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松本俊彦 「身近な薬物のはなし」

第5回 カフェイン(1) 毒にして養生薬、そして媚薬

 【連載】松本俊彦「身近な薬物のはなし」(5)

はじめに

 カフェインは、薬理学的には覚醒剤やコカインと同じ中枢神経興奮薬であり、その薬理作用はかなり顕著です。おそらく誰もが、コーヒーや紅茶を飲んだら、意欲や注意力、集中力が増したり、眠気や疲労感が緩和されたりといった、「ドラッグ効果」を経験しているはずです。

 人類がカフェインと出会ったのは、アルコールと比べると、ずいぶんと最近の出来事です。興味深いことに、当初、食物(カロリー補給源)としての役割を期待されていた酒とは異なり、コーヒーや茶といったカフェイン含有飲料は、最初から食物とは明確に区別されてきました。そのことは、それぞれの飲み物の食事との関係性から理解できます。「パンとワイン」といった慣用句表現からもわかるように、アルコールは食中飲料として料理と一体化しています。一方、コーヒーは完全に「食後」の飲み物です。フレンチやイタリアンのディナーの席でコーヒーを注文することは「食事終了」と同義であり、注文した瞬間、非情なウェイターは食べかけのパンや飲みかけのワインを撤収していきます。

 カフェインには、「不自然さ」という意味で、アルコール以上に「ドラッグらしさ」が備わっています。というのも、アルコールには、食欲を刺激して眠気を誘う、という生理的欲求に従う作用がありますが、カフェインには、それとは逆に、生理的欲求に抗って私たちを飢餓と過活動に追い込むという、きわめて不自然な作用があるからです。

 今回から2回にわたって、カフェインを取り上げ、その功罪を深掘りしていきます。

不思議と非難されない依存性薬物

 第1回でも述べたように、デイヴィッド・コートライトは人類に健康被害をもたらしてきた三大薬物として、アルコール、タバコ、カフェインをあげ、これをビッグ・スリーと名づけました1。この3つの薬物のなかでは、現代社会においてカフェインはさほど激しい非難の対象となることはありません。少なくともアルコールとタバコに比べれば、かなりマシな扱いをされてきたといえるでしょう。

 なぜでしょうか?

 考えられる理由は3つあります。

 第1に、あまりにも多くの人がそれを愛用し、生活必需品として広く社会に浸透しているからです。「コーヒー派」か「お茶派」かといった違いはあるにせよ、ほとんどの人が仕事前や仕事の合間にカフェインを摂取しています。食後のひととき、あるいは、ちょっとしたおしゃべりのお供にもこれらの飲み物は欠かせません。いまや私たちは、コーヒーや茶のない生活など、想像すらできないでしょう。

 第2に、おそらくそれは現代社会の価値観とマッチしているからです。歴史を振り返ってみると、不思議なことに、カフェイン含有飲料の普及と期を同じくして、その社会は劇的な発展を遂げています。中国で茶が庶民に普及したのは紀元7~8世紀、唐王朝の時代ですが、当時、人口が爆発的に増加し、世界で最も広大な領土と繁栄を誇っていました2。また、15世紀にコーヒーが普及しはじめた頃、イスラム社会は世界で最も自然科学が進んでいました3

 一方、ヨーロッパでは、17世紀になってようやくコーヒーや茶が普及しましたが、その時期を境にヨーロッパ社会は劇的に変化しました4。清潔な水が得にくかったヨーロッパでは、人々は昼間から水代わりにビールやワインを飲んでいて、いつも酔いの靄に煙った頭で生活していました。ところが、カフェインには殺菌効果があるばかりか、頭を冴えさせ、合理的な思考を助けてくれました。そうした薬理作用は、当時台頭してきた、勤勉・禁欲を旨とするピューリタン的価値観にもマッチしたものでした。

 実際、産業革命以後の工場においても、休憩時間の飲み物をビールから紅茶に変えたことで事故が劇的に減少し、生産性が非常に高まったといわれています4。また、街のコーヒーショップでは、様々な分野の知識人や商人が集まり、政治や経済、貿易、科学技術に関する最新の情報がさかんに交換されました5。芸術分野においても顕著な貢献をしたといえるでしょう。たとえば、バルザックやヴォルテール、そしてベートーヴェンも大変なコーヒー愛好家であり、いずれも大量のコーヒーを摂取しながら創作活動に没頭したことが知られています。

 そして第3の理由は、安全性です。これだけ顕著な薬理作用がありながらも、カフェインという薬物は比較的安全です。もちろん、純粋に抽出されたカフェインの粉末は危険で、小さじ4分の1で心悸亢進、強い不安などの不快な症状が発現し、大さじ1杯のカフェインで死にいたるとされています。しかし、大さじ1杯のカフェインを摂取するには、コーヒーならば50杯、紅茶ならば200杯を、一気に飲み干す必要があります。さすがにこれは人間には不可能といってよいでしょう。

カフェインの薬理学

カフェインの効果

 くどいようですが、カフェインの薬理作用は顕著かつ確実です6。たとえ30mg以下(コーヒーカップ一杯に含有されるカフェイン量は約50mgです)という少量でも気分と意欲に変化を生じます。非カフェイン使用者や断続的なカフェイン使用者の場合、通常、少量のカフェイン摂取でも十分な覚醒効果や注意力の向上を自覚できるでしょう。

 カフェインは気分と意欲に影響するだけでなく、瞬発力や持久力といった運動機能も向上させます。そのこともあって、かつて国際オリンピック委員会は、尿のカフェイン含有量の上限を12mg/ml と定めていました(現在は、カフェインは禁止薬物からは外されています)。これは、コーヒー3~6杯分を摂取した状態に相当します。

 カフェインには、効果への慣れが生じやすい、という特徴もあります。毎日100mgの摂取を続けている人の場合、30mg以下の少量ではほとんど効果を感じない、ということもあり得ます。習慣的な摂取によって耐性が生じているためです。

 そのような人であっても、多量のカフェイン (通常500mg以上) を摂取すれば、さすがに効果を自覚できるはずです。というのも、ここまで大量に摂取すると、マイナスの影響が出現するからです。具体的には、不安の増大や神経過敏、いら立ち、胃のむかつきといった症状です。もっとも、これらの症状は一時的なものであり、また、個人差もあります。

 さらに大量のカフェインを摂取すると、中毒症状が惹起されます。特徴的な症状としては、興奮、不安、振戦、頻脈、利尿、胃腸系の障害、筋れん縮、不眠が挙げられます。重篤な場合には、談話促迫や観念奔逸、誇大的な自我の感覚、睡眠欲求の減少といった、躁病に似た精神症状を呈することもあります。そして、カフェイン摂取量が5~10gと極端な大量になると急激に死亡リスクが高まります。死因のほとんどは致死的な不整脈によるものです。

カフェインの代謝

 カフェインは摂取後に30分以内に効果を発現し、1時間以内には血中濃度は最大に達します。食物の同時摂取はカフェイン吸収を遅らせますが、効果を阻害することはありません。消化管から血中に吸収されたカフェインは、主に肝臓のcytochromes P450 1A2(以下、CYP1A2)酵素による脱メチル反応と酸化を通じて代謝されていきます。

 カフェインの効果やその持続時間は、CYP1A2という酵素の代謝能力によって影響を受け、この酵素に影響する物質が存在すると、半減期が変化します。 たとえば、選択的セロトニン再取り込み阻害薬 (SSRI) であるフルボキサミン(うつ病や強迫性障害の治療薬)は、強力な CYP1A2 阻害薬です。また、フルオロキノロン系抗生物質シプロフロキサシンもまた、CYP1A2の阻害薬としてはたらきます。これらの薬剤を服用中の人の場合、通常よりもカフェインの血中濃度が高くなり、効果の持続時間も延長します。

 一方、タバコは強力な CYP1A2 誘導物質です。したがって、喫煙者ではカフェイン代謝が早まり、血中濃度が上がりにくく、効果の持続時間も短い傾向があります。逆に、禁煙するとカフェイン血中濃度が上昇し、カフェインが効きすぎるようになります。

 これは臨床的に非常に重要な知見です。事実、米国の精神科専門医の試験では、次のような問題がよく出題されています(注:以下は、過去問を参照して私が創作した問題です)。 

 X氏は、強迫性障害のために精神科通院中であり、現在、フルボキサミンによる薬物療法を受けている。昨日、X氏は、皮膚にできたおできが化膿し、炎症と痛みを伴うようになったため、皮膚科を受診し、抗生物質を服用することになった。診察の際、X氏は、皮膚科医から喫煙習慣を厳しく叱責され、やむなくその日から禁煙を試みることにした。翌朝、いつものようにモーニングコーヒーを飲んでいると、X氏は、突然、激しい動悸と冷や汗、さらに強い不安感を自覚した。しばらくベッドに横になって様子を見ていたものの、1時間経っても症状が一向に緩和する様子がなく、怖くなって救急車を要請した。
 X氏が呈した症状の原因として、最も疑われるものを次より選べ。

 A. 医師の叱責によるトラウマ反応を呈した。
 B. 強迫性障害に加えてパニック障害を発症した。
 C. おできの原因となっている細菌が血管内に入ったことによる敗血症を発症した。
 D. カフェイン中毒を発症した。

 

 答えは「D.」です。

 もちろん、現時点ではX氏が呈した症状の原因を断定することはできませんが、まずは、禁煙、フルボキサミン内服、抗生物質(明記はされていませんが、シプロフロキサシンであった可能性があります)内服によって、カフェイン代謝が悪化した可能性を疑って、情報収集や検査を進める、というのが効率的な診断手続きといえるでしょう。

 カフェインと不眠症

 もう少しくわしくカフェインの作用を見ていきましょう。

 すでに述べたように、カフェインは消化管での吸収が早く、すみやかに効果を発現しますが、意外に長い時間体内に残り続けます。カフェインの半減期――摂取した薬物の半分量が体外へ排出されるまでの時間――は、平均して5~7時間です。したがって、たとえば午後7時30分頃、夕食後にコーヒーを1杯飲んだとすると、午前1時半をすぎてもまだ半分のカフェインが体内に残っていることになるわけです。

 たった半分だと思って甘く見てはいけません。それでもカフェインは強力な中枢神経興奮薬であり、まだ半分は分解されずに体内に貯留しているのです。その状態ではぐっすり眠ることなどできません。大抵の人は、まさか10時間前に飲んだ夕食後のコーヒーが不眠の原因とは考えないものですが、実際には、十分にあり得ることなのです。

 加えて注意すべきなのは、カフェインがコーヒーや一部のお茶、エナジードリンクに限ったものではない、ということです。ダークチョコレート、アイスクリーム、ダイエット薬や市販の鎮痛薬にも含まれています。寝つきが悪い、眠りが浅いなどに悩む人は、「自分は不眠症なのでは?」と心配になるかもしれませんが、案外、カフェインの影響という可能性もあるのです。ちなみに、カフェインをとり除いた「デカフェ」でも、カフェインをまったく含まないわけではありません。1杯のデカフェ・コーヒーには、通常のコーヒーの15~30%のカフェインが含まれています。

 カフェインの代謝速度には個人差があり、他の薬剤から影響を受けることはあるものの、大部分は遺伝的に決定されています。したがって、夕食時にエスプレッソを飲んでも午前0時にはぐっすり眠ることができる体質の人もいれば、朝1杯のコーヒーやお茶を飲んだだけでも、カフェインの効果が1日中続く体質の人もいるのです。後者のような人の場合、午後にさらにもう1杯飲んだなら、たとえそれが午後の早い時間であっても寝つきに影響する可能性が高いでしょう。それから、年齢もカフェインの代謝速度に影響を与えます。年齢が上がるほど、代謝速度が遅くなり、体内に長くカフェインが残る傾向があります。

 その意味では、マイケル・ポーランが、著書『意識をゆさぶる植物――アヘン・カフェイン・メスカリンの可能性』のなかでした指摘は、あながち冗談として片づけることができないものかもしれません。曰く、「この35年間に増えたスターバックスの店舗数と睡眠不足を訴える人の増加数をグラフにしてみたら、線の傾きがとてもよく似ていることがわかります」

 私たちが毎朝カフェインを必要とする理由

 科学ジャーナリストのマリー・カーペンターは、著者『カフェインの真実』7のなかで、精神薬理学者ローランド・グリフィス(1946~2023)とのインタビューにかなりの紙幅を割いています。グリフィスは、ジョンズ・ホプキンス大学医学部の精神医学、神経科学、行動科学の教授であり、シロシビン(マジックマッシュルームに含有される幻覚誘発成分)の医学的有用性を明らかにするなど、現代における最も偉大なサイケデリック研究者のひとりです。

 私がこのインタビューを興味深く思うのは、グリフィスのような「ドラッグ博士」から、カフェインという身近な依存性薬物に関して、実に貴重なコメントを引き出しているからです。

 グリフィスはこう語っています。

「これまで動物や人で向精神薬の研究を40年行なってきたが、カフェインはその中で最も興味深い物質だと思う。明らかに精神活性があるが、それにもかかわらず、世界中の文化で受け入れられているからだ」

 一般に薬理学の研究というと、乱用すると様々な問題を起こす、稀少な薬物を対象としてその依存性や毒性を調べるのがつねですが、グリフィスは、あえてその反対の薬物――すなわち、最もありふれた、世界で一番広く消費されている向精神薬――として、カフェインに興味を抱き、様々な実験を行ってきたのです。そのような多数の実験のはてに、彼は次の結論に至ります。

「どの文化でもカフェインは乱用薬物とは考えられていないが、実際には乱用薬物の条件をすべて備えている」

 グリフィスのいう乱用薬物条件とは、気分を変える効果があること、そして、耐性や、使用中止による離脱症状を生じる性質があることです。

 彼は、一般の米国民からコーヒー愛飲家をリクルートし、完全なカフェイン断ちに挑戦してもらう実験を行いました。その結果、カフェイン摂取中止後に頭痛を自覚した人は被験者のなんと半数におよび、さらに、他の臨床的に有意な苦痛や機能障害を訴えた人は13%にものぼったと報告しています。特にカフェインの1日平均摂取量100mg以上の場合、その大半が、突然のカフェイン中止によって不快な症状――つまり、カフェイン離脱です――を経験していました。典型的には摂取中止後12~24時間で出現しましたが、一部には、36時間も経ってから出現した人もいました。そして、通常、離脱症状はまる1日続き、一部では1週間続いた人もいたそうです。

 最もよく見られた離脱症状は頭痛でした。そうした頭痛は最初のうちはすこしずつ痛みが出て、次第に痛む場所が広がっていく、という性質がありました。ただし、痛みそのものは比較的軽度でした。他には、疲労感、眠気、頭が回らない感じ、身体を動かすのが億劫な感じ、集中力の低下、イライラ、不安、気分の低下といった離脱症状が観察されました。まれには、まるでインフルエンザに罹患したような強い全身倦怠感を訴える人もいました。

 彼の主張を端的にまとめるとこうなります――朝起きてすぐのコーヒーを美味しく感じるのは、単にカフェイン離脱の苦痛を緩和してくれるからにすぎない、と。確かに、カフェインの半減期の時間を考えると、慢性的なカフェイン使用者は、毎朝の起床時に離脱症状を経験しているはずです。その意味では、朝のコーヒーや茶を飲まないと1日がはじまらない気がするのは、決して「気持ち」の問題なんかではないわけです。

 カフェイン・クラッシュ

 夜遅くまで仕事をする際、私たちはしばしばコーヒーの力を借ります。しかし、肝に銘じるべきなのは、それには相応の代償を支払う必要がある、ということです。

 どういう代償でしょうか?

 カフェインはアデノシン受容体拮抗薬です。このアデノシンという物質は、脳の受容体と結合すると神経系の興奮を抑え、眠気を引き起こす作用を持っています。1日の後半になると、私たちの脳は、アデノシンの濃度が徐々に高まり、眠りに備えて中枢神経系の活動を抑制するしくみを持っています。そして最終的に、脳内にアデノシンが十分に充満すると、頭がぼんやりとしてきて、「ベッドに身を横たえたい」という誘惑に駆られるわけです。このような睡眠に対する内的欲求のことを、睡眠圧と呼びます。

 ところが、カフェインは、本来、アデノシンが結合するはずの受容体を占拠し、その仕事を妨害するわけです。そうすると、アデノシンの「頭のスイッチを切れ」という信号は、私たちの脳に届かなくなります。そのおかげで、私たちは眠気を吹き飛ばし、脳を覚醒させるわけですが、だからといって、アデノシンが霧散したわけではありません。それはまだ脳内に存在していて、それどころか、時間経過に伴ってむしろどんどん増えているのです。カリフォルニア大学バークレー校の睡眠研究者マシュー・ウォーカーの主張に従えば、実際にはアデノシンは蓄積しているにもかかわらず、私たちはカフェインに騙されている状態、もしくは、カフェインによってアデノシンの存在を一時的に隠している状態なのです8

 そしてあるタイミングで、アデノシンは一気に逆襲を仕掛けてきます。つまり、カフェインがすっかり代謝されて受容体占拠が解除されると、蓄積したアデノシンがいっせいに襲いかかってきます。その際には、コーヒーを飲む直前に感じていた眠気だけではなく、カフェイン効果による覚醒中に増えたアデノシンの眠気までもが合流して、私たちを巨大な睡眠圧で圧倒します。

 こういいかえてもよいでしょう。カフェインが受容体を占拠している間、アデノシンは邪魔者がいなくなる機会を虎視眈々とうかがっていて、敵の姿がなくなるや否や逆襲を仕掛け、一気に自分たちの領地を奪還する、と。結果として、私たちは暴力的な眠気に襲われることとなります。

 これがカフェイン・クラッシュという現象です。このアデノシンの猛攻に対抗すべく、さらにカフェインを摂取するならば、悪循環が始まります。慢性的な疲労感をカフェインでごまかしつつも、耐性によってすでにその効果は落ちていて、いくらカフェインを摂取してもかつてのような頭がすっきりする感覚は得られない――あたかも借金返済の督促から逃れるためにさらなる借金をする人にも似た、泥仕合へと突入していくわけです。

エナジードリンクをめぐる問題

増加するカフェイン中毒

 依存性薬物の問題は科学技術の進歩とともに悪化します。事実、蒸留技術の発明がアルコールによる健康被害を、そして、アヘンからモルヒネの精製に成功したことがオピオイドによる健康被害を悪化させてきました。

 カフェインの場合はどうでしょうか? おそらくコーヒーや茶からカフェイン成分だけを抽出することがそれにあたる可能性があります。というのも、コーヒーや茶の飲み過ぎは、せいぜい胃潰瘍になるくらいですが、カフェインの効率的摂取を意図して人為的に成分を抽出し、凝縮した薬剤を作った場合、話はまったく別になるからです。

 わが国では、近年、カフェイン中毒による救急搬送患者や死亡事例が増加しています9, 10。いずれの研究でも、救急搬送患者や死亡事例の大半で、カフェイン摂取源は、感冒薬・鎮咳薬・鎮痛薬・カフェイン錠といった市販薬の過量摂取によるものであり、コーヒーやエナジードリンク単独による急性中毒はきわめてまれだそうです。実は、わが国の市販薬の多くには相当量のカフェインが含まれています。カフェインを添加する理由として、公式には、カフェインには鎮痛・解熱成分の吸収率を高め、鎮痛効果を増強する、との説明がなされています。

 ここで気になるのは、急性カフェイン中毒による救急搬送患者の増加が、2013年を境に生じている、という事実です(図)9。先に述べたカフェイン含有市販薬は、何十年も前から販売されており、2013年以降、乱用者が増加した理由がわかりません。

 

 

図 全国38救急施設に搬送されたカフェイン中毒患者の推移

上條吉人:救急医療におけるカフェイン乱用の現状.精神科治療学 32 (11): 1497-1499, 2017

 

 一体、2013年に何があったのでしょうか?

 ここから先は私の勝手な推測です。

 2013年、レッドブル社はわが国のキリンビバレッジと業務提携契約を締結し、全国でエナジードリンクの自動販売機での販売をはじめました。そしてその翌年には、モンスタービバレッジ社が日本に上陸し、全国のコンビニエンスストアでモンスターエナジーの販売を開始しました。いまやコンビニエンスストアの清涼飲料販売棚には、様々なエナジードリンクがずらりと並んでいます。

 もちろん、エナジードリンクに含まれているカフェインの量などたかがしれています。おそらくスターバックスのドリップコーヒーよりもカフェインの含有量は少ないでしょう。

 問題は、エナジードリンクの場合、カフェイン独特の苦味は強烈な甘味料で打ち消され、子どもでも飲める味となっている、という点です。ブラックコーヒーを好む子どもはめったにいませんが、エナジードリンクを好む子どもはいくらでもいます。現に、中学受験を目指す小学生が通う進学塾、あるいは、少年野球チームの試合のあいまに、保護者が差し入れる飲み物がしばしばエナジードリンクである、という話は、これまでも何度となく仄聞してきました。

 日頃からコーヒーや茶を飲む習慣がなく、したがってカフェインへの耐性がまったくない子どもにとって、エナジードリンクに含まれるカフェインの効果は非常に強烈に感じられることでしょう。そして、子ども時代からこうした、気分や意欲に影響する化学物質を摂取し、薬理効果を体感する経験が、その後の人生に与える影響を想像する必要があります。

 つまり、一部の生きづらさを抱える子ども――苛酷な環境や過度な期待、プレッシャーに耐えることを余儀なくされている子どもにとっては、カフェインの効果はまさに天啓のように感じられ、使用をエスカレートさせる理由となりえます。それどころか、エナジードリンクに含有されるカフェイン量では飽き足らず、より高用量のカフェインを求めて市販薬へと手を伸ばす……そのような可能性はないでしょうか?

 カフェイン中毒による救急搬送患者や死亡者の増加が、2013年以降に顕著となった背景には、そのような事情をつい想像してしまうのです。

 思うに、カフェインが持つ苦味は子どもをカフェインの弊害から守る意義があります。このことは、ストロング系チューハイと同様、酒は酒らしく辛く、コーヒーはコーヒーらしく苦くあることが、人々を薬物の弊害から守るうえで大切といえるでしょう。

エナジードリンクとアルコールの併用

 少なくとも子どもが飲むのでなければ、エナジードリンクを規制すべき積極的理由は見当たりません。しかし、例外はあります。アルコールとの併用です。

 米国では大学生を中心に、カフェイン含有のアルコール飲料が人気を集め、大きな社会問題になりました。なかでも悪名高いのは、『フォー・ロコFour Loko』という名の商品です。当時、その飲み物には、1缶およそ700mlと大容量のなかにアルコール度数12%、1缶にカフェイン150mgあまり含まれていて、フルーツジュースの味付けがなされていました(2010年12月以降、同商品からはカフェインが除去されています)。

 まさに『米国版ストロング系チューハイ』です。米国のフォー・ロコ愛好家によれば、これを飲むと、夜通しパーティーで騒ぐことができるのだそうです。その興奮作用にちなんで「液体コカイン」、あるいは、「ブラックアウト・イン・ア・カン(1缶で失神)」といった俗称までついています。

 実際、2010年には米国内でフォー・ロコに関連した事件が立て続けに発生しました。大学の新入生歓迎パーティー参加者数十名が急性アルコール中毒で救急搬送され、フォー・ロコ2缶飲んだ後に自動車を運転した21歳の女性が、衝突事故を起こして死亡したのです。

 すでにオブライエンらによる、大学生4000人を対象としたアンケート調査では、こうした悲劇が予見されていました11。というのも、その調査では、アルコールとエナジードリンクを混ぜて飲む学生は、医療機関で治療を要するようなケガをしたり、レイプの被害者や加害者になったり、飲酒運転の車に同乗したり、といった危険な行動にかかわる可能性が高くなることが明らかにされていたからです。

 このことは、わが国にとって対岸の火事とはいえません。事実、ウォッカなどをエナジードリンクで割ったカクテルを提供する居酒屋やカラオケボックスは、決してめずらしくないからです。

 カフェインはアルコールによる酔いを覆い隠します。カフェインには決してアルコールの薬理作用に拮抗する作用はないにもかかわらず、アデノシン受容体阻害作用によって疲労感や眠気だけが緩和されてしまいます。そのため、酔いつぶれることなく飲み続け、結果的に大量のアルコール摂取することとなって、危険な行動におよぶリスクを高めるのでしょう。

 このことは基礎的実験でも確認されています。カフェイン含有アルコール飲料を摂取すると、刺激に対する反応時間が、カフェイン非含有アルコール飲料を摂取したときよりも短縮する一方で、エラー率には両群で差がありませんでした12。このことは、カフェイン含有アルコール飲料が衝動性を促進し、様々な事故や暴力行為を誘発することの傍証といえるでしょう。

毒にして養生薬

殺虫剤としてのカフェイン

 誤解を怖れずにいえば、カフェインは本質的に毒です。考えてもみてください。なぜコーヒーノキ(コーヒー豆を種子として実らせるアカネ科の植物)やチャノキ(茶葉を互生させるツバキ科の常緑樹)といった植物は、カフェインを生成する必要があったのでしょうか? それは、いうまでもなく、天敵から身を守るためです4。たとえばコーヒーの木の場合、なんと900種類の害虫と戦わなければなりません。そして実際、カフェインを摂取した昆虫は死んでしまうのです。

 カフェインには除草効果もあります。コーヒーの木や茶の木の苗木が根を下ろし、のちに葉や実を落とすこととなる一帯では、ライバルとなりそうな他の植物は一切発芽できなくなります。

 アントニー・ワイルドは、その著書のなかで、NASAの研究チームが行った実験を紹介しています13。それは、ニワオニグモという種類の蜘蛛に、カフェイン、アンフェタミン(覚醒剤)、大麻、抱水クロラール(鎮静薬、睡眠薬)を投与し、それぞれの薬物を投与された蜘蛛がどのような巣を張るのかを観察する、というものです。

 その結果は実に興味深いものでした。大麻を与えられた蜘蛛は、蜘蛛の巣における最後の円を閉じなかったものの、その点以外はほぼ完璧な巣を張りました。一方、アンフェタミンを与えられた蜘蛛は、注意力が散漫になったのか、小ぶりで、隙間が目立つものの、なんとか通常と似た形態の巣を張りました。それから、抱水クロラールを与えられた蜘蛛は、薬物の鎮静作用で作業能力が低下し、ごく簡単な巣しか張ることができませんでした。

 ところが、カフェインを与えられた蜘蛛は、本来のかたちである自転車の車輪のような形態とは似ても似つかない、不気味な形状の巣を張ったのです。この実験では、カフェインは他のいかなる依存性薬物よりも、蜘蛛の巣作り能力を深刻に阻害することが明らかにされたわけです。

 もしも最近になって人類がはじめてカフェインと出会ったならば、規制当局は、「神経毒性のある薬物」として、カフェインを規制対象とした可能性が高いでしょう。

養生薬としてのカフェイン

 このあたりでカフェインの弁護もしておこうと思います。

 意外に知られていないものの、少なくとも人間に関しては、カフェイン含有飲料には養生薬としての効能があります。

 まず、長生き効果です14。1日にコーヒーを3杯以上飲む人は死亡率が10%低い、という報告があります。その研究では、調査対象者を、1日あたりに飲むコーヒーの量で5つのグループ――「ほとんどコーヒーを飲まない」「1日に1杯未満」「毎日1~2杯」「毎日3~4杯」「毎日5杯以上飲む」――に分けました。そして、20年におよぶ追跡調査の結果、各グループ別に死亡率を比較すると、「ほとんどコーヒーを飲まない」というグループが最も死亡率が高く、コーヒーを多く飲む人ほど死亡率が低かったのです。

 それから、心臓疾患への罹患リスクを減少させます15。英国のバイオバンクに登録された45万人分のデータベースを解析し、年齢、性、飲酒量、肥満、糖尿病、高血圧、喫煙習慣などを調整して解析した結果、コーヒーを1日1~5杯摂取するグループは、コーヒーの摂取習慣がない対照群と比べて、不整脈への罹患リスクが有意に低下していました。なかでも最もリスクが低かったのは、コーヒーを1日4~5杯摂取するグループでした。他方で、デカフェ摂取群の場合には、不整脈への罹患リスクの低下は見られませんでした。その意味で、この効果はコーヒーではなく、カフェインによるものと理解できるでしょう。

 アルツハイマー病に対する予防効果もあるようです16。マウスを用いた動物実験、ならびに人間を対象とした疫学研究の双方において、カフェインのアルツハイマー病予防効果を示唆する知見が得られています。なお、この効果を得るのに必要なカフェイン量は、コーヒー換算で1日3~5杯だそうです。

 そして、カフェインには何と自殺予防効果まであります17。コーヒーの摂取量が多い人ほど自殺死亡率が低下し、1日にコーヒーを4杯以上飲む人が自殺の危険性が最も低いそうです。

 おわりに:媚薬としてのカフェイン

 今日、カフェインは私たちの日常生活の至るところに忍び込んでいます。すでに述べたように、様々な清涼飲料や菓子類にもカフェインが混じっています。

 なぜこんなにも多くの食品にカフェインが使われているのでしょうか?

 マイケル・ポーランは、著書のなかで興味深い実験結果を紹介しています。ミツバチは、ただの砂糖水より、カフェイン入りの砂糖水の方を好む、というのです。味がわからないほどわずかな量であっても、ミツバチはカフェインが含まれている方が記憶に残りやすく、好むようです。

 ポーランはこう指摘しています。

「なぜこれが花にとって価値があるか、もうおわかりだろう。送粉者はその花を記憶し、熱心に戻ってくるようになる。あるいは、かの昆虫学者の論文を引き合いに出せば、カフェインを含む花蜜は『送粉者の忠誠度』、つまり定花性を上昇させるのだ。送粉者を低濃度のカフェインで酔わせれば、その送粉者はあなたのことを記憶に刻み、同じ高揚感をあたえてくれないほかの植物よりあなたを選んで、何度も戻ってくる、というわけだ」

 要するに、カフェインは一種の媚薬なのです。清涼飲料や菓子類にカフェインを添加するのは、その商品を人々の記憶に残し、何度もくりかえし選んでもらうためです。いささか穿った見方ではありますが、市販薬の多くにカフェインが含まれている理由も、実はそうした企業側の思惑があるのではないか――そんなことまで勘ぐりたくなります。

 カフェインは複雑で、不思議な薬物です。殺虫・除草効果を持つ毒であり、同時に養生薬でもあります。そして何より、私たちを惑わす媚薬です。

 次回は、そんなカフェインと人類との邂逅にまで遡り、その歴史を辿り直してみようと思います。

  

文献

1. デイヴィッド・T・コートライト著/小川昭子訳:ドラッグは世界をいかに変えたかーー依存性物質の社会史. 春秋社, 2003.

2. トム・スタンデージ著/新井崇嗣訳:歴史を変えた6つの飲物ーービール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、茶、コーラが語る もうひとつの世界史. 楽工社, 2017.

3. 臼井隆一郎著:コーヒーが廻り 世界史が廻るーー近代市民社会の黒い血液. 中公新書, 1992.

4. マイケル・ポーラン著/宮﨑真紀訳:意識をゆさぶる植物ーーアヘン・カフェイン・メスカリンの可能性. 亜紀書房, 2023.

5. 岩切正介著:男たちの仕事場ーー近代ロンドンのコーヒー・ハウス. 法政大学出版局, 2009.

6. ペトロス・ルヴォーニス・アビゲイル・J・ヘロン著/松本俊彦訳:アディクション・ケースブック. 星和書店, 2015.

7. マリー・カーペンター著/黒沢令子訳:カフェインの真実ーー賢く利用するために知っておくべきこと.白揚社, 2016.

8. マシュー・ウォーカー/桜田直美訳:睡眠こそ最強の解決策である. SBクリエイティブ, 2018.

9. 上條吉人:救急医療におけるカフェイン乱用の現状.精神科治療学 32 (11): 1497-1499, 2017.

10. Suzuki H, Tanifuji T, Abe N et al: Characteristics of caffeine intoxication-related death in Tokyo, Japan, between 2008 and 2013. Jpn J Alcohol Drug Depend. 49(5): 270-277, 2014.

11. O'Brien MC, McCoy TP, Rhodes SD et al.: Caffeinated Cocktails: Energy Drink Consumption, High-Risk Drinking, and Alcohol-Related Consequences Among College Students. Academic Emergency Medicine 15(5): 453-460, 2008.

12. Howland J, Rohsenow DJ: Risks of energy drinks mixed with alcohol. JAMA. 309(3): 245-246, 2013.

13. アントニー・ワイルド著/三角和代訳:コーヒーの真実ーー世界中を虜にした嗜好品の歴史と現在. 白揚社, 2011.

14. Nehlig A: Effects of coffee/caffeine on brain health and disease: What should I tell my patients? Pract Neurol. 16(2): 89-95, 2016.

15. Susy K: Long-term outcomes from the UK Biobank on the impact of coffee on cardiovascular disease, arrhythmias, and mortality: Does the future hold coffee prescriptions? Glob Cardiol Sci Pract. 2023.

16. Arendash GW, Cao C: Caffeine and coffee as therapeutics against Alzheimer's disease. J Alzheimer’s Dis. 20 Suppl 1: S117-126, 2010.

17. Lucas M, O'Reilly EJ, Pan A, et al: Coffee, caffeine, and risk of completed suicide: results from three prospective cohorts of American adults. World J Biol Psychiatry. 15(5): 377-386, 2014.

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著者略歴

  1. 松本 俊彦

    精神科医。国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長/同センター病院 薬物依存症センター センター長。1993年佐賀医科大学卒。横浜市立大学医学部附属病院精神科、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所司法精神医学研究部、同研究所自殺予防総合対策センターなどを経て、2015年より現職。第7回 日本アルコール・アディクション医学会柳田知司賞、日本アルコール・アディクション医学会理事。著書に『自傷行為の理解と援助』(日本評論社 2009)、『もしも「死にたい」と言われたら』(中外医学社 2015)、『薬物依存症』(ちくま新書 2018)、『誰がために医師はいる』(第70回日本エッセイスト・クラブ賞、みすず書房 2021)他多数。訳書にターナー『自傷からの回復』(監修、みすず書房 2009)、カンツィアン他『人はなぜ依存症になるのか』(星和書店 2013)、フィッシャー『依存症と人類』(監訳、みすず書房 2023)他多数。

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