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イメージボードで読む宮﨑駿の世界

小山周子 混沌の中から創るための絵[『図書』2025年7月号より]

混沌の中から創るための絵

 

 岩波書店より、『宮﨑駿イメージボード全集』が昨年末から刊行開始された。イメージボードとは、宮﨑氏がこれから作ろうとする映画の作品世界を自身で探るため、また、それをスタッフに共有するために描かれるもので、創作過程に不可欠なものという。筆者は、博物館の学芸員として、浮世絵や新版画などの展覧会の開催やカタログの執筆に携わってきた。それらの経験や視点から、やや的外れなところもあろうが、本シリーズを眺め評したい。

 まずは、スタジオジブリに保管される氏の絵が、劇場映画作品ごとに原寸あるいは原寸に近いサイズで、トリミングもなくありのままの状態を目指し高画質で収録されたということは、誠に喜ばしい。これにより、誰もが正しくイメージボードを知ることができ、今後、鑑賞や研究の基礎資料として活用されていくことになることだろう。掲載されているのは、映画の制作に入る前のイメージボード、制作が始まって以降のストーリーボード、ラフスケッチとさまざまで、全くの門外漢からすれば、独特な用語やその区別の難しさは感じつつも、氏の全ての「絵」を、筋書きに沿って心地よく見ることができる。

 

 1979年、宮﨑氏自身は、アニメーション制作の着手段階の「絵」について次のように述べている。

 

 混沌の中から、君は自分の表現したいものの姿をおぼろげにつかまえていく。

 そして君は描きはじめる。

物語はまだできていなくてもかまわない。

 ストーリーはあとからついてくる。キャラクターを決めるのも、もっと後だ。一つの世界の基調となる絵を描く。

(中略)

 たくさん描くこと、できるだけたくさん。しだいにひとつの世界がつくられていく。

(宮崎駿「発想からフィルムまで①」『出発点―1979~1996』所収)

 

 「たくさん描くこと、できるだけたくさん」という言葉のとおり、氏は各作品において数多の絵(=イメージボードなど)を制作し、構想をつかんでいった。そのなかには、主人公をはじめ登場人物の人物像や、作品の舞台設定を定めていく過程も含まれる。ナウシカでは、「風の谷」の描写が多くあり、谷や建物の細かなディテールへの探究が見られる。そのほとんどが水平の視点で描かれるもので、俯瞰的な図はわずかであった。これはナウシカに漫画の原作がすでにあったからかもしれないが、巻末の解説にて鈴木敏夫氏は「宮さんの絵は俯瞰して見ていないんです。部分で見ているでしょう。映画には全貌が必要ですが、宮さんはそれが嫌なんです」と説明される。

 そもそも、日本では遅くとも平安時代には、中国絵画の影響を受けて上から見下ろす俯瞰構図が定着していた。絵巻物では吹抜屋台と呼ばれる描法が用いられ、その後の洛中洛外図屏風などでは俯瞰して都市の全容を描き出すという伝統が生まれた。一般の人々までに、俯瞰で全容をつかむという体験が浸透したのは、江戸時代の絵入り地誌本の普及が大きかったのではないかと思われる。京の寺社や行楽地を収録した『都名所図会』(安永9〈1780〉年)に始まり、その後、続々と各地の地誌を絵入りで紹介する本が出された。その流行の背景には、名所に関する丁寧な解説もあろうが、俯瞰でとらえるわかりやすい挿絵があったことは間違いない。精緻な筆で描き出した図は、現地に赴かずとも、バーチャルな旅の喜びを人々に与えたのである。こういった地誌本は比較的高価ではあったものの、庶民も貸本屋で借りることができたため、手軽に読んでいった。その読書体験を通じて、私たちは俯瞰して知った気分を味わう、楽しむという鑑賞法を広く獲得していった。

 そして、俯瞰図から学びながらも、実際に見たままの景色を描くことを追求したのが浮世絵師の歌川広重であった。広重は、《東海道五拾三次之内》や《名所江戸百景》などの名所絵シリーズを手掛け、ファン・ゴッホやモネら後期印象派などの画家にも多大な影響を与えた。なかでも、江戸の各地を描いた風景画を多数制作し、地誌本の一つ『江戸名所図会』の俯瞰図をそっくりそのまま、忠実に浮世絵化したものもある。一方で、俯瞰図と同じ場所を描きながらも視点をあえて低く下げ、水平に景色を眺め、その場に立ったかのような視点の風景画へと変化させたものもある。この工夫こそが、広重の俯瞰からの飛躍で、よりリアルな絵の探求であった。そして、地誌本の挿絵にはない、季節感や天候、朝夕の時の移り変わりなどを豊富に盛り込み、あたかもその場所にいて目にするかのような景色の美しさを描き上げ、当代随一の風景画家として大成したのである。

 

 さて、イメージボードに戻ろう。ナウシカの後の、ラピュタやトトロの絵を眺めると、俯瞰図あるいは、上空から眺めた地図的な作品も含まれている。ここから、イメージボードは作家自身のためである一方で、共同制作のスタッフの理解のために作られるものでもあり、あるいは制作の中から出た意見も反映されることもあり得るものという、多様な役割と性格が見えてくる。作品によって、原作が氏の手になるもの、そうではないものの違いももちろんあろう。その時々のアニメーション制作現場の混沌とした様相がさまざまにうかがえるのも、そもそも完成作ではない絵を載せるこの全集の魅力の一つでもあるように思う。

 同じく、共同で作品を作り上げる浮世絵版画でも、制作現場に混沌はあった。版元がいて、浮世絵師、彫師、摺師がそれぞれの役割と工程を果たすことで作品が仕上がっていく。浮世絵師は、下絵制作と色差し(色指定)が主な仕事であって、作品を木版画とするのは、彫師による版木の彫りや、摺師による多色摺りという職人らの綿密な作業があってこそであった。

 浮世絵師は、墨線で版画の下絵を描き、絵の構想を示す。描き上げられた絵は版元を介して彫師へ渡され、彫師は絵を板にはり、版木にすべく彫っていった。例えば、《冨嶽三十六景》で知られる葛飾北斎の場合、絵本などであまりに緻密な線描が多く、彫るのに手間がかかることや、北斎自身の注文も細かく多かったため、とかく彫師らから敬遠されがちであったというエピソードも残る。実際に、版元や彫師と折り合いがつかず、版画の制作に至らなかったと考えられる作例もあった。北斎のような当時から著名な絵師であっても、共同制作の現場は必ずしも全てが円滑に進んだわけではなかったことをうかがわせるものだ。

 時代が下り、大正期に、伝統的な木版技術を応用した新版画という制作活動が版元の渡邊庄三郎の主導で開始される。そのなかで風景画を中心に活躍した川瀬巴水は、版木に貼る下絵の前に、筆と水彩で丁寧に版画と同じ大きさで描き出した原画をわざわざ制作した。巴水自身が「設計図」と述べた原画を版元に示し、そのプロデュースのもとで、江戸の浮世絵より格段に複雑な工程を踏む新版画の制作が進められていった。

 巴水の原画の一部が江戸東京博物館に収蔵されている。原画と完成作品を見比べると、例えば登場人物が大きく変わってしまったものもあれば、構図に多少の変更が加えられたものもあり、修正を行いながらの制作であったことがうかがえる。巴水が伝統的な木版技法を採りながらも、原画を描くという新たな工程を取り入れていたところに、作画を自身で深めるため、また、それを版元や彫師、摺師という共同制作者に共有し、完成作への意思を統一していくためという、イメージボードと重なる意識や機能を思わせられるのだ。

 絵画研究において、下絵とは、絵師による絵画の構想の過程や、表現の意図などが読み取れるもので、そこには作品の最終的な姿とは異なる構図やディテール、表現の実験などが記録されている。これらを見ることで、作者がどのような考えをもって制作していたのかを知ることができる。氏のイメージボードも同じような分析が可能となり、表現のより細やかなところへの関心を生んでいくことであろう。

 

 表現という点においていくつかの見どころをご紹介しておきたい。

 1つは、作品構想の変遷が収録されている点である。トトロについて、非常に長い時間をかけてイメージボードが断続的に作られ、模索が続いた。氏の《となりのミミンズク》というタイトルがついた古い作品は、主人公が異なり、サツキもメイもまだいない。完成作品にいたる長い長い作画の過程を見ることができる。

 2つめは、奥行きの描写である。ラピュタで《飛行石の鉱山(左)》で洞穴をつきすすむ主人公たちの姿が描かれる。「洞穴のむこうは夜空かとおもう」という氏のコメントがあり、進みゆく先には満天の星空が広がる。また、トトロでは、《飛び立つトトロたち》で、上空に向かって力強く飛んでいくトトロたちのさらにその先を鳥が爽快に飛んでいる。いずれも奥行によって画面の深みを生み出すばかりでなく、ある種の感動や共感を創り、氏の人々を喜ばせたいというサービス精神もうかがえるものだ。

 3つめは、氏の軽やかで巧みな鉛筆の線をそのままに見られることである。この線は、「たくさん描くこと、たくさん」と、すさまじい作画を長らくおこなってこられたところに裏打ちされる。人物の表情、ふわっとした感じ、風をきる描写、草や木々、どれも氏ならではの鉛筆の線で創り出されたもの。いまひとたび、北斎に転じると、代表作『北斎漫画』は北斎に絵を学びたい、特に地方に住む人々に向けてまとめられた絵手本で、人物、動植物、建造物、風景など多種多様な図が収録されている。北斎に限らず、当時の絵師は絵を描く時に対象物を見て描くのではなく、記憶や習得した技術を引き出しながら描いていた。『北斎漫画』の中にある森羅万象三千数百図、その全てを北斎は自身の中に持っていて自在に描いたのである。その図柄は国内のみならず、やがて海を渡り、ドガの踊り子や、ガレのガラス工芸など広く影響を与えた。そして、このたびの『イメージボード全集』の刊行により、氏のたくさんの絵が新たな創造に大いに刺激を与えることを期待している。

(こやま しゅうこ・日本美術史)

*本リレー連載は7月、11月、3月の年3回掲載します。


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