web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

3.11を心に刻んで

艸場よしみ

「人はこの世からいなくなっても、第三の世界に記憶として生き続けることができる。そのために人間を磨くのです」
(佐藤文隆、2010年はじめて会ったときの会話より)

*  *


 10年ほど前、死ぬことがとても怖くなった。友人が立て続けに亡くなり、自分の体にも異変が起きて医師から不安な話を聞かされて、死がリアルに迫ってきたのだ。
 いつか分からないけれど、死は確実に訪れる。でも永遠に死に続けるなんて耐えられない。私は、その恐怖を和らげるための言葉がほしくなった。そしてそれを理論物理学者に求めた。
 こういう話はふつう、科学ではなく宗教に求めるものだと思うが、私には宗教の死についての語りに「考え方次第」という感じを持っていて、それよりも科学的な根拠を背景にして実感された言葉がほしかったのだと思う。また、幼いとき死を考えたら怖くなって、星空を見上げて天空に命が帰る場所を求めた。そんなこともあって、物質や宇宙というものを科学的に探究した人なら、その学究の果てに、死んだ後のことについて私が知らない何かをつかんでいるのではないかと思ったのである。
 そして探し出したのが冒頭の人だった。だが会うなり、この人はにべもなく言った。「死と宇宙なんて何の関係もない」。いきなり暗闇に放り出されて途方に暮れたけれど、このまま引き下がるわけにはいかない。けっきょくその後1年、3・11を挟んで話を聞き続けた。そしてようやく、この人はいかに生きるかを語っていたことに気づいた。

「人間は死んだら物体として戻ってくることはないでしょう。しかしわれわれの世界には、文化やモラルや言語といった、物質ではない第三の世界がある。この、人間が時代時代で合意して積み上げてきた第三の世界に寄与して何かを残すことが、死んだ後も人類とともに生きるすべだと思う」

 そう、この世を去ったのちにも誰かの記憶に残る「仕事」をしよう。これが生きる励みであり、死に向かう支えとなった。そして、愛する人をもし先に失うようなことがあったら、そんなことは耐えられないけれど、慟哭の中にもその姿を胸に深く沈ませて、私の内に刻まれたその人のことを伝えていこうと思った。

(くさば よしみ・フリー編集者)

バックナンバー

閉じる