかい心情をもち、彼らをとりまく社会的苦悩と取り組むためにその最善の能力のすくなくとも一部を進んで捧げようと志し、……力の及ぶかぎり努力しないうちはけっして満足に甘んじることのないようにと決心した、そういう人たちの数をいっそう多くしよう。
(J.M.ケインズ『人物評伝』熊谷尚夫・大野忠男訳、岩波書店)

*  *


  早いもので福島大学に着任して1年が経過した。2019年4月の農学系新組織開設の準備が任務である。新組織の名称には食農学類が予定されている。近年、農学系学部新設のニュースがちらほら伝わってくるが、東日本大震災と原発事故からの復興の取り組みの一環である点に、ここ福島の特徴がある。復興作業が本格化するにつれ、県内の自治体や農林業関連団体などから、農学系の教育研究組織を求める強い要請が寄せられた。農林漁業と農山漁村の再生には現場に即した科学的知見が求められ、専門的な人材の養成も急務だとの認識からであった。
 とくに若い人材の育成について、食農学類は実践性・学際性・国際性・貢献性の4つの目標を掲げることにした。いずれも復興と関わりがあるが、とくに貢献性の目標は原発事故に伴う長期の課題を強く意識して、次のように表現した。


「震災・原発事故からの復興に深く関わる本学類の農学教育は、歴史的・国際的にも類例のない取り組みである。科学的なエビデンスと論理性を大切にする冷静な分析力を身に付けるとともに、長期の時間視野から地域貢献の意義を理解できること。」


  この文章を起案した際に念頭にあったのが、冒頭の引用文である。経済学の始祖のひとり、A.マーシャルが1885年にケンブリッジ大学で行った教授就任公開講義の一節だ(原文は非常に長いセンテンスで、今回は前後・途中を削って半分以下に圧縮)。最初の「冷静な頭脳とあたたかい心情」のフレーズは、あるいはご存知かもしれない。原文ではcool heads but warm heartsである。マーシャルは研究者を念頭に置いていたようだが、むろん食農学類の卒業生には地域の産業や自治体で実務に携わる若者も多いに違いない。だとすれば、warm hearts but cool headsのほうがぴったりくるかもしれない。
 ともあれ、食農学類は温かい眼差しと冷静な分析力で地域貢献を持続できるパワーを育むことを目指す。カリキュラムにも工夫を凝らすつもりだ。けれども、この目標に近づくためにもっとも大切なこと、それは私たち教員自身がcool heads but warm heartsを体現し続けることであろう


(しょうげんじ しんいち・農業経済学者)

バックナンバー

閉じる