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『科学』2020年10月号【特集】新型コロナウイルス感染症とコミュニケーション

◇目次◇

新型コロナウイルス感染症におけるリスク・コミュニケーションの問題……吉川肇子
COVID-19 対策の諸問題(1)日本の特異性……濱岡 豊
追いやられる科学とリスク評価――新型コロナウイルス感染症対策における科学と政治(2)……尾内隆之・調 麻佐志
信頼を資産とするスウェーデンのコロナ対策――その背景・経過・特徴……渡辺まどか
感染は「自業自得」か――状況の力の解明に挑む……三浦麻子・平石 界・中西大輔
感染症数理モデル私史……稲葉 寿
「政治」が翻弄するワクチン・治療薬開発: 新型コロナウイルス感染症〈その7〉……小澤祥司
3.11以後の科学リテラシー〈94〉……牧野淳一郎

巻頭エッセイ 
政治は責任を――コロナ・パンデミックの終息とスティグマの抑止……広瀬弘忠 

[連載]
「喫茶」遊学〈10〉 ひといきに飲み干すイタリアのエスプレッソ……大村次郷
これは「復興」ですか?〈43〉 「TOMORROW IS ANOTHER DAY」……豊田直巳
利他の惑星・地球[文明編]〈19〉 α-EEGポテンシァルが描き出した縄文土器と弥生土器による報酬脳活性化の対比……大橋 力
広辞苑を3倍楽しむ〈110〉 蛇に見込まれた蛙……西海 望
アルキメデスからの贈り物〈24〉 和算の幾何学に現れたアルキメデスの円,永田の問題……奥村 博
学術出版の来た道〈5〉 商業出版のはじまり……有田正規
福島事故から満10年を迎えるにあたって〈2〉 福島事故がもたらした厄介の諸々(後編)……佐藤 暁

[科学通信]
〈リレーエッセイ〉海辺の自然を見つめる 有明海の将来を見つめて……佐藤慎一・東 幹夫
〈リレーエッセイ〉海辺の自然を見つめる 有明海で常識外れの赤潮が頻発するのはなぜか?……堤 裕昭
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 ――地球温暖化に伴う気候変動と地域気象への影響……大和田道雄

[電子版]〈本誌ウェブサイト公開〉
e0032 緊急事態宣言から分科会「6指標」提示までのタイムライン……尾内隆之・調 麻佐志
e0040 リニア中央新幹線は南海トラフ巨大地震と活断層地震で損壊する……石橋克彦
 *URLはこちらです

 

◇巻頭エッセイ◇

政治は責任を――コロナ・パンデミックの終息とスティグマの抑止
広瀬弘忠(ひろせ ひろただ 東京女子大学名誉教授)

 アメリカ疾病予防管理センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)の母体は1946年に創設された伝染病センター(CDC:Communicable Disease Center)である。伝染病(感染症)は,個体間で病原体を伝達するコミュニケーションの結果として発顕する。社会的動物である人間は,他者とのコミュニケーションの関係性の中でしか生きられない。感染症対策の難しさである。近世に至るまで,人々は,しばしば感染症のパンデミック時にマスヒステリー状態となり,スケープゴートさがしや魔女狩りで嫌疑をかけた者を虐殺し,あるいは,理不尽な罪業を帰属させスティグマ(烙印)を負わせて,社会の外へと追放したのである。

 筆者は1980年代半ばからほぼ10年間,社会科学者の立場からエイズの問題に関わってきた。エイズは性感染症の側面をもつ故もあってか,世界中でエイズパニック,マスヒステリー,スティグマづけが激しかった。エイズウイルス(HIV)だけでなく,スティグマに殺された多くの人々がいた。今また悪夢の再来である。現在,新型コロナに関するスティグマは,世界中で人々を脅かすことで,感染者を可視化できなくし,結果として感染拡大に荷担している。社会規範に敏感で同調傾向と人権意識の弱いこの日本で,スティグマタイズの一層の悪影響が危惧される。

 日本における新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染者と死亡者数が,先進諸国の中で少ないことをもって,確たる根拠を欠く楽観主義バイアス,「タイタニック現象」が政治や科学の世界の一部に根を張っている。「民度」,「民族的美徳」,「ファクターX」を口実にした楽観論はその一部だ。「第2波」の渦中にあり,やがて「第3波」へと続くだろう大流行を前にしても有効な戦略を打ち出せず,時間と資金を空費するだけで,医療体制,PCR検査数も圧倒的に不十分なこの国で,空疎な楽観主義は慰めにもならない。事実をまともに見ようとするとき,この種の気休めはむしろ障害になる。

 感染者は増え続ける一方で,政権の言う自粛と経済の好循環の両立によるコロナ制圧の「日本型モデル」の綻びは明らかである。基本対策を担う政権の方針は二転三転し,「専門家会議」やその後の「分科会」では審議の過程も内容も不透明である。すべてが曖昧模糊とした状況下で,人々はコロナ恐怖の中での生活を強いられている。ウイルス本体に感染する以前に「恐怖ウイルス」に感染している。市中では「うつされたくない人」と「うつしたくない人」は重なっている。どこにいても猜疑の目で他人を見,自らを監視していなければならない。スティグマと差別は個人を孤立させ,社会を断絶させる。過度な恐怖はウイルス本体よりも危険ともいえる。

 災害は政治的事象である。災害因が地震や津波のような体感型であろうと,原発事故による放射性物質や新型コロナウイルスのような非体感型であろうと,事前,事後における対策と対応の如何が災害自体を決定する。政治のリーダーシップの質が災害を左右するのだ。日本では,新型コロナパンデミック対策の司令塔は不在,確固としたリーダーシップは存在しない。台湾,韓国,ベトナム,ニュージーランド,ドイツのような国々とはまったく異なるのである。これでは新型コロナパンデミックは言うまでもなく,スティグマの根源である「恐怖のパンデミック」も,十分には制御できそうもない。

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