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3.11を心に刻んで

賀曽利隆

「地震のあと、大津波警報が出たのは知ってましたが、どうせ50~60センチぐらいだろうと思ってました。まさかあんな大きな津波が来るなんて……」

(福島県相馬市の蒲庭(かばにわ)温泉「蒲庭館」の若奥さん)

*  *


 東日本大震災の2カ月後に聞いた話だ。
 3月11日の大津波の襲来時には高台にある小学校で、お子さんの謝恩会の最中だったという。そこからは巨大な黒い壁となって押し寄せてくる大津波が見えた。黒い壁は堤防を破壊し、あっというまに田畑を飲み込み、集落を飲み込んだ。多くの人たちが逃げ遅れ、この磯部地区だけでも250余名の犠牲者が出たという。蒲庭温泉「蒲庭館」は海岸近くにもかかわらず、高台にあるので無事だった。
 今回の東日本大震災の大津波は東北の太平洋岸の全域に押し寄せたが、仙台以北は何度となく大津波に襲われている。近年だけでも明治三陸大津波(1896年)、昭和三陸大津波(1933年)、そして今回の平成三陸大津波(2011年)とたてつづけだ。ところが仙台以南は1611年の慶長大津波以来、400年間、津波らしい津波には襲われていない。そのような時代の背景があって、大津波警報が出ても「どうせ50~60センチぐらいだろう」と、多くの人がそう思っていた。そのため海岸まで津波見物に行って命を落とした人も少なくない。
 蒲庭温泉「蒲庭館」には翌2012年の3月に再訪したが、そのときには若奥さんから次のような話を聞いた。
 「被災したみなさんは1年たってもまだ現実を受け入れられないのです。悪夢を見ているのではないか、朝、目を覚ませば、また元の村の風景、元の家、元の生活に戻っているのではないかって、思っているのです。あまりにも一瞬にして多くの人命と財産を失いましたからね」
 東日本大震災の大津波は未曽有の大災害。ぼくはその跡を見ようと、今年も3月11日に「鵜ノ子岬(福島)→尻屋崎(青森)」の東北太平洋岸全域のバイク旅に出た。今回が20回目になるが、命つづく限りはつづけるつもりだ。

(かそり たかし・冒険家・ツーリングジャーナリスト)

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