web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

研究者、生活を語る on the web

二児の母のワンオペ育児・研究クエスト<研究者、生活を語る on the web>

髙橋由紀子

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所

 森林病理学(樹病学)の研究者です。樹木に病気を起こす菌類の生態や、病害の発病機構の研究をしています。夫婦で任期付き研究員(ポスドク)をしていた時に第一子が誕生し、1歳を過ぎたころに夫が県外の大学に職を得て転出して以降、ワンオペ研究生活を送っています。最近第二子が誕生し、4カ月の休職を経て、育児にウェイト多めの研究生活を再開しました。

平日の一日──小人と赤子と私、ときどき夫

 我が家の朝は、夫からのFacetimeの着信音で始まります。もともと朝が弱い質に加え、生後半年の赤子(第二子)の授乳で寝不足の私は、ゾンビのように布団から這い出して、Facetimeの通話ボタンとテレビをONにします。
 小学1年生*1の小人(第一子)を起こしつつ、朝食の支度と並行して、小学校と保育園の準備をします。子ども二人を同時に相手はできないので、まずは小人の支度を進め、小人の準備ができたら赤子を起こして支度をはじめます。
 夫が出勤するタイミングで通話を終了するのを皮切りに、全員で家を出て、自家用車で順番に送迎します。小学校を8時、保育園を8時20分に出て、通勤ラッシュを抜けて8時45分に職場に到着。そこから、メール対応や研究業務、学会の仕事などをこなし、昼には30分程度、母乳育児を継続するために搾乳します。午後は午前の続きをしたり、実験や圃場作業をしたりします。
 帰りは帰宅ラッシュを避けるために就業時間を前倒しし、17時頃に退勤します。学童保育に小人、保育園に赤子を迎えに行き、車移動中に小人と夕食のメニューを決めます。18時過ぎに帰宅したら、20分で夕食の支度をし、その間小人には学校の事務連絡や宿題をするよう声がけし、布団の上で奇声を上げる赤子にも目を配ります。夕食を配膳し、小人が食べ始めたら、赤子に離乳食を与え、授乳します。子どもたちが食べ終わったら、19時のニュースを見ながら自分の夕食を取ります。夕食が済んだら食器を下げて予洗いし、食洗器をセットしますが、赤子の機嫌が悪ければ赤子の相手をし、隙があれば洗濯物をたたみます。
 20時前にお風呂を沸かし、準備ができたら入浴します。この間に夫からまたFacetimeが着信し、一日の出来事を報告しあったり、小人と夫がゲームに興じたりしますが、入浴時間が後ろにずれ込むこともしばしばです。20時30分には強制終了して入浴します。脱いだ服を入れたら洗濯機をスタートし、うまくいけば風呂上がり、ダメな場合は寝かしつけ後に洗濯物を干します。入浴後は子どもたちに保湿剤を塗り、小人には歯磨きと持病の薬の服薬、赤子にはミルクと母乳で寝かしつけし、21時30分に消灯します。

 

二児の母のワンオペ育児・研究クエスト<研究者、生活を語る on the web> 01
平日のスケジュール(例)。

Facetimeでつながる

 夫は、県外に移って以降、平日にはこうしてオンラインでつながり、1~2週間ごとの週末にこちらに通ってくるという生活を続けています。
 初めての二人暮らしが始まったときも、もう一人増えた今でも、幼い子どもたちはiPadの画面に映る父に喜びます。ふだん顔を見て声を聴いていると、夫が帰宅したときにも「誰?」とならずに済みます。夫にとっても、幼い子の日々の成長を目にすることができる貴重な時間です。
 私にとっては、Facetimeは子どもを見てくれる目になります。お風呂の準備などでどうしても子どもから目を離さなければならない時に、誰かの目が届いているというだけでも大きな安心感があります。一子が大きくなって自分の時間を自分で過ごせるようになると、お互い接続している画面から姿を消し、空間をつなげているだけになることもありましたが、オンラインゲームをやり始めてからは、Facetimeで実況中継しつつ、親子で同じゲームの世界を過ごしています。第二子が生まれた後も、(上の子が下の子をあやしてくれることもありますが、気分にムラがあるので)見守りは相変わらず夫の役目になっています。
 私があわただしく家事をする画面の向こうで、夫が布団に入ってゲームをしているのを見るとモヤモヤした気持ちになりますが、遠隔地でできることは限られているので、夫には現在の科学技術で可能な限りは役に立ってもらっていると思います。500 kmの距離を一瞬で超えられるツールの存在は、我が家には欠かすことのできないものとなっています。

ワンオペ出張研究クエスト

 一子も二子も、離乳前までは母乳とミルクの混合栄養で育てていたので、基本的には遠方への宿泊を伴う出張はしませんでした。
 一子が離乳して1歳を過ぎ、保育園の利用時間も少し延びて、近場であれば問題なく出張できるようになった頃の3月、前述のワンオペ研究生活が始まりました。幸いにしてその年の4月から現在の職場で常勤職として採用され、自分が研究代表者の課題を始めるのに合わせて、野外調査を再開しました。
 この時に研究対象としていたのは天然林に棲んでいる菌でしたが、このような場所は基本的には山深く、最寄りの鉄道駅からも車で1~2時間移動する必要のある場所です。日本各地の天然林での調査計画を立てるわけですが、まず行けるのかという問題があります。Google Mapで自宅から目的地までのルートと時間を検索しますが、自宅を出発して保育園の開園時間から子どもを預けて駅に向かい、電車と新幹線で目的地の最寄り駅に到着、そこからレンタカーの店舗まで歩いてレンタカーを借り、車で目的地まで移動して調査開始。帰りは保育園の閉園時間前までに迎えに行けるように逆算して調査を終了する必要があります。ジョルダンでバスや鉄道、飛行機の乗り換えを検索し、分刻みのスケジュールを立てます。
 日帰りしようとすると、目的地はどうしても近場に限られてしまいます。そこで、子どもが未就学の場合、次なる選択肢として浮上するのが、子連れ宿泊出張です。目的地の近くに利用可能な一時保育施設があるかを調べますが、通常の一時保育サービスは各自治体に在住する人が利用することを前提としているので、他所から訪れる人が利用できる場所はほとんどありません。ここで、職場のダイバーシティ推進室の出番です。利用契約をしている民間保育施設があるので、条件が合えば同伴出張も可能です。前述の旅程に宿泊先と民間保育施設までのルートを加えて、出張計画を立てます。しかし、これもやはり、天然林のあるような場所の近くには、そうそう利用できる施設はありません。
 そこで、最後の手段は夫の召喚です。夫の帰ってくる週末に、出張旅程の一部を被せます。金曜日の朝に私が子を保育園に送り出してから出発し、夕方に単身赴任先から帰ってきた夫が迎えに行って子の世話をし、私は夜遅くか翌日土曜日に帰宅する。あるいは、私は日曜に出発し、翌日月曜日に夫が子を保育所に送り出した足で単身赴任先に出勤し、その日の夕方に出張先から帰ってきた私が子を迎えに行きます。一子が就学するまでの6年間を通じて、このパターンが一番多く、二子誕生以降もおそらく、このパターンでしか出張できないだろうと感じています。
 一方で、タイトなスケジュールを立てても、初めて行く現場では予想外のことが起こります。携帯電話の電波も入らず、林道には落石が多く転がっていて、路肩は崩落しかけているなどということは、地図には載っていません。何かトラブルが起これば、家に帰れないばかりか、帰りを待つ子が路頭に迷うかもしれない。極端に選択肢がない上に、絶対に倒れられないプレッシャーがのしかかる、セーブもリスポーンもできないクエストは、とても一人でクリアできるようなものではありません。程度の差はあれ、フィールドワークに携わる研究者は、誰しもが抱える課題なのではないかとも思います。研究にウェイトを置こうとすればするほど苦しくなるし、解決方法もわからないし、共有できる人もいない。そうなると、究極の答えは「諦める」にならざるを得ないのが現状かもしれません。

正直うらやましい

 生活と研究をともに回す中で、大変なことは肉体的な健康はもとより、メンタルヘルスを維持することです。我が家の場合、夫は同じ分野の研究者で年齢も同じであり、産前産後の休業期間も、私自身は4カ月、夫は3カ月で、二人同時に復職しています。違うのは業種と所属、家庭責任のレベルですが、競争的獲得資金の申請などで考慮の対象となる休業期間はほぼ同じでも、結果だけ見ると論文数には大きな差が生まれています。本人の能力や携わる業務内容の違いがあるにせよ、日々の子どもの送り迎えや家事などの、休業期間のような記録に残らない時間と労力の差は考慮されることはまずありません。
 「夫婦別居で子どもを育てながら研究をしています」というと、日々ままならない私のほうは「大変だね」と言われ、遠方から週末に新幹線で帰省する夫は「偉いね」と言われます。内心、〈偉いのは私だが?〉と思ったり。「業績が出ないのはしょうがないよ」とも言われますが、何がしょうがないのか。
 フィールドワークに行くために、何時間もかけて調査計画を立てたりしないで、「ちょっと何日から何日までどこに行ってくるわ」って言ってみたい。登園登校時間よりも早出して、降園下校時間を気にせず残業したい。送り迎えに費やす時間をそのまま、実験する時間に充てたい。家で本を読んだり、あわよくば論文を書いたりもしたい。何より夜にぐっすり眠りたい。しょうがないと思いたくないし、諦めたくもない。でも体力的に無理。
 思うように研究できないこと、研究業績が出せないこと、自分の時間がないこと、絶対に倒れられないこと。これらのおかげで、職場のメンタルヘルスチェックでは「高ストレス状態」しか出たことがありませんが、医師面談を受けても結局、ストレスをなるべく感じないように穏やかに過ごすぐらいしか、できることがないのです。
 唯一の救いは、生活と研究との切り替えが気分をリセットしてくれることです。朝、育児で疲弊して、もう嫌だとなっても、出勤したら一人の研究者に戻れ、また一日働いて、行き詰まりを感じても、終業ベルが鳴って階段を降りるときには子どもたちに会うのが楽しみになる。こればかりは〈いいだろう?イヒヒ!〉と、思わざるをえないわけです。

 女性研究者がロールモデルを語る本を読むと、夜中に論文を書いたりバリバリ活躍されていたりするスーパーウーマンばかりで、読んだ後には大概心が萎れます。しかしこれ自体生存者バイアスで、実際の世の中は、もがき苦しみながらも細々と研究を続けている人のほうが多いのではないかと思います。私自身は全く両立できておらず、毎日山盛りの洗濯物の横で寝ていますし、そもそも夜更かしすると子どもへの当たりが強くなるので、22時には寝ます。夕食がマクドナルドのハッピーセットになるときもあります。それで子どもたちがハッピーかは、彼らが大人になったときに聞いてみないとわかりません。
 一子に「どうしてうちはばらばらなの?」と聞かれたとき、答えに窮しましたが、「かっか(母)もとっと(父)も、ほかの人ができないことをしているからだよ」と答えました。自分しかできないことをやっているんだという矜持だけが、日々の自分を奮い立たせているようにも思います。同じような境遇の研究者の人も、あるいは研究者でなくとも、仕事を持ちながらワンオペの母親業をしている人も、きっとその人にしかできないことをしているのだと思います。そうしてうまくいかないなりに頑張っている人たちが、報われる社会であってほしいと願ってやみません。

 

*1 原稿執筆当時(2023年3月)。4月から小学2年生となった。第二子も4月から保育園が変わったため、現在はタイムスケジュールが微妙に変わっている。

 

髙橋由紀子 たかはし・ゆきこ
1981年生まれ。国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所きのこ・森林微生物研究領域主任研究員。専門は森林病理。2009年に東京大学大学院農学生命科学研究科で博士(農学)の学位取得後、同研究科で特別研究員、日本学術振興会特別研究員(PD)(東京大学大学院新領域創成科学研究科)、森林総合研究所特別研究員を経て2017年より現職。

タグ

バックナンバー

ランキング

  1. Event Calender(イベントカレンダー)

国民的な[国語+百科]辞典の最新版!

広辞苑 第七版(普通版)

広辞苑 第七版(普通版)

詳しくはこちら

キーワードから探す

記事一覧

閉じる