web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

3.11を心に刻んで

瀬尾夏美

明日はあえて震災の話はしないぞ。これからのことを、希望の話をするんだ。
(2014年1月4日、陸前高田市内、写真館店主)

*  *


  2014年1月、陸前高田の仮設店舗の写真館で、私はこの言葉を聞いた。言葉の主は私の働いていた写真館の店主であり、陸前高田市消防団の団長であった。明日は出初め式で、店主は団長として団員の前に立ち、訓辞を述べるのだ。彼はいつものように店に現れ、テレビの前に座ってゆっくりとコーヒーを飲んでいた。私が「明日は何を話すんですか」と声をかけると、うつむいたまま「何も決めてねえ」「あいつらの顔を見てから決める」と言う。しばらく他愛もない話をしたのち、彼はふらつきながら席を立って、冒頭の言葉をつぶやいた。
 店主は当時病に侵されていて、余命が短いことを本人も周りの人たちもよくわかっていた。彼はあまりに大変な境遇にあったと思う。震災当日、避難誘導にあたっている間に自らも流され、竹やぶにつかまってなんとか生きながらえたが、その時家族がふたり亡くなっていた。それに加えて陸前高田市は、東日本大震災に遭った市町村の中で、消防団員の殉職死者数が最も多く、店主は部下を守れなかったことを強く後悔していた。愛するまちもすっかり消失した。若い頃からまちの中心人物であった店主は、生き残った人たちに、「これからも引っ張っていってほしい」とすがるように期待された。よって、震災の翌日からは、まちや誰かのための仕事を必死にこなす日々。けれども、日常のはざまでひとりになると、どうしようもなく膨れた悲しみと無力感に襲われて身体が動かなくなる。
 それでも彼は、震災から3年が経とうとする2014年の出初め式で、希望について話そうとしていた。結局その年は式が開催されなかったため、店主の言葉の続きは誰も聞くことができなかったけれど、彼が思い描いていた希望がどのようなものだったのか、震災後の日々の中でそれをどのように導き出していたのか、今あらためて、聞いてみたかったなと思う。
 震災から7年。流されたまちには土が盛られ、まあたらしい商店街が出来た。青い山を伐ってつくられた住宅街にはぽつぽつと家が建ち、暮らしのにおいがする。店主が眠る高台の墓地からは、ひらけたまちの灯りが見える。
 彼が語ろうとした希望が、きっとここにある。そう思うと同時に、それは手の届かない遠い場所に、まだ、まぶしく浮かんでいるままのようにも思える

(せお なつみ・画家、作家)

バックナンバー

閉じる