web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

3.11を心に刻んで

照井 翠

排水溝など様々な溝や穴から亡骸が引き上げられる。赤子を抱き胎児の形の母親、瓦礫から這い出ようともがく形の亡骸、木に刺さり折れ曲がった亡骸、泥人形のごとく運ばれていく亡骸、もはや人間の形を留めていない亡骸。これは夢なのか? この世に神はいないのか?
(照井翠『龍宮』角川書店)

*  *


  私は、勤務する釜石高校で生徒の指導中に震災に遭った。そのまま、生徒たちと共に、高校の体育館での避難所生活に突入した。
 幸いなことに、学校にいた生徒たちは全員無事だった。しかし、生徒本人が生き残っても、親や兄弟、祖父母など大切な家族が津波に呑まれた。携帯電話で、自分の住む集落が津波に呑まれる映像を見ていた生徒は「ああ、もうだめだ」と呟いた。隣の生徒は「家にばあちゃんがいる」と言ってうなだれた。
 避難所には、近隣の住民が続々と避難してきた。みな一様に震え、放心状態だった。その中に、まさに先日生まれたばかりの赤子を抱きかかえ、途方に暮れるご夫婦がいた。更には、今日が出産予定日だという若き夫婦も不安げに立ち尽くしていた。 生まれゆく命と死にゆく命。あの、雪のちらつく冷えきった体育館で、生と死が交錯していた。我々生の側にいる者は、広い体育館に三つほどのダルマストーブを幾重にも取り囲み、僅かな暖を取っていた。しかし、その間にも、刻一刻と多くの尊い命が喪われていった。太平洋の遥か沖合で、瓦礫の下で、樹のてっぺんで、堆積した泥の底で……。
 死にざままでを含めて、人の生きざまと捉えるならば、こんなにむごい生きざまがあるだろうか。こんな理不尽で不条理な生きざまがこの世にあっていいのだろうか。
 地球は、自分のリズムで呼吸をしている。地球は、時折大きなくしゃみをする。地球に仮住まいをしている人間が、地球での生活に希望を抱き、幸せになろうとするのは、身勝手で虚しい願望なのかもしれない。
 しかし、やはり人として生きている以上、人生に夢を描きたい。希望や願いで胸を温め、感動で涙を流し、魂を揺さぶられたい。
 この震災は、終わらない。「震災後」という日々に終わりなどない。ならば、生かされて在ることに感謝しつつ、一日一日を大切に生きてゆくしかないと自らに言い聞かせる

 

(てるい みどり・俳人)

バックナンバー

閉じる