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山本貴光 岩波文庫百話

第8話 別冊案内

 第7話で『岩波文庫解説総目録』という別冊に触れた。他にも別冊には、青、白、黄、緑、赤の5つのカテゴリーとは別に、帯色を問わず岩波文庫全体に関わるようなものが収められている。

 別冊がはじめて登場したのは1961年10月で、渡辺一夫、鈴木力衛『フランス文学案内』(別冊1)と金子幸彦『ロシヤ文学案内』(別冊2)の2冊が出ている。1963年4月には、手塚富雄『ドイツ文学案内』(別冊3)、同年11月に高津春繁、斎藤忍随『ギリシア・ローマ古典文学案内』(別冊4)がこれに続く。こうした企画が形になるのは、時の巡り合わせもあるので一概にこうとは言えないものの、フランス、ロシア、ドイツ、ギリシア・ローマ古典という並びには、当時の日本における文学の興隆の様子が垣間見えるようでもあって面白い。私の手許にある本を見た感じでは、刊行から毎年増刷されていたようにも見える。

 これらの「案内」は、それぞれの言語あるいは地域の文学について、岩波文庫でも翻訳している文学者たちが、初学者に向けてその魅力を文字通り案内してくれる。例えば、『フランス文学案内』を例に見ておこう。「まえがき」で同書の狙いを説いたあと、「概観」でフランス語やフランス文学の特徴を大きく見渡す。その上で、中世期(11から15世紀)、16世紀、17世紀という具合に20世紀まで1世紀ごとに区切りながら、各時代の社会や文化の背景と、読むに値する具体的な作品を教えてくれる、という構えになっている。まさに案内だ。

 登場する作家や作品には、岩波文庫に収録されていないものも含まれている。例えば、スタール夫人として知られるアンヌ・ルイーズ・ジェルメーヌ・ド・スタール(1766―1817)の『文学論』『ドイツ論』『コリンヌ』(小説)は、私の見るところ岩波文庫には入っていない。もちろん、すべてを岩波文庫で賄う必要はなく、読者は各々探し読めばよい。とはいえ、「案内」に登場する作品は、やがて岩波文庫に入ったりするかしら、などとつい期待したりもする。

 仮にこれらを「案内」シリーズと呼ぶとすれば、右に挙げた以外に次のような書目が刊行されている。

別冊1 渡辺一夫、鈴木力衛『増補 フランス文学案内』(1990)

別冊3 手塚富雄、神品芳夫『増補 ドイツ文学案内』(1993)

別冊14 鹿野政直『近代日本思想案内』(1999)

別冊2 藤沼貴、小野理子、安岡治子編『新版 ロシア文学案内』(2000)

別冊19 十川信介『近代日本文学案内』(2008)

別冊23 佐竹謙一『スペイン文学案内』(2013)

 1990年代に入ってから旧刊の『フランス文学案内』『ドイツ文学案内』などに梃子入れをするとともに、文学以外の近代日本思想についても同様の企画が現れた。当時『近代日本思想案内』を大変よろこんで読んだ私は、同じように『西洋哲学案内』や『東洋思想案内』なども出るのではないかと密かに期待したのだったが、いまのところ実現されていない。あるいは赤帯でいえば、東洋、イギリス、アメリカ、イタリア、北欧、南米なども案内してもらえるとうれしい。

 それから、次の2冊は「案内」のように歴史を追う形とは別に、編者たちによる座談と30名の著者それぞれが1冊ずつ論じるエッセイから成る。

別冊12 大岡信、奥本大三郎、川村二郎、小池滋、沼野充義編『世界文学のすすめ』(1997)

別冊13 大岡信、加賀乙彦、菅野昭正、曾根博義、十川信介編『近代日本文学のすすめ』(1999)

 また、以上とは少し別の傾向の別冊として、『ことばの花束』(別冊5、1984)をはじめとする引用句集がある。例えばこんな文が出ている。

 「私は猫に対して感ずるような純粋なあたたかい愛情を人間に対していだく事のできないのを残念に思う。そういう事が可能になるためには私は人間より一段高い存在になる必要があるかもしれない。」

 誰の言葉だろうと思って見ると、「『寺田寅彦随筆集』(二)91」とあり、岩波文庫のどの本のどのページかも示されているので、前後はどうなっているかも確認しやすい。古典・名著の宝庫に触れるよき扉を集めたような楽しい一冊だ。「引用句集」には次の本もある。

別冊6『ことばの贈物』(1985)

別冊7『ことばの饗宴』(1986)

別冊8『愛のことば』(1989)

別冊10『原文対照 古典のことば』(1995)

 また、以下の五冊は、岩波文庫に限らずテーマに沿って多様な文章を集め編んだアンソロジーだ。

別冊9 中村真一郎編『ポケットアンソロジー 恋愛について』(1989)

別冊20 中村邦生編『ポケットアンソロジー 生の深みを覗く』(2010)

別冊21 中村邦生編『ポケットアンソロジー この愛のゆくえ』(2011)

別冊24 木田元編『一日一文 英知のことば』(2018)

別冊25 大岡信、谷川俊太郎編『声でたのしむ 美しい日本の詩』(2020)

 哲学者・木田元による『一日一文』は、先ほどの引用句集に分類してもよいかもしれない。ただし、同書も岩波文庫に限らぬ本から引用句を集めてある。

 さらには「読書」シリーズとでも言えそうなエッセイ集がある。

別冊11『読書のすすめ』(1997)

別冊15『読書のたのしみ』(2002)

別冊17『読書という体験』(2007)

別冊22『読書のとびら』(2011)

 これらは、折々の岩波文庫フェアで発行した小冊子に掲載のエッセイを集め編んだもので、どれを読んでも、そこで触れられている本を読みたくなるよき食前酒のようなエッセイたちである。

 こんなふうに別冊には、岩波文庫を中心として、各方面のマップや見所を案内する好著が揃っている。

(やまもと たかみつ・文筆家、ゲーム作家)

[『図書』2025年8月号より]


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著者略歴

  1. 山本 貴光

    1971年生まれ。文筆家、ゲーム作家。現在、東京科学大学 未来社会創成研究院・リベラルアーツ研究教育院教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業。著書に『文学のエコロジー』(講談社)、『世界を変えた書物』(橋本麻里編、小学館)、『マルジナリアでつかまえて』(本の雑誌社)、『記憶のデザイン』(筑摩書房)など。

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