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3.11を心に刻んで

菊川 穣

相馬市の復興は、これから20、30年はかかることと思います。それは私たちの人生そのものでもあります。私たちは、相馬市の未来作りに役立つ人間になれるよう、しっかりと学び、考えていきたいと思います。
(相馬の子どもが考える東日本大震災発表会、2011年11月6日)

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 震災直後から、私は日本ユニセフ協会の震災支援事業コーディネーターとして東奔西走していた。困難にもかかわらず、岩手、宮城では前を向いて行こうとする人々と多く出会ったが、原発事故があった福島では、故郷に対する不安を大人も子どもも抱えていた。そうした中、相馬市と実施した発表会で、当時小学校6年生による冒頭の言葉を聞いた。復興が今後の人生と重なると理解し、自分を奮い立たせている子どもの姿に、胸を締めつけられた。いずれ物理的な支援は終わり、一定の安定を取り戻すだろう。しかし、子どもたちが抱えた傷は深く、寄り添った支援が継続的に必要ではないか、自分には何ができるのか、悩むようになった。
 「エル・システマを知っているか? ベネズエラで始まり世界に広がっている、音楽活動で子どもたちを困難から救おうという取組みだ。まさに、今の福島に必要ではないか」。仙台に演奏にきたベルリン・フィルのホルン奏者に語りかけられた。エル・システマのことを知ってはいた。子ども時代の自らの経験や、国連勤務で9年弱過ごしたアフリカで、音楽が困難な状況にある人々を鼓舞し精神的な支えになることを思い出した。これなら室内でできる。上達の先に見える景色もあるだろう。子どもたちの将来を憂い、動かなければと考える相馬の大人たちに背中を押され、家族も賛同してくれた。国際核戦争予防医師会やピアニストのマルタ・アルゲリッチの応援にも勇気づけられた。エル・システマジャパンを設立し、心の復興を目指した誰もが参加できるオーケストラやコーラスを始めることは、宿命だったのかもしれない。今年3月に亡くなった創設者アブレウ博士は、日本での誕生を喜び、2013年来日した。
 設立から6年強、エル・システマが生んだ天才指揮者グスターボ・ドゥダメル、ベルリン・フィル、ストラディバリ弦楽器製作学校等、海外の音楽家、関係者がさまざまな形で支えてくれた。経験豊富な国内の音楽指導者も協力してくれた。なにより、ベネズエラ、米国、アンゴラ、台湾等、世界各国のエル・システマの若者たちとの交流を通して、相馬の子どもたちは多くを学び、成長した。子どもたちを見守ってくれている家庭、学校、地域にも活力が生まれてきた。
 冒頭の少年たちの学年は、今春、高校を卒業した。オケ所属だったひとりの少女は、まさに相馬の復興に貢献するための音楽指導者を目指し音楽大学に進学した。いまなお資金集めには四苦八苦であるが、今後も、希望するどの子も社会、経済的に包摂していけるような音楽活動を、目指していきたい。

(きくがわ ゆたか・エル・システマジャパン代表理事)

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