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『科学』2024年5月号 特集「魅惑の発光生物」|巻頭エッセイ「発光生物と私たち」大場裕一

◇目次◇ 
【特集】魅惑の発光生物
生物発光の研究──その歴史概要……大場裕一
光る深海魚……中山直英
発光細菌の放つ光は何色?──最小発光生物の発光変調メカニズム……吉澤 晋
なぜ海は光る生物で溢れているのか?──食物網によるルシフェリン分配の化学生態と進化……別所─上原 学
鏡の国のルシフェリンを使ってウミホタルの発光反応を探る……蟹江秀星
光るトビムシ……中森泰三・大平敦子
五島列島のゲンジボタル──明滅リズムと進化史からみた種分化の可能性……大庭伸也
ホタルの発光する仕組み……平野 誉
身近な発光生物ホタルミミズ……柴田康平
南九州の発光きのこ……黒木秀一

[巻頭エッセイ]
発光生物と私たち……大場裕一

「アマテラス粒子」の検出……藤井俊博
がんとは何か──分子からのアプローチ3……野田 亮

[連載]
日常身辺の確率的諸問題3 生まれてきたのは運が悪かったのか?……原 啓介
3.11以後の科学リテラシー136……牧野淳一郎
ナナメから見る物理学4 滑り台は大人の方が速い⁉(前編)……村田次郎

[科学通信]
世にも奇妙なカタツムリ,エゾマイマイの生態と進化……森井悠太
〈本の虫だより〉千葉聡『歌うカタツムリ』……白石直人
山火事のダイナミクス──気候変動と社会との関係性……森 章
エイレネクラゲとコブエイレネクラゲについて──基礎研究の重要性……池田周平・山本 岳・足立 文

次号予告

表紙デザイン=佐藤篤司
 

◇巻頭エッセイ◇
発光生物と私たち
大場裕一(おおば ゆういち 中部大学) 
 

 ヒトとは,なぜか「発光するモノ」に特別な感情を抱いてしまう実に奇妙な生物である。およそ人類の文明史において,光はいつも力のシンボルであり,畏怖の対象であった。神や天使の背後から四方に放射されるニンブス(光輪)。はたまた,アニメーションの世界では,怒りの頂点にいる主人公の体のまわりには必ずと言っていいほど光るモヤモヤが漂っているのは,どうしたことか。

 おそらくこうしたヒトの思考回路の根源には,肉食獣の遠吠えにおびえながら一夜を過ごす無防備な私たち人類の祖先の姿があるに違いない。夜目の利かないヒトにとって,頼りになるのは周囲をほの暗く照らす「火」があるのみ。人類にだけ与えられたこの魔法の道具は,ごく近代までわれわれが操ることのできた唯一の光でもあった。

 だから,暗闇でボーッと光る正体不明なものに出会った昔の人たちは,仰天して「鬼火だ」「釣瓶火だ」と触れてまわり,その正体が明らかになると今度は「これは先祖の魂が光っているのだ」などとまことしやかな言い伝えを拵えることになる。実際,妖怪かと思ったら老木のウロに生えた発光きのこだったとか,ホタルの光を彷徨う死者の魂と同一視するといった話は,ここ日本に限らず世界中の神話伝承のあちこちに見られる。

 『火の起原の神話』*1を書いたフレーザーによれば,神話とは,世界を説明しようとした古代人の哲学であった。であるから,科学という論理的説明営為が世界中で始まるや,こうした生物の発光現象は当然ながら多くのサイエンティストたちを惹きつけた。光る仕組みはどうなっているのか,どうして光っても体が熱くならないのか,そもそもこの生き物は何のために光っているのか,どうして発光などという凄いことをちっぽけな生物たちが成し遂げているのか(われわれは白熱電球ひとつ発明するのにも,スワンとエジソンという2人の天才発明家が必要だったというのに!)

 そうした好奇心に導かれた科学者たちの長年の努力により,発光生物の多くの謎が解き明かされた。発光生物が酵素基質反応で発光していること,その酵素ルシフェラーゼの遺伝子,基質ルシフェリンの化学構造,北米のホタルが光を使って種特異的な雌雄コミュニケーションをしていること,などなど。今や,ホタルの発光反応メカニズムは,高校の生物の教科書にも載るほどの「常識」となっている(ただし,ATPがADPに変換されるエネルギーで発光しているという間違った説明がされている場合が見受けられるが)。おかげで,私たちは発光生物をもう十分に理解した気になっている。「ホタルの発光?ああ,ルシフェリンとルシフェラーゼね(どっちがどっちだったかな?)」というわけだ。

 しかし,現実の発光生物は,未だにわかっていないことだらけ。もう大体わかったような気がするのは,ただの思い込みだ。ならばもう一度,ピカピカと点滅するホタルをはじめて見た時に感じた不思議の感覚を思い出して,ヘイケボタルの発光パターンを解析してみよう。図鑑に出てくる深海魚たちがみな下向きに光を放っているその奇妙な姿のイラストレーションに目を奪われた思いそのままに,底引網漁にかかる深海発光魚の発光器を解剖してみようではないか。研究すべきことは多い。私は,こうした発光生物の研究における最近のリバイバルアクションを,「発光生物学」と呼んでいる。

*1―J. G.フレーザー(青江舜二郎訳):『火の起原の神話』.角川文庫(1971)

 

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